デートのお誘い
二人の間に何とも言えない微妙な雰囲気が漂う中、クリスタの前には、相変わらず日替わりメニューや新メニューがずらりと並んでいた。
口に出しちゃったもんはもう仕方ないし…フランツも特に気にしてなさそうだから、また別の方法を考えよう。それよりも!今は貴重は昼食の時間!しっかり食べてちゃんと味合わないと損だよね。
相変わらずどれも美味しそう〜
気を抜くとヨダレが…
どれから手を付けようかな…新メニューのアサリのワイン蒸しも気になるけど、白身魚のポワレも温かいうちに食べたい…ああでもやっぱり、いつもの白身魚のパイ包み焼きからにしようかな…アレめちゃくちゃ美味しいんだよね!
クリスタが悩みに悩んで最初に食べるものを決めた瞬間、フランツがパイと白身魚を綺麗にフォークの上に乗せて差し出してきた。
食べたかった最初の一口に、目を輝かせたクリスタがパクりと食べた。
「美味しい…。相変わらず、この芳醇なバターの香りがするサクサクのパイとふわふわの白身魚の相性が抜群だわ。この何味かよく分からないソースもすっごく美味しい…はぁ、幸せね…」
目を閉じたまま、頬に手を当てて美味しさを噛み締めるクリスタ。
何度も口にしているはずの料理なのに、いつも新鮮な反応で美味しさを表現するクリスタに、フランツも幸せそうな顔で眺めていた。
キョロキョロと忙しなく動くクリスタの瞳に合わせて、フランツはせっせと次の料理を取り分けて彼女の口に運ぶ。
ひと通り食べ、彼女の瞳の動きが落ち着いたところでフランツは漸く口を開いた。
「クリスタ」
「ふぅ…何かしら?」
一気に話そうと思ったのに、フランツは、至福の顔で満足そうにぽうっとするクリスタの顔に見惚れ、言葉が続かなかった。
彼女の顔から目を逸らし、皿の上に残されていたお頭付きの魚の目を見て一度呼吸を整える。
「もし良かったら、次の休み一緒に市場に行かないか?」
「市場、ですって…」
『市場』という食べ物を連想させる甘美な響きにクリスタの目の色が変わった。テーブルに軽く身を乗り出して見事な食い付きを見せた。想像以上の反応の良さだった。
「あ、ああ。珍しい食材も沢山置いてあるし、その場で調理してくれる店もある。クリスタ好きそうかなって。もし暇だったらで良いんだけど、」
「もちろん、行きますわ!」
フランツの言葉を途中で遮り、クリスタは快諾の返事をした。
目の輝きは一層強くなり、彼女の頭の中は市場のことで埋め尽くされた。
この世界にはどんな食べ物があるんだろうか。前世で食べ慣れたものもあったら嬉しいけど、やっぱり食べたことのないものがいいな!せっかくここで生きてるんだから、ここでしか味わえないものを口にしたい!平民が食べているような家庭料理的なものも食べてみたいなー。
あ、市場ということは、もしかして…食べ歩きとか出来るかも?しかもフランツには本性バレてるから我慢しなくていいいし、え…なにそれ最高じゃん!!
完全に心ここに在らずなクリスタの姿に、フランツは優しい瞳で微笑み、詳細は後で手紙を送ることに決めた。
クリスタが帰宅すると、何やら怒っている雰囲気のハンナが部屋にやってきた。
「クリスタ様、不誠実な坊ちゃんからお手紙が来ておりますが…こちらは燃やしてしまって差し支えないですよね?」
「せめて中身を読んでからにしてもらえるかな…」
ハンナの怒りの原因は、フランツからの手紙であった。
彼女は、片手に白い封筒、もう片方にはマッチを持っている。
彼女の本気を感じたクリスタは慌てて手紙を奪い取り、急いで中身に目を通した。
そこには、次の休みの日に、お昼前に迎えに行くこと、帰りは夕方までには送り届けること、自分は剣を扱えるが念の為護衛を連れて行くこと等、令嬢やその家族が真っ先に心配しそうなことが丁寧に書かれていた。
「なんだこれ…市場の案内図とかおすすめのお店とかじゃないんかい…これはハンナにあげる。」
全く興味のないクリスタは、ハンナに手紙を渡した。
手紙の最後の方にあった恋文的な文章には一切目を通していなかった。
「ふん、一応最低限の配慮は出来るようですね…ま、公爵家ですから、このくらいは出来て当然ですけどね。」
クリスタの安全に配慮した内容には合格点を出し、最後の恋文はハンナに手によって回収されていった。
フランツと市場に行く当日、クリスタは玄関の近くで迎えを待っていた。そして、なぜかその隣にはセレナまで立っている。
ハンナにフランツのことを話さない分、セレナ宛の手紙に色々と書いていたら、心配だの顔が見たいだのと適当な理由を付けて勝手に来てしまったのだ。
「クリスタ様、これは大変貴重な機会ですわよ。必ず、モノにして帰ってきてくださいませ。」
「え、ええ…」
今日は食べ物のことしか考えていなかったクリスタは、セレナのプレッシャーに顔が引き攣った。
クリスタのやる気の無い態度に、セレナが、いいですか今日という日は…と説教を始めようとした時、アルトナー公爵家の馬車が到着したと連絡が来た。




