第2章 変化と沈黙
改札を抜けて、歩きなれた道のりを歩く。圭太が一人暮らしをするアパートは豊平公園駅から徒歩十分のところに位置している。圭太も愛も一人暮らしなので、いつもだいたい交互に家を行き来していたが、愛は前回も圭太の家に行ったことを思い出して胸がざわついた。
愛ははじめてこの駅に降り立った日のことを思い出す。そのとき圭太は駅まで迎えに来て、二人で家までの道のりを歩いたのだった。目前にそびえる大きなマンションは、まだあのころは更地だった。今では数十台の車が駐車場に止まっていて、ベランダに洗濯物を干している宅がいくつも目に付く。
マンションの最上階を見上げていると、共同玄関から若い子連れの夫婦が出てきたので、愛は慌てて脇道にそれた。
圭太の住むアパートにたどり着き、愛は恐る恐る階段を上る。足取りは重かった。今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。それでもなんとか一歩一歩階段を上り、圭太の家のインターフォンを押す。
心臓がいやに波打っていた。中の玄関がごそごそと音を立て、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい」
圭太がドアを広げて愛を中に通す。愛は彼の様子がいつもとは違うことを声色で察する。
「おじゃまします」
見慣れた部屋をぐるりと見まわして、愛は違和感を覚える。リビングに置かれた机の上は驚くほど整頓されていて、ベッドの傍にあったはずの木製の棚は扉のついた白い棚に変わっている。元の木製の棚を探すと、キッチンの横に置かれていた。
「なんか部屋変わったね」
愛はなるべく平生を装って言う。内心は、自分がどこか取り残されたようで不安一色だった。
「そう、こないだ模様替えしたんだ」
圭太は何でもないことのようにあっさりと言ったので、愛はそれ以上詮索する気になれなかった。
「そこらへん座ってて」
いつもとは違う圭太の態度に半ば呆然と立ち尽くしていた愛は、我に返って鞄を机の傍に置き、その場に腰を下ろした。圭太はキッチンに行って食器を洗い始める。どうやら朝食を食べ終わったばかりらしい。
気まずい沈黙が流れる。どちらも喋らないでいることは日ごろよくあることだったが、今日ばかりはわけが違っていた。かけるべき言葉が見つからず、愛は押し黙っていた。いいや、そっちから話があると持ち掛けたのだ。こちらから何か言わなくていいのだと愛は開き直り、新調された白い棚の側面をじっと観察していた。