始まりの一撃
「何ですって…」
カトリンは、突然のクリスタの言葉に耳を疑った。この娘が私に楯突いてくるなど、そんなことは起こり得ない。きっと何かの聞き間違いだ。そう結論づけようとした時、クリスタが動いた。
一転、にっこりと天使のような笑顔を向けると、テーブルの上にあった水の入ったグラスを掴んだ。それを思い切り振り上げ、床に投げつける直前、クリスタは思い切り息を吸い込んだ。
「パリーーーーーーンッ」
「きゃあああああああああ!!!!お義母様、やめて!!!!痛いよおおお!!ちゃんと言うこと聞くから、もうやめて、お願い…うわああああああああん!」
グラスの割れる音と、聞いたことのないクリスタの泣き叫ぶ声に、何事かと慌てた使用人達が集まってきた。
「うわあああああああああああああん!!ごめんなさい!!!!」
クリスタは床に突っ伏して泣き喚いている。その時に、拾ったガラスの破片で自分の腕に小さな傷を付けた。
わざとその傷を見せるように腕を使用人達の方に向け、泣き続けた。
使用人達の息を呑む音が聞こえた。クリスタの狙い通り、腕の傷が目に入ったらしい。
さすがに子ども相手にやり過ぎだと、皆非難めいた目でカトリンを見ている。
「私は何もしてないわ!全部あの娘が勝手にやってることよ!!私のことを陥れようとしているのよ!!!」
必死の形相で身の潔白を主張するカトリン。だが、いつも虐めをしていた者と大泣きしている子ども、どちらに非があるかなど、考えるまでもなく、皆の考えは一致していた。
「な、なんなのよ!!使用人のクセに、主人のことを疑うような目で見て!全部演技なのよ!ああもう煩い!!誰か、この娘をこの場から連れ出してちょうだい。目障りだわ!」
「わあああああああああああああん!!!!」
怒鳴り散らす女主人に、泣き喚く子ども、青ざめた顔でオロオロしている使用人達、朝の食堂は渾然としていた。
「クリスタ様!」
「ハンナあああああああああ!!!怖かったよおおおおおぉぉ!!!」
食堂での騒ぎを聞きつけたハンナは、慌ててクリスタの元に駆けつけた。
彼女が来たことに、使用人一同ほっとした顔をしていた。面倒ごとに巻き込まれなくて良かった、皆の顔にそう書いてある。
「とにかく、一度お部屋に戻りましょう。カトリン様、失礼致します。」
「もういいから、早く出て行って!!」
「うわああああああああん!!!」
泣き喚くクリスタのことをハンナは軽々と抱き上げ、カトリンに一礼をした。
抱き上げられたクリスタは、ハンナがドアの方を振り返る間際、真顔に戻り、カトリンの顔をガン見した。
「ハッ!!」
またもや、カトリンにだけ見える位置、彼女にだけ聞こえる音量で、馬鹿にするように鼻で笑った。それを見たカトリンの顔は一気に怒りの形相へと変わった。
彼女は拳を握りしめて、怒りに身体を震わせていた。
「クリスタ様、下ろしますね。」
部屋に着いたハンナは、ゆっくりとクリスタをベッドの端に座らせるようにして下ろした。
「あははははは!!!見た!?カトリンのあの顔!!!すごい顔だった!あー怖い怖い!まだまだ足りないけれど、少しだけスッキリしたーーー!!!」
「やはりワザとでしたか…それにしても、クリスタ様は随分とお変わりになりましたね…?」
「そう。私は生まれ変わったの。もう何も言えないクリスタじゃないわ。いきなり驚いたでしょ?」
物心付いた頃から唯一の味方であるハンナ。彼女に嫌われる可能性を1ミリでも考えると、クリスタは不安で胸が苦しくなった。
そんな彼女の心境を慮ってか、ハンナはゆっくりと首を横に振ってから優しく微笑んだ。
「今までも、これからも、私の大切なクリスタ様に間違いありません。やり返す姿もとても格好良いと思いましたよ。私も胸がすく思いでした。」
「ありがとう…」
「ぜひこれからもやり返していきましょう。私もなんでも協力します。」
ハンナも目の前でクリスタが虐げ続けられていて、相当にイライラが溜まっていたらしい。心なしかいつもよりも目が輝いている。
「ひとまず、傷の手当てをしましょう。いくら反撃のためとは言え、お身体を傷付けるのは今後やめてくださいね。」
濡れたガーゼと薬草と包帯を準備したハンナは、手際よく手当をしていく。あっという間に包帯が巻かれた。
クリスタは、確認するように手を握ったり開いたりを繰り返している。
「あんなに過激なのは一回きりだから安心して。これからは精神的にじわじわと追い詰めることにするわ。今さら謝ったって泣いたって許してなんてやらないんだから。」
クリスタは、手に巻かれた包帯を見つめながら、不敵に笑った。