登校初日
この学園は通学制となっており、皆馬車で通う。そのため、正門はかなり広い作りになっている。
敷地もかなり広く、中庭には手入れされた花が咲き誇り、憩いの場となるガゼボが点在している。その近くには、人工的に作られた小川まで流れている。
建物は大きく分けて、4つ存在する。
授業を学ぶための校舎、食堂、図書館、舞踏会を催せるほどの大きなホールだ。
校舎は、学年ごとに3つに分かれているのだが、一部分だけ連絡通路として繋がっており、建物間を行き来することが出来る。
今日は入学式、緊張した面持ちの新入生達が吸い込まれるように、入学式の会場となるホールに入っていく。
「お前はいいよなぁ…」
「何がだよ…」
馬車を降り、ホールへと向かう道中、赤髪の少年が、隣を歩く黒髪の少年のことを羨ましそうな目で見てきた。
「だって、アルトナー公爵家だろ?しかもその長男。選びたい放題じゃん。羨ましい…」
「だから、何の話だよ。」
「は?今日から夢のような学園生活が始まるんだぜ?そんなの、女の子の話しかないだろ。」
「興味ないな。俺は別に、親が決めた相手でいい。」
「そんなこと言って、クールぶってるヤツに限って、惚れたら最後、とことん相手にハマるんだよ。女の子の扱い方で困ったって助けてやらないからな!後悔しても知らないぞ!」
「そんなの…」
黒髪の少年の言葉は最後まで続かなかった。
あまりの衝撃に息を呑み、思考がとんだ。赤髪の少年の言葉も周りの喧騒も聞こえなくなった。何も聞こえない中、速くなる自分の鼓動の音だけがやけに大きく聞こえた。
彼の目は、1人の少女に目を奪われていた。彼女以外のものが全て色を失うほど、その少女は輝きを放っているように思えた。
時折風に揺れて柔らかそうに揺れる長い黒髪、宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳、陶器のような白い肌、自然に色づいた頬、ほんのりと紅を乗せた薄い唇、その全てに心を奪われた。
ただでさえ美しい少女が、微笑みを携えながら、綺麗な姿勢で一歩ずつ歩く様は目を離せないほど魅力的だった。
黒髪の少年は、彼女の姿が見えなくなるまで見つめていた。
なんとなく、周りの視線を集めているような…第一印象はまぁまぁ上手く出来たのかな?
それにしても…せっかく貴族図鑑で予習したのに、顔が分からないーーー!!!くっ、盲点だったわ…
これじゃあ、一人一人に自己紹介して名前聞きまくるしかないか…
七面倒くさい…
ああでも、せっかくこのためだけに、あの地獄の日々を乗り切ってきたんだから、ちゃんとやらないと全部水の泡になる…
とりあえず、同じクラスの子たちだけでも、今日中に名前と顔を一致させよう。同じクラスだったら自己紹介しても違和感ないしね。ちょっと気が重いけど、気合い入れて陽キャで行くか。
「ええと…?」
そんな彼女の心配は杞憂だった。
なぜなら、入学式を終えて教室に入った途端、男子達に囲まれていたからだ。
「初めまして、僕は、ヨーク子爵家のヒヨルドと申します。良かったらお名前をお聞きしても?」
爽やかな笑顔で話しかけて来たのは、サラサラ金髪ヘアーの美男子であった。同じクラスの女子達が離れた席から彼のことをチラチラと見ている。
うわ…絹織物じゃん…私の人生とは最も遠い人物。ここは適当にあしらっておこう。
クリスタの目に彼の顔は一切映っておらず、名前から貴族図鑑の情報を引っ張り出して脳内で照合作業を行っていた。
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。わたくし、クリスタ・ベルツと申しますわ。これから、クラスメイトとしてどうぞ宜しくお願いしますね。」
社交辞令として最低限の言葉を返してほんの僅かに微笑んだ。
つもりだったのだが、眼前でクリスタの笑顔を目にしたヒヨルドはもちろんのこと、同じようにクリスタの周りに群がっていた男子数名が、美少女の微笑む姿に、うっと苦しそうに胸を押さえていた。
クリスタの笑顔の攻撃力は半端なかった。
「僕は、レオン・クレナルド、どうぞ宜しくね。」
「俺は、カエルサ・ミロード、気軽にカエルサと呼んでいいぜ。」
「私は、クロム・ストラウトと申します。以後お見知りおきを。」
「ええ…?」
お高く止まらずに、きちんと挨拶を返してくれる姿を見て感動した他の男子達が、自分もこんな素敵な美少女とお近づきになりたい!と皆こぞってクリスタに自己紹介をし始めた。
入学して早々男子達に囲まれているクリスタを、面白くなさそうな顔で何人かの女子が見ていた。
黒髪の少年も、クリスタの姿をじっと目で追っていた。




