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1話

 のどかなゆっくりとした時間が流れる田舎町の農村。

 そんな畑の真ん中を、白い軽トラが走り抜ける。

 ボンネットにはSの文字が掲げられた白い軽トラの荷台には、野菜ボックスにや長靴に手袋などが積まれている。

 畑の前で止められた軽トラから1人の男が下りてきて、軽トラのあおりを外して野菜ボックスを下ろし、長靴を履いて手袋をつける。

「おーい!!」

 畑の向こう側から、今度はワゴンRが走ってくる。

 軽トラの後ろにワゴンRを停めて降りてきた小柄な男は、ワイシャツにネクタイを締めているが、ジャケットは助手席に置いてあるようだ。

「おう霧島(きりしま)。これから講義か?」

「ああ。これから横浜行ってくる。帰りが遅くなるかも知れない。」

「おう。今日のヴァイスカッツの清算は俺がやりに行くよ。野菜しまいに行くし。」

「よろしく。じゃぁ行ってくるわ。」

「気をつけろよー!」

 霧島はワゴンRに乗り込んで走り去る。

 畑に成っているナスやトマトを収穫すると、野菜ボックスを軽トラの荷台に乗せて違う畑に走り出す。

 違う畑に乗り付けると、野菜ボックスを持って畑に入ると、トウモロコシの収穫を始める。

「さ~て。今日はもういいかな。枝豆も行こうかなぁ。いや面倒だからいいや。」

 軽トラにトウモロコシを乗せて走り出すと、家の近くにある養鶏場に向かう。

 養鶏場とはいえ、個人がやっていることなので大した大きさではない建物に、鶏が約40羽いる。

 軽トラを降りて倉庫から餌を取り出して鶏舎の中の餌やりのボトルに入れていく。

 餌やりが終わったら、今度は水を入れていく。

 最後にざるを持って鶏舎の中で卵を集めていく。

 集めた卵を軽トラの助手席に置き、喫茶店に向かう。

 しばらく畑道を走り、畑のど真ん中の喫茶店『ヴァイスカッツ』の駐車場に入る。時刻はもうすぐ夕方だ。

「あ、弐楷堂(にかいどう)さん。」

「ああ田辺(たなべ)。お疲れさん。」

「野菜しまいに来たんですか?」

「今日は結構採れたからな、あと卵も持ってきたぜ。」

 喫茶店の表を掃除していた田辺に一声かけると、野菜を喫茶店の裏口から店の大型冷蔵庫に野菜をしまっていく。

 卵も一緒にしまうと、軽トラに戻る。

「おぉ弐楷堂くん!」

 畑の道の方から、40代くらいのおじさんが歩いてくる。弐楷堂の農家仲間だ。

 そのおじさんは、手に籠を抱えて歩いてくる。

「ちょうどいいや。君の家に行くかここで呼んでもらうか考えてたんだが、ちょうどいてよかったよ。」

川前(かわさき)さん。どうしたんですか?」

「これを君にもらってほしいんだ。こいつの親が死んじまってな。うちじゃもうやめようと思っていたところで生れちまったんだ。」

 持っていた籠を手渡され、ふたを開ける。

 開けた蓋の中には、少し黒っぽい鶏のヒナが入っている。

「これ、鶏ですか?」

「いや。うちで飼っていた烏骨鶏だ。時間も手間もかかるんでやめようと思ってたときに、有精卵が生れちまってな。どうだろう。育ててくれねぇか?」

「うーん。ちょっと興味あったんですけどね~。餌とかも鶏とは違いますしどうしようかと。」

「ならうちで余ってる餌を少し分けてやるよ。配合なんかも教えるから、どうか引き取ってくれねぇかな。」

「じゃぁ…わかりました。引き取りましょう。」

 そうして、農家仲間の川前から烏骨鶏の雛を譲り受けた。

 軽トラに川前とヒナを乗せて、川前の家で餌を少し分けてもらい、配合を教えてもらう。

 家に帰ると、烏骨鶏のヒナ5羽を籠から出してケージに移し、餌と水を中に入れる。

「今日生まれたんならあったかくしないとだな。」

 畳が敷かれた古民家の柱にかけられた温度計をみながら、温度を確認してからちゃぶ台にノートパソコンをおいて原稿ソフトで小説の続きを書き始める。

「…書き始めは、そうだな。『謎なんてものは、解明するに値しないものばかりだ。』だな。決め台詞は、『この謎は、私が解くに値する。』と『やはりこの謎も、私を刺激するほどではなかった。』で行こう。主人公は女子高生ってのも飽きたし、女子中学生とか小学生ってのも面白いな。」

 キーボードをたたきながら、ちらちらとヒナたちの様子を見る。

 しばらくキーボードをたたきながら、縁側から差し込む光が夕日になったのを確認して台所に麦茶を取りに行く。

 麦茶を飲みながら、縁側の夕日を見ながらパソコンのキーボードをたたく。

「あ~。どこかしらで『…見誤った。これは私に解ける謎じゃなかった。』とか入れたいな~。主人公最強系は一度失速したら持ち直すの大変だもんな~。」

 腕時計を見て、もう時間が遅いことに気づくと、データを保存してパソコンを閉じ、ヒナの入っているケージを扉の閉まる部屋に入れて扉を閉める。野獣に襲われることを想定して守るためでもある。

 ヘルメットをもって外に出ると、ガレージの中に入っていた1台の黄色ナンバーのカブにまたがる。

 エンジンをかけてヴァイスカッツの方に走り出す。

 野菜ボックスのついたカブで農道を走り、喫茶店『ヴァイスカッツ』に入る。空はもう暗くなっている。

 外から見える店内では、バイトの女子高生2人はカウンター席で並んで座っている。

「お疲れさん。もう掃除は終わったのか?」

 店内に入ると、女子高生のバイト2人と小さい女の子がカウンターに座っている。

「あ、弐楷堂さん。お疲れ様です。」

「掃除は終わってるのか?」

「あ、ごめんなさいまだです。」

「いやいい。お客さん帰ってからでいいぞ。」

 2人を止めてレジの清算を始めようとすると、今度は2人に引き留められる。

「あの、待ってください。」

「弐楷堂さん、助けて…。」

「あ?どうしたんだよ。」

 2人はそっとカウンターの女の子の方を見る。

 カウンターの女の子はうつむいたまま座っている。

 一度ため息をついてカウンター越しに女の子の前に立つ。

「…迷子か?この辺じゃ見ないけど、どこの子だ?」

「それが迷子みたいで。」

「そうか。まぁ駐在所に電話するしかないだろう。俺たちじゃどうすることもできない。」

「それはダメ!」

 駐在所という単語を出した途端、女の子は声を荒げる。

 どうやら駐在所には何かあるようだ。

「じゃぁとりあえず君のことを教えてくれるかい?俺たちも君のことを知らないと何もできない。」

「…美緒、岡島美緒(おかじまみお)。9歳です。」

「美緒ちゃんか。苗字は岡島でいいのかな?」

 質問すると、美緒はゆっくり首を縦に振る。

「こんな畑の真ん中で、君みたいな女の子が1人でいるってことは、家出かい?」

 今度も、美緒は首を縦に振る。

「家出か~。じゃぁ今日は、帰りたくねぇだろ。」

「…うん。お父さんの顔、今は見たくない。」

 その言葉を聞き、弐楷堂はバイトの2人を連れてキッチンに移動する。

「お前ら、今日あの子をあずかれる家はないか?」

 その問いに、バイトの2人は申し訳なさそうな顔をしてから口を開く。

「弐楷堂さんごめんなさい。うちは親が厳しいので無理そうです。」

「うちは兄妹が多いので、あんまり余裕がないんです…。」

「そうか…。田辺も鹿島(かじま)も無理か。仕方ないな。」

 弐楷堂はしばらく考えてから、スマホを取り出して電話をかける。

 スマホの画面には『霧島』の文字が表示されている。

「あ、霧島か?今どの辺にいる?」

 しばらくのコールからつながった瞬間声をかける。

『俺か?俺は今大月を出たところだ。家まではもう少しかかるな~。』

「そうか。まぁいいやすまねぇな。」

『?まぁいいや。家着くのは9時くらいになっちゃうかな~。じゃぁまた後でな。』

 電話を切ってスマホをしまい、美緒の横にすわる。

 美緒は少しびくびくしながら弐楷堂の方を見上げる。

「美緒ちゃん、家来るか?」

「…おじさんの家?いっていいの?」

「まぁ昼間は俺らいないけど、来るか?」

「…行きたいです。」

「よし。お前らは店のそうじをしてくれ。俺はバイクのリアシート変えてくるから。」

 弐楷堂が清算していると、バイトの2人が掃除を終わらせる。

 店を閉めてバイトの2人を先に帰させる。

「じゃぁ行くか。後ろ乗れ。」

 美緒を後ろのシートに座らせると、ヴァイスカッツを後にし、畑の真ん中を走り抜けて、二階建ての古民家のガレージの中に入る。

「ここ?」

「ああ。ここが俺の家だ。古臭くて悪いな。一応リノベーションは終わらせてるんだが。」

 ガレージにカブをしまい、玄関のカギを開けて家の中に入る。すでにくらい田舎の畑のはずれにある古民家の明かりをつけると、オレンジ色の温かい光が部屋の中を包む。

「お~!」

 家の中をはしゃぎながら見て回る美緒を見ながら、しまったヒナたちを居間に持ってくる。中では、さっきのヒナたちがよちよち歩き回っている。

 …かわいいなこいつら。

「何それ。」

 元気よく走り回っていた美緒は、興味津々にケージの中をのぞく。

 中で動き回る烏骨鶏のヒナを、美緒は真剣に見つめている。

「腹減ってるか?なんか作るぞ。というか俺が腹減った。」

「おなか、すきました…。」

 パスタを茹でながら、フライパンでオリーブオイルを熱しながらニンニクのスライスを揚げてオリーブオイルにニンニクの香りを移し、そこに鷹の爪のスライスを入れて炒め、できたソースにパスタをあえて完成する。

「ほら、うちのニンニクと鷹の爪のペペロンチーノだ。そこいらのレストランなんかじゃちと食べれねぇぞ。」

「…おいしそう。いただきます。」

「おう。いっぱい食えよ。」

 霧島の分は分けとくか。

「俺はちょっと電話するところがあるから、飯食っててくれ。」

 リビングを離れて、玄関の目の前にある固定電話から電話を掛ける。

 電話番号を押そうとしたとき、電話番号が覚えてないことに気づいて電話帳を開いて番号を調べる。書かれた番号には、『駐在所』と書かれている。

「あ、駐在さん。弐楷堂です。」

『あぁ弐楷堂君。どうしたんだい?』

「駐在さんの娘さんのお名前なんですけど、岡島美緒ちゃんで間違いないですよね?」

『そうだが、まさか娘に何かしたのか!』

 娘の話題になった瞬間、電話の向こうの駐在さんは声を荒げる。

 まぁ親からすればそんなもんなんだろう。

「いえ、そういうわけではないのですが…。今日の夕方にうちの店に来たらしく、俺が清算のために店に行ったところをうちの店員が保護しました。本人に聞いても家を教えてくれなかったので、とりあえずうちで預かっています。なんでも、家出したとかで。」

『…弐楷堂君、ありがとう。美緒はなんていってます?』

「お父さんの顔は見たくないと。他の従業員の家に確認したんですが、ほかで預かれそうな家がなくうちでお預かりしようかと思いまして。」

『わかった。あとでうちまであの子の着替えを取りに来てくれないか?会いたくないと言われてる手前、行くのはちょっとね。』

「わかりました。霧島に帰り道寄るように頼んでおきます。霧島はわかりますかね。」

『わかった。待ってるよ。』

 電話を切ると、今度は霧島に電話を掛ける。時計を見る限り、もうそろそろ韮崎につく頃だと思う。

「あ、霧島か?悪いけど帰りに駐在所に寄ってくれ。駐在さんから受け取ってほしいものがある。」

『駐在所?なんかやったのか~?お前。』

「してねぇよ。あとどれくらいで帰れるんだ?」

『今韮崎で車に乗ったとこだ。これからそっちに帰るところだから駐在所に寄っていく。』

「頼んだぜ。じゃぁな。」

 そういって電話を切ると、居間に戻る。

 居間では、食べ終わった美緒がヒナを凝視している。

「食べ終わったのか?」

「ごちそうさまでした。おいしかったです。」

「お粗末様。で、まだヒナを見てるんだな。そんなに烏骨鶏のヒナが気に入ったのか?」

「烏骨鶏っていうの?この鳥。」

「ああ。鶏の仲間だ。でっかくなれば卵も産んでくれるぞ。」

 弐楷堂は食器を持って台所に移動し、食器を洗う。

 食器を洗い終えてしばらくすると、リビングに戻る。居間では、ヒナの入ったケージの横で畳に横になって寝ている美緒の姿が目に入る。

「…寝ちまったのか。」

 音を立てないようにして居間の隣にある和室に布団を敷いて美緒を寝かせる。

 居間に置いてあるケージに布をかぶせて、台所で自分の食事の用意をする。メニューはさっき美緒が食べたのを同じメニューだ。

 パスタを茹でようとフライパンや鍋の用意をしていると、外から車が入ってくる音が聞こえる。

「お、霧島帰ってきたか。」

 茹でるパスタを増やして台所に置く。

「おい弐楷堂!なんだこれ!」

 玄関で叫んでる霧島に反応するように、玄関に向かう。玄関には、美緒の着替えなんかが入っているリュックと赤いランドセルやビニール袋を持ってる霧島が立っている。

「受け取りはしたけど、どういうことだこれは。」

「騒ぐな。起きちまうだろ。」

「どういうことだ?」

「ついてこい。」

 手招きする弐楷堂について、居間の横の和室で寝ている美緒の所に案内する。

「なんだこの娘。どうしたんだよ。」

「岡島美緒ちゃん。駐在さんの娘さんだ。訳あってしばらく預かることになった。詳しくは飯食いながら話すよ。」

 そうして弐楷堂は台所に移動すると、霧島は荷物を美緒が寝てる部屋の隅に置き、自分の荷物は居間に置いて台所に来る。台所では、弐楷堂がパスタを茹でながらフライパンでニンニクと鷹の爪を炒めている。

「今日の晩飯はなんだ?」

「うちのニンニクと鷹の爪のペペロンチーノだ。足りねぇんならほかにも筑前煮とかあったと思うぞ。」

 平皿を2枚出し、パスタを盛って居間のちゃぶ台に置く。

 霧島はその後ろからコップに水の入ったボトルとフォークを2つずつ持って歩いてくる。

 ちゃぶ台の前に座ると、霧島がコップに水を注ぎ、フォークがおかれる。

「じゃぁ食うか。」

 霧島は、ちゃぶ台にパソコンを置いて何か作業をしながらパスタを口に運ぶ。

「なんか提出フォームでも作ってんのか?」

「いや、生徒が提出したレポート読んでる。今日の講義の感想を出してもらってるんだけど、みんななかなか面白いんだ。」

「大学の准教授サマはどんなお話をしたんだ?」

「今日は朝市の歴史的な移り変わりかな。そうそう、お前の小説の話題が生徒たちで上がってたぞ。新刊も好評みたいじゃないか。ねぇのか?読んでみたい。」

「あぁ確か完成版が届いてるはずだけど、後で見てみるか。あったら貸してやるよ。通勤とかで読みな。」

 お互いにパソコンを開いてメールを見たり提出されてくる原稿を読んでいる。

 気が付くときには、お互いの皿の上はからになっている。

「ふぅ。食ったな。」

「毎回思うけど、このパスタだけであとはニンニクと鷹の爪以外に大した具材の入ってないペペロンチーノで、なんでこんな満腹感があるのかね。」

「そりゃおめぇ、ペペロンチーノの時だけパスタの量増やしてるってのとちょい濃い目の味付けだからだろ。パセリの風味もいい感じだろ。」

「なるほどそりゃ満腹にもなるか。…じゃぁ俺はシャワー浴びてくるよ。」

「ああ。洗いもんしとくぜ。」

 霧島はシャワーへ、弐楷堂は食器を洗いに行く。美緒は相変わらず、居間の隣で寝ている。

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