嵌められたランチタイム
全面ガラス張りの食堂は、四方八方から光が降り注ぎ、天井も高いため、室内とは思えないほどに開放感がある。
全生徒を収容出来るほど広く、ソファー席やテーブル席、カウンター、個室、半個室、テラス席など、趣向を変えた十分すぎるほどの席が用意されている。
昼食のメニューも、コース料理が2種類、ハーフコースが3種類あり、その他50種類以上のアラカルトがビュッフェ形式で並んでいる。
食事代も学費に含まれているため、学園の生徒は好きなものを好きなだけ食べることが出来る。
まさにそれは、クリスタにとって夢のような場所であった。
彼女にとっての夢が現実のものとなったにも関わらず、取り巻き達と並んでソファー席に座るクリスタは浮かない顔をしている。
彼女の前には、日替わりのハーフコースのメニューが並んでいた。
「クリスタ様、何かお困りごとでしょうか…」
「いえ、なんでもございませんわ。」
心配そうな顔で見て来たヘレーネに、クリスタは軽く首を振って否定した。
ほんとはビュッフェを食べたいのにーーーー!!!あの毎日変わるアラカルト全種類制覇してやりたいのにーーー!!!
あれ全部タダで食べられるのに、、、
好きな物を好きなだけ食べられるのに、、、
将来のための我慢とは言え、辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い…
クリスタは微笑んでいたが、内心は、盛大にとち狂っていた。バレないように、爪の先が白くなるほど、スプーンを強く握りしめている。
この学園に通う令嬢達でビュッフェ形式を選ぶ者などいるはずもなく、仕方なく周りに合わせて、クリスタもハーフコースを選んでいたのだ。
「皆様、今週末のヨーク家の夜会に行かれますの?」
ヘレーネが話題を振ってきた。
この国では、15を迎える年に夜会への参加が認められる。
夜会は、将来のための人脈作りや結婚相手探しに利用されることが多く、クラスメイトを気軽に夜会に誘う者も多い。この場合は、クラス全体に開催の旨を伝えると同時に、それは当日良かったら遊びに来てねという意味となる。もちろん、参加不参加は個人の自由だ。事前の出欠を伝えることも不要である。
「もちろん、行きますわよ。」
ツンと顔を上に向けながら、当たり前とばかりにデリアが即答した。
このランチ、しれっと彼女も混ざっていたのである。
一方のクリスタは…
絹織物の家でしょ…普通の料理が並びそうだし、夜会中に布の良さを語られても困るし、そもそも貴族会話面倒だし…
ないないないないないない。
そんな面倒でしかない夜会なんて、行くわけないわ。
物凄く偏見で決めて付けていた。
「レディ達、ランチ中に失礼するよ。」
自分に向けられた声に、クリスタが顔を上げると、そこにはヨークが立っていた。相変わらず、サラサラの金髪が輝いている。
いきなりの登場に、デリアは思い切り頬を赤く染めて下を向き、ヨークの貴公子っぷりに目をやられたヘレーネも不自然に横を向いていた。
こうなると、クリスタが返事をするしかなかった。
「まぁ、珍しいですわね。どうかされましたの?」
大きく目を開いて、ワザとらしく驚いたような表情を作ったクリスタ。
彼女の言葉を師匠的に訳すと、『どうせ大した用も無いくせに何しに来たんだよ。てか、失礼だって思ってるなら最初から話しかけるな』的な感じだ。
「どうしてもクリスタ嬢には直接伝えたくてね。今週末、ヨーク家の夜会に来てくれないかな?」
ヨークは、年頃の令嬢なら全員黄色い悲鳴を上げるであろう完璧スマイルを繰り出した。しかも、こてんと首をかしげる可愛いオマケ付きだ。
これはもう、自分の顔が良いと分かってやっているしぐさだった。
「二人も一緒に来てくれるよね?」
クリスタが断るつもりだということを聡く察した彼は、間髪入れずに追い討ちをかけてきた。
人懐っこい笑顔を浮かべて、デリアとヘレーネに視線を向けた。
「行かせて頂きますわ。」
「もちろんですわ!ねぇ、クリスタ様?」
「え、ええ…」
この仕込まれた雰囲気の中では、クリスタは同調せざるを得なかった。
望んだ結果を得たヨークは、満足そうに微笑んだ。
「ありがとう。では、当日楽しみにしているよ。貴重な時間を邪魔して悪かったね。」
最後の最後まで気遣いを忘れないヨークは、感謝と謝罪の言葉を口にして、爽やかに去って行った。
クリスタもにこやかにその背中を見送った。
クッソ!!!やられたーーーーーー!!!行くつもりなんてなかったのにーーー!!!嵌められたわ!!あの流れで一人だけ断れるわけないだろーーー!!!!!!
表面的には、にこやかに見送ったクリスタだったが、心の中では地団駄を踏みまくっていた。
そろそろ彼女の心の底が抜けるかもしれない。




