005 『六』
ーー生徒会のマル秘ファイル。これに頼れば、あるいは。
プリンセスに直接訴えかける。それはつまり、プリンセスだと思わしき人物に片っ端から当たっていくということ。
誰かに頼る、お願いする、祈るなんてことは誰もが挑みそして失敗してきた。可能性があるとすればデスプリンセスを見つけ宣告を引き下げてもらうこと。晴人の考えはそこに至った。
ーーそれは可能なのか?
晴人を置いて授業に向かった松雪は言った。〝それ〝とは全てを指す。デスプリンセスを見つけること、デスプリンセスと交渉すること、そして青國に復学すること。
可能性の観点で言えばどれも限りなく低い。まず生徒はひとクラスおよそ20人でひと学年20クラスが存在する。それが三学年で大体全校生徒は1200人に達する、さらに教師もデスプリンセスである可能性もあるためプラス100人で1300人。その中から数人のデスプリンセスを見つけることは極めて難しい。
交渉もほぼ不可能と言っていい。ここだけの話であるが過去倫理観を欠き他の生徒を登校拒否まで追いやった生徒がいた。生徒はその愚行をデスプリンセスに見つかり当然退学宣告を受ける。しかし、生徒は退学を受け入れなかった。なぜなら生徒の親は大企業の子息であり、金や権力によって退学がひっくり返ると思っていたのだ。
しかし、いくら金を積もうとも、いくら青國に対して優遇しようとも理事長はおろか、教育委員会も全く動かない。「優先されるべきはデスプリンセスの意思」青國も教育委員会も合言葉のようにそれを口にし退学にされた生徒には目もくれない。ただその生徒と保護者が他とは違うのはデスプリンセスに〝直接交渉〝させて欲しいということを口にしたこと。デスプリンセスは青國と教育委員会による秘密結社である。それを見せることは弱点を晒すことと同じ、当然叶えられるはずのない願いであり、生徒はデスプリンセスが下した退学猶予の1週間を待たずして青國高校より直々に退学処置を受け、早急に退学となった。
愚の骨頂。要は青國の逆鱗に触れてしまったのだ。
よって、復学した生徒は今まで一人として存在していない。
そんな状況に置かれていることを晴人は理解しながら、僅かな可能性を見ている。ヒントは晴人の持つ生徒会マル秘ファイルにある。
静寂が落ちる廊下、晴人は2年J組教室の前で廊下の窓側の壁にもたれかかり、ある人物を待つ。
本日は月曜日。移動教室の多い2学年でも、月曜日の一限はHRにより休みでない限りは在籍するクラスに席を置いている。他の曜日であれば1限から移動教室が当たり前のようにあるため見つけるのは一苦労だった。運が悪ければ大学の授業を履修することもできるため学校にすらいないということもあり得た。
ーー悪運には強いのか、そのまま強くあってくれればいいが。
そうこうしているうちに1時限目の終わりを知らせる予鈴が鳴る。
予鈴が鳴り終わると、話し声があちこちでちらほら発現しながら、少しずつ生徒が教室から出てくる。
「ん?おお!晴人」
「ああ!」
晴人の友人2人が声をかけてきた。晴人はF組、彼らはJ組の生徒。生徒会をしていて晴人は多くの生徒に顔を知られているのはもちろんのこと、晴人の誰も拒まず、分け隔てなく接する人間としての性格により、多くの生徒と仲を深め信頼を獲得しており、顔はかなり広い。また前述の通り、青國の二学年は移動教室が多く、専攻する分野によってクラスが都度編成されるのも一因であり、晴人だけでなく、多くの生徒がクラスの枠組みを超えて多くの生徒との交流を深めている。
「退学するって聞いたぞ。先週の生徒会演説が良くなかったってことか?」
「それなんだが…色々あってな、今は重要参考人を…!!」
晴人が探していた生徒が物理の教材一式を手に持ちJ組の教室を後にしようとしているのを晴人は見逃さなかった。
「ごめん。ちょっと用事」
晴人はそう友人達に言い残し、目的の生徒を追う。その足取りは早くもなく遅くもない。
「ちょっと、ごめん。六花さんだよね? ちょっとだけ話いいかな?」
もう朝日と呼ぶには強すぎる日差しが、眼鏡に反射して晴人の目を窄ませる。そして、彼女の綺麗な二重の眼が見えた時には彼女は晴人の声に振り返っていた。六花は言う、
「あらら、黒川さん。…案外、早かったですね。」
「えっ?」
「まあ、今日中に私の前にはいらっしゃると思いましたが。」
その表情には晴人が参上したことへの驚きは一切映っていなかった。むしろ、その様子に晴人が面を食った。
六花葵。
2年J組。一般社団法人・同共通信社の代表、および子会社の株式会社六花通信社の社長を祖父に持ち、また実母もそこに勤める正真正銘の名家生まれの1人。同社が出す記事の影響力は世界でピックアップされることもあり、政界はもちろん多くの業界が警戒し、注目している。純粋な純利益の比較では他の名家育ちの生徒には遠く及ばないが記事一つで業界を傾かせる力も持つため影響力の観点で言えば六花葵は権力を待つ生徒達にとって青國でデスプリンセスの次に警戒される目の上のタンコブのような存在である。
身長は150センチ。髪型はおかっぱを多少伸ばしたようなショートボブで、化粧を許されている青國では珍しくすっぴん。制服も着崩したり、上からカーディガンを羽織ったりなど茶目っ気もない地味な姿だが、彼女が時折なす所作の一つ一つは家柄の良さと彼女自身の気品の高さを静かに物語っていた。
トプトプトプと金の装飾がついたティーポットから透き通った紅茶がこれまた高そうな金の装飾のついたティーカップに注がれていく。
「驚きましたか?こんな場所があることに」
「ああ、第二校舎の3階は荷物置き場になっているだけと聞いていて、今まで用事もなくくることはなかった。まさかこんな豪華な部屋があるなんて…」
声をかけた六花に連れて来られたその場所は第二校舎3階1番端の教室だった。広さは美術室、音楽室のような特別教室くらい広く。内観はまるで豪邸の一室のように高そうな絨毯、カーテン、ソファー、テーブル、壁紙、さらに、壁を隔てた奥の部屋にはビリヤード台の一部が見えたりと学校にはありえない景色に晴人は息を飲み、そして紅茶を啜る。
「そうだったんですね。前会長はよくいらしていたので知っているのかと。知らなければ確かに1限終わりに教室前に立っていた理由もつきますね。」
ーー稔会長が?生徒会では一度も議題にも上がらなかった。取り立てて議題にするほどでもないと判断したか、それとも名家の誰かに金を積まれていたか?
いや、稔会長は汚いことは嫌いだ。それはないか。
「ここにある物品はかつてデスプリンセスが存在する前から家がお金持ちの生徒が投資の名目で自分たちが快適に過ごせる備品を持ち込み、持ち帰らず蓄積されていったいわばゴミ。場所は名家と呼ばれる現在在籍する生徒がいろんな教師を脅して手に入れたものです。一般生徒には物品倉庫と知らされ表向きでは隠された場所です。」
こんな高価なもの達をゴミと吐き捨てる六花に晴人は位の違いを感じた。貰えるものなら全て欲しいくらいだ、そう心の中で静かに突っ込んだ。
また、名家の人間が作った部屋と聞いて晴人は意外にも落ち着いていた。
「名家の者だけが優遇されたこの空間。黒川さんは嫌悪しますか?」
「ふむ。どうだろうか。とにかく、名家による名家のための優遇された何かがあると都市伝説程度に信じてこの学校に入学しているから、本当にそういうものがあって純粋に今は驚いているし、見れて感動すらある。
で、今明確には断言できないが俺個人の意見としてはこの部屋の存在は問題はないとは思う。現状物品がどう配置され、使用されていようといまいと倉庫としての名目は保っている。」
これはあくまで稔会長の下についていた場合の回答。そして、
「ただ、俺がもし生徒会長になっていたらやはりこの部屋はイベントや使用したい生徒に貸し出せるよう物品は破棄し、部屋を解放するかもしれない。」
これが黒川会長(仮)としての回答である。
「もしどうしても使用を望む場合は、正規のルートで借用してもらい、この部屋自体は部室の延長として申請してもらうかな。軽度の部屋の改装は他の部でもしていることだし。」
ーーまあ、ここまで高次元ではないが。
晴人は紅茶を口に含む。
「そうですか。安心しました。」
「それより突然のお願いを聞いてくれるようでありがたいが授業のほうはいいのか?」
「お気になさらず。2時限目は英語ですが〝単完枠〝なので。」
「そうか。ならよかった。」
単完枠、または単完と呼ばれるそれは、省略無しに言うと「単位取得完了枠」という。
意味は一年または高校教育課程の授業を受け終わり単位を全て取得し終えた状態のことで、単完となった科目に関しては自動的に自習という形態となり、別の授業の予習をしたり、大学の授業を入れたり、休憩時間として扱っても良いという特徴がある。
そして上記理由のため、テストによる順位付けなどは排除されている。
また、六花葵が単完枠を持っているからといって彼女が青國で特別頭が良いというわけではない。なぜなら多くの生徒が自分の得意科目を単完させている場合がほとんどで、例えば晴人は高校3年までの数学を単完、松雪は2年時の世界史と日本史を単完しており、一つ二つ単完があることはこの学校においてはあまり価値のあるものではなくまさに普通のことである。全ての受験科目を2年時に単完させているともなれば自慢くらいはできるレベルになる。
「じゃあ…」
「そうですね。雑談はこれくらいにして本題に入りましょうか。」
晴人の言葉は遮られた。
「私の読みではずばり、わたし六花葵をデスプリンセスだと疑っている…といったところでしょうか?」
沈黙。晴人は固まった。
沈黙は六花は2度紅茶を啜り、ポットから晴人と自分の分の紅茶を継ぎ足すほどの時間が経過した。
「あ、当たりだ。どうしてわかった?」
「いえ、プリンセスに宣告を受けた場合に復学する可能性が高い選択肢として挙げられるのが隠密でプリンセスに接触し賄賂で買収する、ですから。過去のケースから見ても明白かと。」
つくづく勘の鋭い。晴人は思った。
「理由をお聞かせ願えますか?」
本当は六花に接触し、会話を重ねながら調べ、あくまでデスプリンセスかどうかの答え合わせは最後の最後にするつもりだった。
しかし、六花の異常なまでの勘の良さが晴人のプランを大幅に狂わせた。
さまざまな思考をさっきの沈黙で巡らせた結果、話すしかないと悟った晴人は観念して、背に隠したファイルを出しながら六花の問いに答える。
「理由は2つ。1つはこのファイルだ」
表紙には青國の校章の上に赤い文字で秘のシールが貼られ、題に死姫についてと記載がある。
題を見た上で六花は晴人に問う。
「これは?」
「生徒会内でデスプリンセスだと思われる生徒会をピックアップしてまとめたファイルだ。選出方法、ファイル内の記載内容について話すことはできないが、キミはこの中でトップに要注意人物であると明記してある」
へーと興味ありげに身を乗り出す六花。
「私の行動や家柄から言動、また私の周りの方々の証言や退学者の有無といったところでしょうかね。」
ほとんど当たりである。
「もう一つの理由をお聞かせいただいても?」
「2つ目の理由は、俺を退学をもって消す理由があると思ったからだ。」
「というと?」
「君は俺と同じ下期生徒会会長に立候補していた。」
「ええ、確かに。間違いないです。」
「得票数は知っているか?」
「いえ、正確には把握していません。」
六花が紅茶を啜る。
「俺が選任に必要な過半数を取得し、残りの票数の6割をキミが取得したらしい。」
「なるほど、ここで黒川さんが退学になれば私が会長に選任されますね。デスプリンセスの力で黒川さんを退学にすることで私が利を得る。黒川さんが指摘する理由としては納得のいくものです。」
六花が驚いた様子は一切ない。
「六花さん。キミはデスプリンセスなのか?
もしそうなら…」
くすくす。
「えっ」
六花は笑っていた。六花の様子に呆気に取られた晴人は力が抜ける。
「結論から先に。残念ですが、私はデスプリンセスではありません。」
次話は11月30日投稿予定です。