フランツの覚醒
フランツとのおかず交換に味を占めたクリスタは、一緒にランチに行きましょうと自分から彼のことを誘い、今では二人でお昼を取ることが当たり前となっていた。
周囲の生徒たちも、仲良く分け合いっ子をして食事をする様を見て、本当に仲良かったんだ…とクリスタとフランツの関係性に納得し始めていた。
「まぁ!新メニューが出てますわね。今日はあの季節野菜のグリルと、この前美味しかった海老の蒸し焼きと、いつものチーズがたっぷりかかったグラタンと…」
「ふふ、気になるものが沢山だな。全部皿に乗せよう。」
どんどん遠慮が無くなっていくクリスタ。
気になる料理に目を向け、次々とフランツに取り分けさせていく。
だが、よく見ると、彼女がこれが良いと指をさす前にフランツの手が動いている。彼女の視線の動きを見て、行動を先回りしているのだ。
そんな彼の細やかな気遣いにも気付かず、クリスタはずらりと並ぶ料理に夢中になっている。
「良かったら、お食べになって。」
「ああ、ありがとう。」
フランツは、クリスタから差し出された、フォークに刺さった海老を躊躇なく口に含んだ。
好きな人の手で食べさせてもらうこの瞬間が至福の時過ぎて、食材の味なんて全くしなかったが、フランツの心はこれ以上無いほどの幸せで満たされていた。
その幸せを噛み締めるように、ゆっくりと咀嚼する。
「うん、今まで食べてきた海老料理の中で一番美味しい。今度は俺が食べさせてあげる。ほら、口を開けてごらん。」
「…ん、美味しいわっ。このソースが見事なアクセントね。複雑な味がするけれど、なにで味付けてるのかしら…あまり食べ慣れない味だわ。」
「美味しいのは分かったから。ほら、口にソース付いてる。」
フランツは、クリスタの口元に付いていたソースを自分の指で拭い取り、その指をペロリと舐めた。
「本当だ。甘美な味がしてクセになりそうだ。」
フランツは甘ったるい声で感想を言うと、クリスタのことを潤んだ瞳で見つめた。
「「「きゃああああっ!!」」」
昼間っから、美形が無駄に振り撒く色気に、それを目にしてしまった哀れな令嬢達が黄色い悲鳴を上げた。学園の食堂でやるには少々刺激の強い行為である。
食べさせ合いっ子に慣れたフランツは、いつの間にか甘さが激増しており、照れた顔よりも、蕩けるような笑顔を見せるようになった。口調まで変わったような気がする。
一方のクリスタは、
婚約者がいるってなんて最高なんだ!!!!
授業退屈だとか文句言ってたけど、こうやって毎日好きなものや目新しいものを食べられるのなら、一緒学生のままでいたい。この学園、留年とかないのかな?
仮初の期間、1年とか言っちゃったけど、やっぱり在学中まで引き延ばしてもらって、今を満喫しようかな…契約終了後にまた婚活とか超面倒だし…
来るかも分からない不確定の未来に賭けるより、確実にある今を満喫した方が良いと思うんだよねー!!!
初志貫徹、何も変わっていなかった。
それどころか、掲げた人生の大いなる目標はどこへやら、楽な方向へと流されそうになりつつあった。
「クリスタ様、セレナ様がお見えですよ。」
「え!??」
帰宅後、ハンナから師匠の来訪の報せを受けた。
クリスタは急いで着替えをし、嬉々として応接室に向かった。
「師匠!お久しぶりでございますわ!」
「元気そうで何よりですわ。いつもお手紙ありがとうございます。とても有意義な学園生活を送れていますのね。」
セレナは、美しい笑みを浮かべている。
修行時代のクリスタだったら、この言葉が嫌味であることなどすぐに分かったはずなのだが、最近はぬるま湯につかり、鈍くなってしまった彼女は気付かなかった。
「ええ!わたくし、婚約者の方がいてくださって、一層充実した日々を送っておりますのよ。」
「まぁ。随分と楽しそうですけれど、わたくしは疑問ですわ。仮初の婚約者に何の意味がありますの?」
「はへ…」
セレナの口調は穏やかであったが、目は笑っていなかった。背後から冷気まで漂っているようであった。




