褒め落とし作戦
言いたいことを言って満足したセレナは、嵐のようにベルツ家を去って行った。
その後、夕飯と湯浴みを終えたクリスタは、ハンナに手入れをしてもらいながら、セレナに言われたことを考えていた。
そう言えば、肝腎要なことを師匠に聞き忘れたわ…財布の紐を緩めるめに溺愛されるって、まずどうしたらいいんだろ…?
「ねぇ、ハンナ。惚れさせるって具体的に何をすればいい?」
突然のクリスタの言葉に驚いたハンナは、髪をすいていた手を止めた。
「まぁ!クリスタ様、気になるお方でも出来ましたか?このハンナ、どんな協力も惜しみませんよ!どんな方でございますか?」
主の恋の話に、キラキラオーラを全開にするハンナ。普段よりも高く弾むような声音に嬉しさが滲み出ている。
そんな彼女に対し、クリスタは申し訳なさそうな雰囲気を醸し出していた。
「いや、前に言っていた仮初の…」
「ああ、あの不誠実な坊ちゃんですか。」
ハンナは先ほどとは打って変わって低い声で無機質に言い放つと、彼女の纏う空気が一気に冷え込んだ。
「あのような人間にクリスタ様が御心を砕く必要などございません。むしろ今からでもアルトナー家に抗議の文書を…」
「それはもう大丈夫だから!!!」
彼女のフランツに対する評価は未だに地の底に落ちたままであった。
余計なことを思い出させてしまったと後悔したクリスタは、フランツの話をハンナにするのはしばらく控えようと心に決めた。
今日のランチの時に何か仕掛けようと思ったのに、結局何も思い浮かばなかった…
惚れさせるって一体なんなんだ…
色仕掛けとか?って、具体的に何をすればいいんだ…この世界は淑女教育が徹底されているから、下手なことしたら痴女扱いされるだろうし…
うーん…
とりあえず褒めてみるか。褒められて嫌な気持ちになる人なんていないもんね。
でも毎日同じものを今日いきなり褒めても違和感半端ないよな…何か今日だけの違いがあると良いんだけど…こればっかりはもう、出たとこ勝負で、会ってから見つけ出すしかないか。
よし!死ぬ気で見つけてやる!!
「食堂行くか?」
「ええ、参りましょう。」
お昼休み、いつものようにクリスタの席まで来て声を掛けてくれたフランツを彼女は凝視した。もちろん、今日だけの違いを見つけ出すためだ。
「ど、どうかしたか…?」
そんな彼女の思惑など露ほども知らないフランツは、着席しているクリスタが低い位置から見上げるように自分のことを見つめてくる様に内心慌てふためいていた。
宝石のように煌めくエメラルドグリーンの大きな瞳に見つめられ、上手く呼吸が出来ない。
なにか、なにか無いかな…どんな些細なことでもいいから、昨日と異なる変化を…
…無理、分からん!!
って、簡単に諦めちゃダメだ。今日できないことが明日になったからと言ってできるわけがない。それに、いつかやれることなら今できるはず!
気合いだ気合い。あの虐げられて来た10年間を思い出せ、自分!あの時と比べたらこんなの屁でもないでしょ!さぁ、ホトトギスを鳴かせるんだ!
なにか、なにかあるはず、なにか…
…あっ!!
「クマ…」
「なに?」
「フランツ、目の下にクマができてるわ。」
「「え…」」
なぜか驚く声が二つ重なった。
あっ!!!やっちまったあああああああああーーーーっ!!!!
変化を探すことだけに気を取られて、肝心の目的を完全に見失っていたーーー!!褒められない違いを見つけてどうするんだ、自分のアホ!!
しかも口に出しちまったよお。。。。
クマができてるなんて、そんなことわざわざ言う必要無いのに…ははは、なんてこった。私めちゃくちゃ嫌なやつじゃん…
一方、フランツは、クリスタの言葉に気を失いかけていた。
うそ、だろ…クリスタが僕のことを気にかけてくれた??クマにまで気付いてくれた?心配して見つめてくれた?そんなことあり得るのか…??
普通、興味のないヤツにそんなことしないよな??それって、少しは期待しても良いってこと…?
いや待てよ…もしかして、俺は、都合の良過ぎる白昼夢でも見てるんじゃないだろうか…
真逆の思考に走っていた二人だが、クラスメイトからは、相変わらず『見つめ合っている見た目麗しい二人』にしか見えておらず、あちこちからため息や息を呑むような声が聞こえていた。
もちろん、当人達の耳には届いていない。




