003 『演説』
「皆さんは、デスプリンセスをご存知ですか?」
晴人のその発言に体育館中がざわめいた。教師の咳払い程度では静粛にはならない。静かになる時を待たずして晴人は続ける。
「正式名称を第二特別風紀委員会。その名の通り、彼らは正体を明かすことなく影からこの学校を監視し、風紀を守っている組織だと言われています。
皆さんも一度はデスプリンセスの出す退学通知書を掲示板などで見たことがあるはずです。
何の理由も告げず、ただ退去だけを伝える無機質なそれを。
今年青國を去った者は19名、うちデスプリンセスからの通知で退学となった者は16名もいます。彼らは理由を伝えられることなく強制的に青國高校からの退去を命じられこの学校を去っていった。
弁明も反省の機会も与えられることなくです。
私が調べた限りでは原因や理由なく退学させられた生徒は3名、中には冤罪もあったのではないかと思っています。
話は戻り、デスプリンセスは組織の構成も人員も活動内容も、どういった経緯で選出されるかも不明瞭。
だがしかし、確かに存在はしている。デスプリンセスの任を受ける者は確かに青國に在籍し、この場にいる。そして、我々を監視している。
もしかすると、皆さんのすぐ隣にいる者がそうかもしれない。そしたら、皆さんは真っ先に何を感じますか?
それは恐怖ですか?それとも尊敬や自身に不利益な者を消し去ってくれた感謝ですか?それとも…怒りですか?
デスプリンセスの存在は対処の面でも、予防の面でも大きな存在感を放ち、私たちの楔になっている。それは間違いない。
ただ、そんなもの私たちに必要ですか?
監視されている目がなければ私たちは退学に等しい罰を与えられるほどの罪を犯してしまうのでしょうか?
否、我々は子供じゃない!高校生だ、しかもとびっきり優秀だ!デスプリンセスなどなくとも我々は我々で問題を解決できる!
問題解決能力向上を謳うこの学校にいれば方程式を覚えることよりもなぜその方程式ができたのかという過程や原理原則を知り、考えることが大切だと教わる。
ではなぜ、ブラックボックス化したデスプリンセスという不確かなものを信じ怯えなくてはならない!?
そんな彼らが出した不明瞭なアンサーをこの学校の誰が受け入れるというんだ!?
そんな不確かなものがこの青國高校のルールなんかであっていいはずがない!
デスプリンセスではない新しい形があるはずです。デスプリンセスの原型となったパノプティコンでさえ、結局はこの時代には存在していないのだから。
窮屈な青春は私黒川晴人が率いる生徒会が取り戻してみせる!
つまり、私が皆さんと約束する公約はただ一つ。デスプリンセスなる組織の解散、そして、デスプリンセスに代わる新たな風紀維持のシステム構築を私は目指していく。
まずは前期私が前会長に嘆願し、考案した意見収集箱。それ皮切りに悩みを抱える生徒、問題を抱える生徒にデスプリンセスよりも早く接触し、問題を解決する。
デスプリンセスなどいらないと、私黒川が率いるが証明し、私はその公約を現実にしていきたいと思っている所存です。
是非とも私、黒川晴人に清き一票を。
以上です。ご静聴ありがとうございました。」
最初の一度しか開かれていない原稿用紙を手に持ち、教壇に一礼して幕間へと退場する。
その間体育館に地鳴りのように鳴り響き続けた大喝采はこれまでデスプリンセスに抑圧された恐怖や怒り、悲しみを解放するかのようだった。デスプリンセスが出来てからこれまで抜け殻として扱われていた生徒会がやっと息を吹き返した、晴人の演説を聞いた大半の生徒はそう思っていた。
しかし、生徒の楔を外し、生徒会に生の息吹を吹き込んだ張本人の晴人はかなり焦っていた。
ーーまずい。そ、そそそこまで言うつもりはなかったのにいい!
松雪や稔がいる中、顔や仕草には表さないが、手とは足の震えは顕著に晴人の焦りを表に出していた。
「演説はよかったよ。ただ、死姫や理事長に今の演説がどう映ったかだね。」
「ええ、プリンセスが自分たちの地位を脅かされると思えば晴人くんを危険視するかもしれない。もしくは青國のルールを壊そうとする存在を理事長、さらには上の権力が許すかどうか…」
松雪と稔の言葉に晴人は頷きかける顎を手で支える。自分の後続の会長候補の演説が開始されるなか、晴人は胸いっぱいの恐怖を抑え込んでいた。
ーーこうなってしまったのも、全ては眼鏡が割れてしまったせいだ。
次に演説するは、晴人と同じく生徒会長に立候補する六花葵。晴人の横をすり抜け教壇へと向かう。西日を受けて光る六花葵の眼鏡が晴人に向く。大きなため息とともに…。
前話から間が空いてしまいすみません。
遅くとも週に1話以上は投稿いたします。