ヨーク家の夜会
「行きたくなーーーーい!!!」
「そのようなことを言わずに、楽しんで来て下さいませ。」
ヨーク家の夜会当日、昼間から準備に追われていた。
往生際が悪く、直前となった今でもクリスタは行きたくないと喚いている。
そんな彼女は、瞳と同じ色のエメラルドグリーンのドレスを着て、鏡の前に座り、ハンナに髪を結ってもらっており、その横顔は生粋の良家の令嬢にしか見えない。
「気が重いわー。舞踏会でもないし、この格好だと大して食べられないし、何を楽しみに夜会に臨めばいいの…」
「ヨーク家のヒヨルド様は、貴公子然としたそのお姿でとても有名な方ですし、仲良くなるきっかけになるかもしれませんよ?」
「確かに整ってる顔かもしれないけど、そんなの目にしたってお腹は満たされないんだから。それ仲良くなる必要ある?」
「…ええと、ご支度終わりましたよ。」
クリスタは鏡の前でくるりと周り、全身をチェックした。
いつも下ろしている黒髪は編み込みにして、頭の後ろに結い上げられている。顔周りの髪が無くなった影響で、一層小顔に見える。
露わになった白いうなじからは、15と思えないほどの色気が出ていた。
エメラルドグリーンのドレスは裾に向かって色が濃くなっており、そのグラデーションが華やかさを増している。
白く美しいデコルテには、小さな白い花が連なったネックレスが輝いていた。
妖艶さと可愛らしさが絶妙にマッチし、今の年齢でしか出せない美しさが全面に出ている。
「うん、見た目は完璧ね。ありがとう、ハンナ。適当に上手くやって早く帰ってくるね!」
「ええ、お気を付けて行ってらっしゃいませ。」
ハンナに見送られたクリスタは、イヤイヤながらもそれを態度には出さず、いつもよりもしっかり目に令嬢の仮面を被り、優雅な所作で会場へと向かった。
「お前も来てきたのか…」
「もちろん!ヨーク家の夜会はいつも大勢の女の子達が集まるからね。むしろなんでお前がいるの?親から、自分で結婚相手見つけてこいって言われた?」
「はぁ。俺はお前とは違う。ヨーク家とは仕事で関わりがあるんだよ。」
「次期公爵様は、真面目だねぇ。面白くない男はモテないよ?」
「仕事が出来ない男もな。」
「う…」
黒髪と赤髪が相変わらず仲の良い会話を繰り広げていると、会場入り口がざわつき始めた。そのざわつきは少しずつ広がっていく。どうやら、誰か目立つ人物が来たらしい。
ようやく彼らの目でもその要因を捉えることができた。
それは、あの時の美少女であった。その美しい姿に、皆ため息を溢しながら見入っている。
今日は髪を上にあげ、いつもよりも濃いめに化粧をしているせいか、皆その色香に惑っているようだ。
そんな邪な皆の視線など一切気にせず、一歩ずつ確かな足取りで歩く様は気品が溢れている。
彼女の纏う高貴な雰囲気が防御壁となり、皆視線を釘付けにしているものの、話しかける強者はいなかった。
「あの子、めちゃくちゃ美人じゃん!!せっかくの機会だし、俺ちょっと話しかけて来ようかな!あの目に見つめられて挨拶を交わしただけでも身悶えそう。よしっ」
だが、ここに、空気を読まない強者が1名だけいた。
「エメリヒ、やめろ。」
「いたっ!何すんだよ。」
飛び出そうとした赤髪を黒髪が首根っこを掴んで、物理的に動きを止めた。
「別に良いじゃん、話しかけるくらい!何のための夜会だよ!俺は一人でも多くの女の子とお喋りがしたいの!ほわほわした気持ちになりたいんだよ!」
「…だから駄目なんだ。」
「何なんだよ、意味分からん!!!」
ギャーギャー騒ぐ男二人組も、会場内ではそれなりに目立っていた。
マジなんなの…みんな見過ぎじゃない??貴族ってもっと見栄とかプライド気にするんじゃないの??こんな小娘に堂々と鼻の下伸ばして、嫌になるわ…
なんかやらしい視線も混ざってるし…早くデリア達を見つけて合流しよう。これ一人じゃ耐えきれんわ。
「やぁ、クリスタ嬢。来てくれて嬉しいよ。」
「こちらこそ、お招き頂きありがとうございますわ。」
いっちゃん会いたくないヤツ来たーーーー!!!会場入ってまだ5分も経ってないけど!見つけるの早すぎじゃない??最後にチラッと挨拶して帰ろうと思ってたのにーーーーー!!!
…まぁ、嫌なことを先に終わらせたと思えばいいか。これで挨拶したってことにして、早くデリア達の所に行こう。
「良かったら、庭園を見て行かないかい?うちは薔薇の育成に力を入れていてね、今は新種の薔薇も咲いているんだ。」
え…だから何?
それ詰んで薔薇ジャムにしたんだけど食べてみる?とかそんな展開じゃないよね??
薔薇を見て何が楽しいんだ、、、、、。そんなのチラッと窓から外見れば秒で終わるじゃん。
「お誘いありがとうございますわ。でも、ヨーク様とお話されたい方は沢山いると思いますの。そのような方を独り占めしたら悪いですわ。」
はい、『興味ないんでお断りしまーす。他の方誘ってねー』って結構はっきり伝えたよ!さ、貴公子殿、空気を読んでくださいませ!!!
「君に独占されるなら本望だよ。」
蕩けるような笑みを向けてきた。
はああああああ!?何でだよーーーーーーーー!!!!!!貴族なんだから、空気読めよーーーーー!!!!




