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007 『青國理事長・牟堂京介』

「予定より時間が押してしまってすまないね。」

 部屋の中央。大理石のテーブルを挟むように設置されたソファーに腰掛けているのは青國高校の理事長・牟堂京介。もう20年も理事の座につきこの学校の頂点に立っている。

 年齢は65だと聞くが髪は黒く、肌も若々しい。そのせいか普通見聞きする理事の凄みはあまりなく、多くの生徒に親しみやすさを与えている。

「君が復学のため、一日中校内を巡りプリンセスにコンタクトを取ろうとしていたことを先程学くんから聞きましたよ。

 で、成果はありましたか?前期生徒会副会長・黒川晴人くん。」

 理事長室の戸の前に立つ晴人に牟堂は笑みを浮かべて言った。が、目は笑ってはいなかった。



 3分前。


 晴人の人差し指と親指に挟まれプラプラと前後するファイルは生徒会のマル秘ファイル。今朝までは折り目も傷もなかった型紙の背表紙は一日中晴人が持ち運び、何度も使用したために丸まるように変形し、表紙の字は掠れ、角は削れてしまっていた。

 六花葵に接触後、ファイルの示す人物にコンタクトを取ること7人。皆六花のように話は聞いてくれるが結局デスプリンセスであるという確証を得られず、また、六花にしたような交渉を何度も実施するもまともに取り合ってくれることはなく、これといった成果は得られなかった。

 ファイルに閉じられた候補者は14名。1日で半分を消化する。まだ7名が残っているが、あたった順は疑いの強い人物順であったためもはやファイルへの信頼と期待値は残りの人数に比例していない。


 ーー今日は一切勉強してないのにいつも以上に疲れたな。

 そんなことを考えながら理事長室へ続くドアの前の廊下の壁にもたれかかり晴人はその時を待っていた。理事長にアポイントメントを取った時刻はとっくに過ぎているが、まだ先約の者達の用が片付いていないためだ。

 先約の者達、それは次期生徒会役員選挙で選出され当選した生徒会役員。生徒会役員は当選が確定した翌日に理事長に簡単な挨拶をしに行く。選挙が金曜だった今回は次の登校日の月曜の本日がその日となった。これは一種の伝統のようなもので半年前は晴人も前生徒会メンバーと理事長室へ赴いた。

 中では盛り上がっているのか大小の笑い声が聞こえては消え、聞こえては消え…。自身を置き去りにした生徒会の発足にいい気はしていないが、恨みや嫉妬といった負の感情を抱くほど晴人の精神は未熟ではない。


 ただし…。

 デスプリンセスに奪われた自尊心の代わりに埋め尽くされた言いようのない羞恥心は、

「ありがとうございました、失礼します。次回、下期予算提案の際に改めて伺わせていただきます。」

 新生徒会と対面することを許さなかった。


 理事長室から出てくる六花、松雪、その他数名の生徒会役員達。生徒会長は六花だが、生徒会のしきたりを知る松雪が面々を扇動する。

 廊下を出るなり、晴人の姿を探す松雪。晴人の姿は見渡す限り廊下にはない。

「……とりあえず生徒会室に移動しようか」

 いないことがわかると松雪は音頭をとって生徒会役員を動かす。理事長室の前から生徒会室の方向の階段を降りて姿を消えるまで晴人は階段前の清掃員用の掃除用具入れの中から覗いていた。

 静寂を割くようにキィーと音を立てて晴人はでかい掃除機に足を取られかけながらそこを出て理事長室へと向かった。

 ーー我ながら情けない。



「いえ、成果はありません」

 丸めて片手に持った生徒会マル秘ファイルをさらに締め付ける。

「聞くまでもありませんでしたね。どうぞ。席は空いています。座って話しましょう。」

 晴人は言われた通り、ゆっくり理事長に対面する形でソファーに腰掛ける。テーブルには先程まで話していた新生徒会との議題となった資料やスケジュール、そして彼らに出したであろう空のティーカップが5つかためて置かれていた。

「コーヒーと紅茶どちらにいたしましょうか?副会長の頃はいつも紅茶でしたから、今日も紅茶にしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。」

 即答する。

「私達の仲ですから多少の無礼講はいいんですよ?」

 そう言って目の前の資料をまとめて机の端に置き、今度は足元の茶封筒を取り出しては、封をしている紐をほどき始める。

「すみません。早速本題ですが僕がデスプリンセスに退学宣告を受けた件に関して、理由を把握していましたらお教えいただき」

「ちょっと待ってね。それの前に副会長…じゃなかった、黒川君に渡しておきたいものがあるんだ。」

 封を解いた茶封筒の中から2枚の紙が取り出され晴人の前に差し出される。1枚は退学届、もう1枚は退学後二度と青國に関わらないことを誓わせる誓約書だった。

 一瞬頭がフラつく、そしてその後に来たのは絶望。呼吸すら忘れるほどの。

 退学を自分なら覆せるかもしれない。そうわずかに期待していたし、自分ならとどこか晴人は自分を特別視していた。しかし、自分は同じだった。過去デスプリンセスに退学させられた生徒と。

「驚いたかい?ごめんね。黒川副会長とは幾度も顔を合わせ、言葉を交わした仲だ。青國に在学する沢山の生徒の中では私と君は圧倒的に深い仲だと思う。

 ただ、特別扱いはしない。デスプリンセスに宣告を受けた生徒には必ず最初にこの2枚を渡すことが私の仕事なのでね。」

「すみません。僕はまだ諦めきれません。」

 2枚の紙を押し返すかのように言い放ち、その場で立ち上がる。その際、脛が少しテーブルを押しやった。

「わかるよ。でもね関係ないんだよ。君の意思は」

「僕が退学になったのはあの演説が原因ですよね?あれはこの学校を今よりももっと良くするためのものです。生徒もデスプリンセスももちろん学校も、俺は双方の利益を追求するつもりです!」

「言いたいことはわかります。ですがまずはその2枚を何も言わずに受け取ってください。」

「俺は!」

「Take it easy!!!」

 理事長の一喝に怯み少し頭の冷えた晴人はソファーにまた腰掛ける。理事長はテーブルに手をかけ元の位置に押しやる。

「先に私の理事長としての仕事を終わらさせてください。まずはその2枚を受け取りなさい。

 提出の期限は今週の金曜の放課後18時までです。中にも書いてありますがそれまでに提出できなければ強制的に退学となり、退学後別の学校への転校の支援や残り学期分の学費の返金は行われません。」

 意地でも受け取らないつもりだった晴人だったが、最悪の中の最悪のデメリットを今の一言で理解する。一旦着席し、2枚をじっくり眺めた後、恐る恐るまとめ横に置いておいたマル秘ファイルの上に重ねて置く。

「うむ。この1週間、私が無駄だと言っても君は退学という運命(さだめ)に抗い、足掻くでしょう。しかし、現実としてデスプリンセスの宣告を覆せた者は誰1人としていない。その点を理解し、最悪の展開だけは常に想定していなさい。」

「…はい。」


「では次こそ、君の話をしましょう。まずデスプリンセスになぜ退学にさせられたかの理由ですかね?」

「は、はい!理由を!」

 理事長の鼻に噛み付くかのように喰い気味に答える。


「理由についてですが、それについてはお答えできません。」

 ーーなんだよそれ。

「…それもデスプリンセスと学校とで決めたルールだからですか?」

「いや、これに関しては私の個人的なものです。本来であればいつもその2枚の紙を渡す段階で理由を告げます。」

「なぜ俺だけ…それではなおさら納得できません。特別扱いはしないんじゃなかったんですか?」

「無理もない。ただ、特別扱いではなく。君の場合は君が特別だから伝えないのです。」

 ーー??

「ごめんね。意味わからないと思うが、理由ならいずれわかるから安心してください。そうだ理由を告げられない代わりといってはなんですがヒントくらいは出しましょう。」

 理事長の発言に晴人は苛立つ。

「ヒントも何も、理由は生徒会演説の内容なんじゃないんですか?僕はその中で誤解された部分があると思っています。だからデスプリンセスと直接会話し、誤解を解いた上で自分のデスプリンセスの在り方についての考えを聞いてもらい…」


「君の退学の理由は、生徒会演説ではない。」


「えっ…」


 黒く不穏なもやが背筋を這い、理事長室を一周して、理事長と晴人の間で渦を巻く。静寂の中に生まれる混沌をあえて言い表すならばこんなところだろう。


「演説じゃなければなんだっていうんですか?」


「さあ。けれど火のないところに煙は立たない。それでヒントだけれど、まず黒川君、君は自分の正義を周りに押し付けすぎている。

 生徒会でのこれまでの活動、そして、演説の件もそうだが君の言葉はどちらかと言えば正しいことの方が多いし、交渉相手のメリットも多いに考慮されている。

 しかし、正義は立場によって大きく変わってくるものだろう?」


「これまで正しいと思ってきた生徒会の活動や学校での行動の中で実は誰かを傷つけ、その傷つけた人物、またはその友人、関係者ががデスプリンセスだっ…た?」


「平たく言えばそうだね。」

 ーー理事長が俺の退学理由を言えないのは直接デスプリンセスに繋がる可能性があるからか。わかったが…わからない、俺は誰を傷つけたと言うんだ…?


「タイムリミットはあと4日。健闘を祈るよ。黒川元副会長」

 理事長の指すような視線をかわして、窓の外を見ると外は帷が降りたように真っ暗で、街の街灯が遠くに見えた。

 



投稿が遅くなってしまいすみません。

次話は第二話目を続けて投稿していきます。

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