初めての貴族会話
「クリスタ様、次は移動教室ですわよ。参りましょう。」
「ええ、今行くわ。」
初日にして、クリスタの人気ぶりを目の当たりにした女子達の中には、その恩恵にあやかろうと自ら取り巻き役になる者が出て来た。
今声をかけて来た、ヘレーネ・バルデン伯爵令嬢もそのうちの一人だ。
入学して一週間、クラス内では、クリスタの脇を固める取り巻きと、その取り巻きごと囲う男子達、その構図が出来つつあった。
「クリスタ様、少し宜しいかしら?」
休み時間、1人で席に座っているクリスタに、金髪縦ロールの令嬢が厳しい目つきで話しかけて来た。棘のある言い方だった。
彼女の名は、デリア・アダルベルト子爵令嬢。入学式の日に、クリスタのことを疎ましそうに見ていたうちの1人だ。
「ええ、構いませんわ。」
誘いに乗ったクリスタは、余裕の笑みを浮かべて、彼女の後ろをついて行った。
着いた先は、いかにもという感じの人気のない校舎裏だった。
「クリスタ様、ご自身が周りからどう思われているか少し気にされた方がいいと思いますの。ほら、初日から色んな方と好意的にお話されていますでしょう?」
ええと、これを師匠的に訳すと…
『男にちやほやされて調子に乗ってんじゃねぇよ。誰にでも愛想振り撒いてこの尻軽が!お前のせいで、こっちは見向きもされないんだよ。そろそろ大人しくしとけよ。』
って感じかな???
このタイプは分かりやすくていいな。
「まぁ、わたくしのことを心配なさってくれたのね。感謝しますわ。そういえば、先日、ヨークさんが貴女のことをお優しい方だと褒めていましたのよ。」
たぶんあの彼なら1回くらいは言ってるんじゃないかな?女子全般に優しくするタイプだし?うん、言ってそう。
…ごめん、うそです。その場しのぎのために私が口からデマカセを言ってるだけです…
「えっ…ヨーク様が私のことを…」
彼女は、ぽっと頬を赤く染め、隠すように両手で顔を押さえた。
おおお!まさかのクリティカルヒットー!!!ヨーク、ありがとう!!良い仕事をしてくれたわ!!!!
それにしても、この子、普通に可愛いじゃん…私に八つ当たりなんかしてないで、好きな相手にその可愛い顔を見せる努力をした方が絶対良いのに…私が言うのもなんだけど、貴族令嬢とは本当に面倒くさい生き物ね…
「デリアさんったらお顔が赤くなってますわ。なんてお可愛らしい。」
「か、揶揄うのはやめて下さいまし!もう次の授業が始まりますわ。戻りますわよ!」
悪役令嬢かと思いきや、ただのツンデレやん…
でも私、この子嫌いじゃないかも。全部顔に出るところが貴族らしくなくて好感を持てるわ。
そ・れ・に!!
何と言っても、デリアの家は牧場を経営しているのだ!!!!バターとかチーズとか生クリームとか食べ放題なんだろうな…乳製品の加工品も豊富に取り揃えているんだろうな…食べたことないお菓子とかも沢山あるんだろうな…あぁ仲良くなりたい!アダルベルト家のお茶会に呼ばれたい!!
二人で教室に戻ると、いくつもの心配そうな顔が視界に入った。
デリアからの呼び出しについて行くクリスタを見かけて、ひどいことを言われたりされたりしないかと、皆不安に感じていたのだ。
「デリアさん、先ほどはどうもありがとう。おかげさまで、落とし物を見つけることが出来ましたわ。お優しいのね。」
「え?なんの…」
「さぁ、そろそろ授業が始まりますわ。席に戻りましょう。」
デリアが余計なことを言う前に、クリスタは圧のある笑顔で押し切って着席を促した。
クリスタの言葉に、聞き耳を立てていた者達は、なんだ、そんな話だったのか…とほっと胸を撫で下ろした。
危ない危ない…
入学して間も無いのに、変な噂を立てられたらたまったもんじゃないからね。被害者でも加害者でもイメージを悪くする可能性があるものは徹底的に避けないと。
師匠も言ってたな。一度イメージを悪くすると、それを回復させることは並大抵の努力じゃ無理だって。
ほんと、80年代のアイドル並みに、イメージの保持に厳しい世界だ…




