朝の挨拶
「おはようございます、クリスタ様。」
休み明け、教室に着いたクリスタは、あまり馴染みのない顔ぶれに朝の挨拶をされた。彼女達は、アルカイックスマイルを浮かべている。
はい、きたきたきたきたきたきた。
どうせ夜会での噂の真相を知りたくて来たんでしょ。ほんと貴族令嬢って暇よねー。付き合ってあげてもいいけど、嫌味とか言われたら面倒だから、念のため先制攻撃を打っておくか。
「おはようございます。皆さん、今日はお早いですのね。」
にっこりと微笑んだクリスタに、ごく僅かに令嬢達の眉間に皺が寄った。先制攻撃の効果は抜群だったらしい。
リーダー格の女子はすぐに元の笑みに戻り、穏やか表情を作って言葉を発した。
「私、聞きましたのよ。アルトナー様とご婚約なさったのですってね。お祝い申し上げますわ。」
「まぁ、ご丁寧ににありがとうございます。」
「本当によくお似合いのお二人ですわ。アルトナー様の家格に吊り合う方となると、この学園にはクリスタ様しかいらっしゃいませんもの。」
『どうせ家同士が決めた結婚でしょ?家柄しか取り柄のないくせに。お前が侯爵家じゃなかったら、選ばれるわけなんてないんだよ!』
は・・・・・・何だよそれ。
これはムカつくな。
家なんて関係ないし、そもそもうちの両親は私になんて興味ないし。
弱み握られて婚約者のフリさせられて、結果ハッピーだったけど、後から冷静になって、1年後どうしようって悩んでるだけだよ!!
余計なお世話だーーー!!こんちくしょうっ!!!
クリスタの心の声には、彼女たちには関係の無い自虐と八つ当たりまで混じっていた。
こうなったら特大の嫌味爆弾をお見舞いしてやろうと、とっておきの言葉を口にしかけたが、投下する直前、横槍が入った。
「俺のクリスタに何か用か…?」
フランツはクリスタに群がる3人の女子達に向かって、無表情に尋ねた。彼の纏う空気が少しピリついている。
教室に入って来たフランツは、すぐにクリスタが囲まれていることに気づき、真っ直ぐにこちらにやって来たのだ。
「「「え・・・・??」」」
3人の女子達はいきなりのフランツの登場に固まっている。
そして、イケメンから発せられた『俺のクリスタ』という直接的過ぎるパワーワードに、関係のない彼女達が顔を赤らめていた。
ちなみに、本当は、『俺の婚約者』と言いたかったフランツ。
顔色ひとつ変えていないが、内心は、勢い余ってとんでもない発言をしてしまった…なんでそんなことを…と、羞恥心に身悶えていた。
「わ、わたくしたちはお祝いを申し上げたかっただけですわ。それでは授業が始まりますので、席に戻りますわね。」
フランツに向けて言い訳を言うと、3人とも自席に逃げていった。
何だったんだよアレは…
フランツも同じクラスなんだから、こうなるって予想できるだろうに…。アホなんかな。面倒だからもう絡まないで欲しい…
邪魔者がいなくなった後、フランツは改めて朝の挨拶をした。
「おはよう、クリスタ。」
「おはようございます、フランツ。」
ただそれだけのはずだったのだが…
自分のことを見上げて、自分の名を呼んでくれて、自分だけに言葉を返してくれる…
それはフランツにとって夢のような状況で、彼の心は空高く舞い上がってしまった。
夢見心地のまま、惚けた顔でクリスタのことを見続けた。
クリスタも視線を晒すことなく、穏やかな表情で彼のことを見ていた。
彼女のそれは、師匠の教育の賜物であり、刷り込まれた反応でしか無かったのだが、周囲から見れば、相思相愛の二人が優しく見つめ合っているようにしか見えなかった。
教室のあちこちから、ため息まで聞こえ始めたのだった。




