授業中のクリスタ
フランツの視線の先にはクリスタがいる。
彼の席は入り口の近く、彼女の席は左隣の列のやや前方。教師のことを見ているフリをして、視界に入れることが出来る絶好の配置であった。
今は授業中だが、成績優秀のフランツにとっては1秒でも長く、クリスタを自分の視界に入れることの方が重要であった。
彼の目に映るクリスタは、美しい姿勢で真剣に教師の説明に耳を傾けている。彼女の背中が椅子の背もたれにくっつくことはない。
時折、ノートに文字を書くために俯く。
頭を下げたことによって、耳にかけていた髪がハラリとひと束落ち、顔周りに掛かった。それをまた耳に掛ける。
白く華奢な指で丁寧に耳に髪をかける仕草、髪をどかしたことによって見える真剣な横顔。
そのあまりにも美麗な姿に、上手く呼吸が出来なくなったフランツは苦しそうに目を細めた。
食い入るように見て、見続けて、見入って、見惚れた。
「ゴホッゴホッ…!!」
と思ったら、フランツはいきなり盛大にむせた。突然の騒音に、クラス中の視線が彼に突き刺さる。
フランツは、あまりにも必死にクリスタのことを凝視したせいで、ノートに書いてあるもので見えてしまった。
彼女は板書やメモではなく、真剣な顔でひたすらクッキーやサンドイッチ、お肉など食べ物の絵を描いていたのだ。
そのあまりの可愛さに意識が飛びそうになることを全力で堪えた結果、変な咳払いとして有り余った感情が外に排出されたのだった。
意識を取り戻したフランツは、何食わぬ顔で軽く片手を上げ、こちらを見て来た者達に対して謝意を示した。
退屈で死ぬかと思った…今更こんなこと勉強して何になるんだ…この姿勢保つの結構しんどいし…出来なくないけど、疲れる…はぁ…お腹空いた…
授業で疲れ切ったクリスタは、ダッシュで食堂に向かいたい気持ちをグッと堪え、丁寧に教科書やノートをしまい、まずは身の回りを整えた。
師匠曰く、美人であればあるほど、一瞬でもだらしない側面が見えた時に幻滅される、だから隙は見せるなとのことで、身の回りの整理整頓は徹底するよう指導されていたため、癖づいているのだ。
机の上を片していると、フランツが席までやってかて、声を掛けて来た。
「良かったら、一緒にお昼に行かないか?」
それは、婚約者に対する誘いとは思えないほど、かなり控えめな物言いであった。
いつもの冷静で無頓着な彼らしくなく、不安そうに瞳が揺れている。
は??疲れてへとへとなのに、また周囲の目に晒されながら偽りの会話をしろと???
いや、ちょっと休ませて欲しい…一緒にお昼に行ったって、特別美味しいものが食べられるわけでもないし…私の楽しみは無いんだ…
いや、約束だから、契約不履行にならないくらいにはちゃんとやるよ??こっちの約束も守ってもらってるわけだし…でもなんだかなぁ…
あっ…良いこと思いついた…
楽しみがないなら自分で作れば良いじゃん。せっかくの婚約者、ぜひ使わせてもらおうじゃないの。
何やら思いついたクリスタは、口角を上げた。
「ええ、もちろんですわ。」
「ありがとう、行こうか。」
笑顔で誘いに乗ったクリスタと、安堵の息をついたフランツ。
対照的な二人は、共に食堂へと向かった。
この時のフランツは、誘いに応じてもらった事実に浮かれまくっており、彼女の思い付きによってこの後窮地に立たされるとは微塵も思っていなかった。




