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002 『救世主』

「急ごう晴人!もう立候補者は集まる時間だ」

 六限目開始五分前は過ぎた。生徒会室を飛び出し廊下を駆け抜ける晴人と松雪。


「落ち着け松雪。俺たちは会長・副会長候補なんだ。候補者演説の順番で言えば後半だ。多少の遅れなら問題はない。」


「違う。僕はモラル話をしているんだ。生徒のトップになろう者が遅刻なんて今後の威厳に影響しかねない」


「それもそうだな。じゃあ廊下を走るのはモラルに反してはいないのか?」


「許容範囲だよ!」

 生徒会室から体育館まではそれほど遠くはない。学校は主に教室棟二棟と特別教室棟二棟の計四棟から構成されており、生徒会室は特別教室第一棟の2階の大体中央付近に配置されている。そして特別教室第一棟はいくつかの棟の中で1番体育館に近く、また、教室棟から体育館に向かう生徒の波に影響されることはない。


「はぁ、焦りはしたけど、間に合ったね。」

 体育館ステージ裏に直接繋がる扉に松雪が手をかけた。その時、

「あっ!」

 松雪は振り返り、ズボンのポケットやブレザーの胸ポケットを弄る晴人を見た。

「まさか…」

「そのまさかだ。忘れ物!」

 晴人は振り返り、来た道とは別の道を駆け抜ける。そう、晴人が忘れた物は生徒会室に置き忘れた演説原稿ではない。自身の教室に忘れた眼鏡だ。

 晴人は常に眼鏡が必要なほど視力が悪いわけではないが、原稿や黒板の字など小さな文字を見る時は基本眼鏡を装着する。

 これまで読み合わせたダミーの原稿ならほぼ覚え済みのため変更がなければ眼鏡は最悪いらなかった。しかし、今回は急遽変更した原稿を読む。練習は重ねたとは言え、流石に暗唱するほど記憶に定着していない。今晴人にとって眼鏡は必須だった。


「はあ、はあ、着いた!眼鏡もある!」

 クラスメイトが移動するルートとは別ルートを進んできたため誰にも出くわさず教室に到着。自身の机に置きっぱなしになっていた眼鏡をその場で装着するとケースに収める時間も惜しみ、そそくさと教室を退散する。

「やばい。遅刻だ。稔会長に怒られる」

 階段をスピードを落とさず駆け下り、手すりを軸に方向転換。一階へと続く踊り場で自身の視界を遮ってしまうほど大量のノートとプリントの提出物を抱える小柄な眼鏡の女子生徒を風のように追い抜く。


ーーごめんな。手伝ってあげたいが今は緊急事態なんだ。


 一段飛ばしで階段を駆け下り、体育館へ伸びる廊下を走り出そうとした、その時だった。


「きゃあ!」

 追い抜いた女子生徒が階段の小さな滑り止めに躓き階段上部から前屈みに飛び出してしまう。


 ーーまずい!

 晴人は刹那も迷わなかった。

 舞い散るプリントとノートを書き分けながら階段を二段三段と飛び越え、女子生徒を素早く胸に抱き抱える。しかし、支えることが精一杯でバランスを取ることはできず、2人は重力に逆らうことなく階段から転げ落ちた。あまり多くない段数からの落下だが、女子生徒の体重も加わり、相当な落下音が廊下と階段に響き渡る。

 すでに生徒は生徒会選挙演説のため体育館に移動済み。事故は人知れないものとなった。


 一時の静寂。

 舞うプリントの最後の一枚が晴人と女子生徒の上にはらりと落ちる。


 むくりと女子生徒が顔上げ瀕死の晴人の顔を見るなり、

「えあ、すっすすすみません大丈夫です、か!?」

 無理矢理瞼を押し上げる。瞼を開けてすぐ視界に入ってきた顔を覗き込む女子生徒は晴人には迎えの天使に見えていた。

 女子生徒は晴人に抱かれ、見つめられている現状と恥ずかしさと申し訳なさで耳を、そして顔を赤らめ速やかに晴人の上から立ち退き様子を伺う。


 ーー痛みはそれほどじゃない。落ちた衝撃で右腕、右足が多少打撲した程度だ。骨も折れてはいないだろう。ただ、割れてしまったか。


 急ぐあまりすぐに装着して向かったのが良くなかった。レンズの中心に稲妻でも走ったかのような割れかた。使い物にはならないだろう。

「ん、多分大丈夫。君こそ怪我はない?」

 眼鏡を外し、端を畳んでブラザーの胸ポケットにしまう。

「はい、大丈夫です。」

「そうか。怪我がなくてよかったよ」

 微笑みかける晴人。

「はい。あ、そういえば会長さんですよね? 体育館へ急がないと!」

「でも提出物が…」

「私ことはいいので早く体育館に!」

「あ、ああ、ありがとう」

 女子生徒の言葉に甘え、散らばるプリントとノートを避けながら右足を引きずって体育館へ急ぐ。




「晴人おっそ。会長キレてたよ?」

「しょうがないだろう。階段から落ちる女子生徒を助けていたら遅くなったんだ」

「嘘ばっか」

 晴人に悪態をつくのは北条夏菜子。前期生徒会では書記を担当し、今回は生徒会には立候補はしていないが裏方として次期生徒会の選挙演説を最後に彼女の生徒会としての仕事は幕を閉じる。

 ちなみに前期、晴人は副会長で松雪が会計だった。そして前期会長はというと夏菜子と同じく次期生徒会演説の司会進行を担当している。その仕事が終われば夏菜子と同じく生徒会を完全に去ることになる。

 寂しくなるな。なんて思っていると早速副会長候補の演説が始まり司会進行役の前会長が晴人のいる裏へとはけてきた。

 晴人に気づいた稔は右手拳でぽんぽん空を叩き、頬を膨らませる。

「黒川くん遅刻だよっ!これから生徒会長を目指すんでしょ?そういうのは最初が肝心なんだからね?」

「はい、すみません。気をつけます…」

 前会長・藤崎稔。終始笑顔なのが晴人を恐怖させた。

「誰よりも私は君たちに期待してるんだから。」

 稔の視線が晴人からステージ中央に向かう。そう、今演説をしているのは松雪だ。


「…であるからして、なるべく多くの生徒の意見を反映し努めてきた前期生徒会による功績は大きく、私もまたそれを引き継いだ上で次期生徒会副会長としてふさわしい…」

 松雪の副会長選挙演説が終わる。内容は可もなく不可もなく。生徒の心には響かずだか、悪印象はない。そもそも副会長は立候補が松雪のみ。選任は結果を待つまでもない。


 リズムの合わない疎らな拍手に包まれ松雪が幕間へと帰還する。

「つまらない演説だったな。」

「ほう、では黒川会長の演説に学ばさせていただきますよ」

 悪態も笑いに変わる。陰で原稿を校正した稔が眉に皺を集めたのを袖にし、次の出番である晴人はステージを歩み出す。


『続きまして、生徒会会長候補演説に移ります。2年F組黒川晴人さんお願いします。』


 ステージ中央。質感の良い木で作られた教壇の前。複数の明かりに照らされながら晴人は原稿を取り出す。


 ーーああ、見えない。


 シャープペンシルで書かれたそれは明かりを乱反射し、一文字一文字を追うのに時間をかけさせる。かと言ってもともと用意していた原稿を読むほど晴人の覚悟は柔ではなかった。

 原稿を閉じ、全校生徒及び全教師合わせ約1000人ひとりひとりの顔に向き合う。そして、鉄の匂いがほんのりする使い古された銀マイクに溜めた言を放つ。


「青國高校に在学する皆さん、こんにちは。私は2年F組、黒川晴人です。早速ですが、皆さんは、デスプリンセスをご存知ですか?」

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