ランチタイム
クリスタは日替わりのハーフコースのランチを選択した。
今日のメインは、白身魚のパイ包み焼きだ。
その他に、フィンガーフードとしてブルーチーズとレバーペーストとピンクペッパーの乗ったブルスケッタ、前菜としてローストビーフのカルパッチョ、ジャガイモの冷静スープ、そして、バケットが付いている。
女子には十分過ぎるほどのボリュームだ。
クリスタは、自分の前に並ぶ料理を美味しそうだなと思いつつも、向かいに座るフランツをチラリと見た。
彼の前には、チーズたっぷりのポテトグラタン、タコのマリネ、鶏肉の香草焼き、ライスコロッケ、牛肉のワイン煮込み、白身魚のソテー、サラダ、デニッシュパンが並んでいた。
仕切りのあるプレートを2枚使い、彩良く綺麗に盛られている。
フランツはビュッフェを選択していた。
この学園の男子たちはほとんどがこれを頼む。食べ盛りの彼らにとって、ビュッフェを選ばない理由が無いのだ。
「美味しそうですわね。」
「ああ。ここの料理はどれを食べても絶品だな。」
クリスタは、不意にフランツの瞳をじっと見つめた。
彼女の視線に気付いたフランツは硬直した。ナイフで牛肉を切り分け、フォークで刺して口に運ぼうとしていたのだが、刺したまま皿から持ち上げることが出来なかった。
「ねぇ、こちらのお料理とひと口交換してくださらない?」
クリスタは上目遣いでフランツの瞳を捉えながら、白身魚のパイ包み焼きの皿を手で示した。
「は、あぁ。」
クリスタの上目遣いに、心ここに在らずとなったフランツは、なんとか肯定と受け取ってもらえそうな相槌を返した。
「ありがとうございます。嬉しいですわ。」
心から嬉しそうな声を出したクリスタは、綺麗な所作で白身魚のパイ包み焼きをひと口サイズに切り分けた。パイを皿の上に散らかすことなく、美しい断面で切られていた。
切り分けたパイを自分のフォークで刺すと、それをフランツの前に差し出した。
このまま食べていいよと言わんばかりに、にっこりと微笑んでくる。
「は・・・」
な、何だこれは…こんな幸せなことが現実にあるのか?何のご褒美だ…いや、これは何か代価を求められているのか?やはり金か?いくら用意すれば良い?今手持ちはどれくらいあったか…この至福に見合う額など想像もつかない…金だとやらしいから宝石とか、なにか金目の物の方が良いのか??
俺は彼女に何を支払えば良い…?
フランツの頭の中は完全にパニックに陥っていた。よく分からない思考に走っている。
「いらないなら、俺がもらっちゃおうかな?」
聞き慣れた声と視界の端で捉えた赤色に、ハッとしたフランツは、盗られたくない一心で目の前のフォークに食い付いた。勢いを殺せず、咀嚼をしないまま丸呑みした。
「あらまー、ざんねん、」
完全に揶揄っているだけと分かるその声に、フランツは殺意を向けた。
もっと味わって食べたかったのに…よくも…
「何しに来た?」
「そんな怖い顔しないでよー。せっかく可愛いクリスタ嬢に食べさせてもらったんでしょう?まずは、感想を言わないと。貰うばかりではすぐに飽きられちゃうよ。」
「…すごく美味しかった。ありがとう。」
確かにエメリヒの言う通りだと思ったフランツは、話をはぐらされたようで癪ではあったが、笑顔と共に御礼の言葉を述べた。
「気に入って頂けて何よりですわ。」
よしっ!これで私もあっちの料理を食べられるわ!!!どれにしようかな〜これ頂戴って言っても良いのかな??エメリヒもいるし、令嬢ぶらないといけないよね…
うーん…あのお肉とお魚気になる…デニッシュパンもハーフコースには付かないメニューだからひと口齧ってみたい…
いやでも、さすがにこれは令嬢としてアウトか。とりあえず、お肉をおねだりして、デニッシュパンはまた別日にお願いしようかな。
迷っているクリスタを見たフランツは、自分の皿から、牛肉と魚、デニッシュパンを二口分ずつ切り分け、小皿に盛った。
それを皿ごとクリスタに差し出した。
「良かったら、これどうぞ。」
「あ、ありがとう…」
自分の食べたいものが全て乗ったスペシャルプレートに、クリスタは目を輝かせた。
なんで欲しいものが分かったんだろうと疑問に思ったが、すぐに興味は目の前の料理に移った。
嬉しそうに口に運ぶクリスタを、フランツは微笑ましそうに眺めていた。
フランツには、クリスタの視線と表情筋の僅かな動きによって、何に興味があるか全てお見通しなのであった。
これも公爵令息として仕込まれたものだ。
「本当に美味しそうに食べるねぇ。」
「ご挨拶遅くなりましたわ。エメリヒさん、ご機嫌よう。」
食べることに夢中になっていたクリスタは、今初めてエメリヒの存在に気付いた。
仕方なく、眉を下げ申し訳なさそうな顔を作って挨拶をした。
「いやぁ、美人は何をしても、イテッ!」
にやにやとクリスタを見てくるエメリヒに我慢の限界を迎えたフランツは、思い切り彼の足を踏みつけた。
「お前、いい加減にしろよ。これ以上ふざけた真似したら、家ごと潰すぞ。」
「ちょっと待てって…それお前が言うと冗談に聞こえないんだよ。」
「俺が冗談でこんなこと言うと思うか?」
「ゴメンナサイ…」
小声でコソコソとやり取りをする二人に、仲がいいのねーと思いながらも、意識も視線も目の前の料理に向けたままだった。




