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三話
森の中を歩いている。
走りはしない。
と言うか、水分が勿体ない。 下手に水分が無くなれば、一巻の終わりだ。 まず、常識的な知識として人が生きていくには三つの要素が必要だ。
一つは、食事。
一つは、睡眠。
一つは、棲家だ。
衣食住ではない。
衣服は無くとも生きてはいける。まあ、人間の尊厳を捨ててはいるけど。
で、今必要なのは食事だ。
もっと言うと、水だ。 胃の内容物を吐き出し、喉が渇きまくっている俺に水が必要なのだ。 実は少し前から、ヤバい感じがしてたりする。 具体的な症状は出てないが、焦点が偶にずれている。 意識しなければ気づかないレベルだが、それでもずれている。
「......ぁ。」
ドスンっ。
膝から力が抜けた。本格的に参ってきたぞ......。
捨てれるものはない。
護身用に鉄の剣を一つ持ってきてはいるが、こいつを捨てるのは本当に最終手段だ。
幾ら、俺の能力が模倣であり使い勝手がいいとは言え。
「元となるものが無ければただの雑魚能力なんだよ。」
その通り。
故に、この剣を捨てた時運が良く無ければ。
それこそ先ほどの戦闘の時並みに運が良く無ければ。
確実に死ぬ。
とりあえず、休むか。木が生い茂っていてここら全てが木陰なのは本当に有り難いもの だ。
「ま、変な気遣いをするぐらいなら大人しく水寄越せって話だけどな。......ん?」
ーーーーーー。
流水、水の流れる音。
何処だッ!! 何処から聞こえているッ!?
興奮して立ち上がりかけ、もう一度座り直す。 落ち着け、今はまだ慌てる時間じゃない。 水は逃げない。慌てるな。 それにこの音なら、かなり離れている。多分だけど それに、過度な期待は止した方が良いだろう。 飲める水とは限らない。下手したら毒の水かも知れない。
クッソ、鑑定とか寄越せよ!! 異世界のチートの王道だろ!! なんで模倣なんて使い 辛いスキルなんだよ!! 無双させろ!!
まあ、鍛えたら使い勝手が良いヤツが出るかも知れないし諦めるにはまだ早いが......。
もしかしたら、どこぞの主人公のように無限の剣を内包した世界を展開出来るかもしれな
いけど。
ま、そこまで期待するのはやめておいた方が良いか。
過度な期待は身を滅ぼしそうだ。
さて、と。
「よいしょっ、と」
良い加減に起きる。
立つと足が痙攣しているが、問題な......、え、痙攣? まさか脱水症状だとッ!?
「ヤッベ、早く水を見つけなくちゃ......。」
ま、まだ歩ける。
歩けるうちに、水のあるところまで向かわなくちゃ......。
「ハア、ハア、ハア、ハア」
歩きから、早歩きへ
早歩きから、小走りへ
小走りから、ダッシュへ
徐々に徐々に、早くなってゆく。 それと、共に音は大きく強くなってゆく。 そして、木々がまばらになり強い光が目を穿つ。
もうすぐだ。もうすぐで、着くんだ......。
*第三話:テーブルマウンテン*
ド、ガッガッガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガガーーーーーーーーー
鼓膜を破らんとするほどの轟音と共に、俺の視界に写ったのは切り立った崖と大きな滝。
その川の水が滝から落ちてゆくのを俺は見た。
「え?」
なんて言えば良いんだ......? コレは。 左右を見渡せば弧のように湾曲する切り立った大地。 あ、思い出した。地球でこんな地域がある。
「異世界のテーブルマウンテンってか? 冗談じゃないぞ......。」
乾きより先に絶望感が襲い掛かってきた。
コレはねえだろう。
冗談じゃない、本当に。 俺たちに世界を面白くしろっていってる癖にまるで生かす気を感じない。 この程度を乗り越えられないのなら生きてる資格もないってか? ふざけんじゃねえ!! こっちは訳もわからず連れてこられてんだぞ!! そんな状況でコレだと?
「笑いも出ねえな。はあ、水飲むか。飲めるか知らんけど。」
川を見る。澄み切ってて綺麗だ。
あたりを見渡すと、魚がいる。
魚が住めるぐらいには綺麗なのか。
他にも、ここに水を飲みにきている動物たちがちらほら。
少なくとも毒は無さそうだ。
ゆっくり手をつけて、まずは舌の先でチョンと触る。
味は......、無い。
冷たい水だ。
「フッ、男は度胸だ!!」
そう言い、一気にその液体を口に流し込む。
ゴクッゴクッゴクッ......
「ぷはぁ、キンキンに冷えてやがる!!」
まあ流水だからね。 あー、スイカが有ればこの水で冷やして塩かけて食いたいぐらいには冷えてるな。 そうしたら絶対うまい。
マジで。
ま、無い物ねだりはするだけ無駄か。
それより、本当にどうしようか。
「高さは......、100メートルぐらいはありそうだしな。降りれそうな場所とかもねえ
し。」
本当に真っ平だ。
日山さんの胸くらい真っ平だ。
「下手に覗き込むのも怖いな。離れておこう。」
寝そべって、顔だけ出していたけどそれでも十分怖かったり。 下手に落ちたら確実に死ぬからな。
「きゃぁぁぁぁぁあああああ!!」
森をつん裂く様な悲鳴が本当に唐突に聞こえる。
この声、森宮さんか?
「大丈夫かッ!?」
「た、助けてください!!」
慌てて起き上がり声の聞こえた方へと駆け寄るとゴブリン三体と交戦中の森宮さんの姿
が。
「大丈夫か!! オラァ!!」
不意打ち気味に剣を振り下ろしゴブリンを叩き切る。
「キャッ、え?」
「ッチ、惚けるなよ!!」
もう一匹襲い掛かってくる。 興奮状態も相まってまだ吐き気は感じない。 まだ戦える、まだ生き残れる。
「覇ァァァァアアア!!!」
森宮さんを守る様にゴブリンと対峙、腕を切り落とす。 いや、骨で止まってるけど。 そして、さらに背後から出てくるゴブリン。
「下がって、邪魔だッ!!」
気遣いなんかしてられるか、こちとら一般ピーポーだぞ!! 戦闘の達人なんかじゃね え!! 一人庇いながら戦えるか!!
「模倣!!」
視線を巡らす。 敢えて二刀流にしてみたが、一本の方が下手すれば使いやすいかもな。 ここは慣れるしか無いんだろうが。
相手の武装は全て、棍棒。 こちらは、森宮さんは木の棒で俺は錆びた鉄の剣って所か。 上等だッ!! 死ぬ気でやってやらあ!!
「おりゃぁぁぁぁぁあああああ!!」
右手の剣で棍棒を弾き、左手の剣で串刺しに。そして、まだ生きている体を蹴り飛ばす。 体格は小学生高学年程度。
大して大きくも無い。蹴り飛ばすことぐらいは余裕だ。
「ラスト一匹ッ!!」
振り上げて、側面から俺を叩こうとしてたやつを剣で迎撃。 怯んだ隙に、内へ入ろうとするも恐怖心により失敗。 敢えて、一歩下がり剣を構える。
グギャア!!
先にこっちにきたのはゴブリン。
カウンターをここは決め......、
「ファイヤー」
横から弱々しく炎が飛んでくる。 俺へ目掛けて。
クッソ!! ッチ、方向もさることながら属性を考えろ馬鹿がッ!!
慌ててバックステップ。 運良く、ゴブリンに当たったのは不幸中の幸いだろうか。
「死に晒せぇぇぇええええ!!」
有らん限りの力でけんを振り下ろす。 脳天に、剣が直撃。脳髄を飛び散らせる。 コレで、終わりだァァァアアア!!
**
「ひ、ひぃぃいい!!」
一仕事終え、彼女の方を向くと怯えられた。
お前が怖がるなよ、俺を殺しかけた癖に。
「な、なんですかッ!?」
二度目の殺人。不思議と今度は気持ち悪さが込み上がってこない。
その代わり、沸々と怒りが溢れ出る。
お前に怖がる資格はない、森宮。
今回は運が良かったからゴブリンに当たった。じゃあ、次は?
次、もし同じことがあれば俺に当たるんじゃないか?
「森宮さん。」
お前に俺を俺を殺す気が無いのは分かってる。
お前にそんな胆力はない。
「すまないけど俺を殺すつもりなら、一人で生きてくれ。」
冷え切った心から放たれた言葉は、なによりも鋭かった。
「え、」
「ごめん、だけど俺は君を信用できない。」
「な、なんで!!」
「分からない? 本当に。」
本当に分からないなんてほざいたら、苦しくなったとしても捨てよう。
「わ、私が火を当てかけたこと......?」
「流石に分かってくれるか、そうだよ。その通りだよ。」
「け、けど!! 一度の失敗ぐらい......、」
「馬鹿かお前は!!」
思わず怒声が口から出る。
俺も彼女に死んで欲しい訳じゃない。だからコレは言っておかないと。
「ここは、日本でも治法国家でもない。ただの森なんだよ。」
「そ、そんなこと......。」
「あり得ないって言うのなら根拠を示せ。こんな時代錯誤も甚だしい剣があって、地球では ファンタジーだったゴブリンがいて、俺たちは物理法則を超えた力を使えて。コレらを覆せ る根拠を!!」
口をつぐみ黙ってしまう。
ギ、ギギャア......
弱々しく声が聞こえる。
ゴブリンの声が。
ああ、そうだ。その手があったか。
カラン......
「殺せ、あのゴブリンを。殺せたら着いてきていいぞ。」
俺は非情になる。
足手纏いを抱える余裕がない俺にはこの手段しか無いんだ。
「え、?」
「殺せ、武器はあるだろ?」
異世界という、”現実味のなさを取り消してやる”
「で、でもっ!!」
「でももくそもねえよ。」
起き上がり、起死回生の一撃を狙うため棍棒を持つゴブリンを横目に俺は冷たく告げる。
俺が手を貸さずとも殺せるだろう。
はあ、嫌になる、こんな自分が。
彼女に、つい先程までただの日本の女子学生だった彼女に生き物を殺せなんてまあ、無理
だろう。
それでもさせなくちゃならない。
日本に戻ったら幾らでも恨んでくれ。 けれど、これだけは分かってくれ。 俺はお荷物を抱えてこの森を歩けるとは思ってない。 生き残れるとは思ってない。
ゴブリンを殺したときに、初めて覚悟をしてここに立ってるんだ。
生き残るにはこの道しかないと、覚悟したんだ。
だからお前も覚悟しろ、森宮。
俺と同じ人殺しになって、異世界を生き抜く覚悟をしろ。
「イヤぁ!! 絶対イヤッ!!」
「それでもいいが、死ぬぞ。」
後、5メートルほど。 彼女が死ぬまで、後30秒
「あ、あなたが殺してくれれば......!!」
ああ、そうだな。
確かに俺なら殺せる。その、獄中で希望を見つけた笑顔に応えてやれる。
けど、それじゃあ駄目なんだよ。
無表情に、残酷に告げる。
「ああ、確かに殺せる。けどお前が生きてる内には殺さない。」
「え、?」
二度も同じことは言わない。 さあ、後3メートル。 死ぬまで残り15秒だぞ?
「ッ!!」
彼女は剣を握る。 そして襲い掛かってくる、ゴブリンに対し剣を向け
目を瞑った。
グシャッ。
「本当に、運がいいのか悪いのか......。」
「う、うげぇぇぇぇええええええ。」
他に目もくれず胃の内容物を吐き出す森宮さん。 気を使って見ないようにしてあげよう。 と言うか、俺も吐き気が......、ウプッ。
「おェェェェエエエ!!」
俺も仲良く吐きましたとさ。
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