第3章 一方的な別れ話
圭太がゆっくりとこちらへ来て、愛の正面に腰を下ろす。小さな机を挟んで向かい合う形になる。恐る恐る圭太の顔色を伺うと、それは悲しそうで、申し訳なさそうで、悲痛に帯びた顔をしていた。
圭太が重たい口を開く。
「急に話があるとか言ってごめん」
圭太は至極申し訳なさそうだった。うつ向きがちにぼそりと言った。
「大丈夫。けどびっくりした」
愛は感じたことを素直に述べる。圭太からの話を聞く決意をする。
「最近さ、前より会ったり電話したりしなくなったと思うんだけど」
それは愛も感じていたことだった。けれど、お互い会おうとしていなかったわけではない。愛は何回か、圭太に会いたいと連絡をして適当に断られたことを覚えている。電話も、できるか訊いた日には疲れているから、の一点張りで圭太は断ったのだ。
「あたしはずっと会いたかったし、電話もできないかって訊いたよね?」
「や、そう。俺が全部断ってた」
語気が強まって、一気に陰険な雰囲気が漂い始める。愛は今にも泣きだしてしまいそうなのをぐっと堪えた。
「あたしのこと、嫌いになったんでしょ?」
確かめずにはいられなかった。どうか、好きだと言って安心させてほしかった。けれど愛が願った言葉は圭太の口からは発せられなかった。
「本当にごめん」
圭太はごくりと唾を飲み込む。謝ることで、圭太が逃げようとしているのが分かった。愛のことを嫌いになったかどうかを訊いているのに、彼ははいともいいえとも言わない。けれど愛は、彼の発したごめんという三語と、苦悶の表情で全てを悟った。一気に悲しみが込み上げてきて、愛の頬を水滴が伝った。
「別れたい、ってこと?」
尋ねる声が涙声になる。愛は涙が床にこぼれそうになるのを手で拭って、濡れた手で鞄を開けてポケットティッシュを一つ取り出した。別れ話になるのではないかという愛の予感は当たっていた。泣いてしまうことを予測して、愛は鞄の中にポケットティッシュを五個も忍ばせていた。
「そうだね、なんていうか、もう好きじゃなくなった。ごめん」
圭太は冷たい言葉で愛を突き放す。愛は一層悲しくなって、喉をひくつかせて泣いた。涙が止まらなかった。
「なんで?」
この男は周りが見えなくなるくらい愛のことが好きだったはずなのだ。会うたびに大好きだと言い、強く抱きしめた。愛しかいない、とも言った。同様に、愛も彼しかいないと思っていた。この人となら、永遠に一緒にいられると思ったのだ。
「好きな気持ちが薄れてさ。あんま会わなくても平気になっちゃったんだよね」
これまで三日に一度は二人で顔を合わせていた愛にとって、一度も会えなかったこの一週間は苦痛のものだった。早く会いたいと何度も切望した。
けれど圭太は、平気だったわけである。彼は本当に愛のことを好きではなくなってしまったことが分かった。愛が頷けば、この関係は今すぐに終了してしまうのだと、残酷さに寒気がする。出会って、三回デートを重ねて、お互いの同意で付き合って、多くの時間を共に過ごしてきた。スマートフォンの写真のフォルダは圭太との思い出で溢れている。それなのに、一方的に別れましょう、という言葉だけで、関係はいとも簡単に切れてしまうものなのだ。愛の気持ちなんて汲み取られる暇さえなかった。
「あたしは圭太のこと好きだよ、気持ち薄れたことなんてないし」
愛は震える声で自分の素直な気持ちを伝える。もう何を言っても圭太に響く言葉なんてないと知りながら。
「そっか。ありがとう」
「別れたくない」
愛は無理に引き留めて駄々をこねる重い女にはなりたくなかったが、これが最後の抵抗だと思ってそう言った。圭太は困り顔になる。
「ごめんね。俺はもう、一緒にはいられない気持ちなんだ」
何回目かの謝罪の言葉を聞く。圭太は謝ってばかりだ。愛の目からは涙が堰を切ったように流れて止まらなくなり、ティッシュペーパーが足りなくなってもう一つ鞄から引っ張り出した。