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ERROR CODE:  作者: 彩塔 双葉
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#04 THERE is no ABSOLUTE.

 最寄り駅の改札を抜けるとすぐにそのカラフルな入場ゲートは姿を現す。バルーンであったりマスコットキャラクターの動物であったりの装飾がなされていて、夜になればイルミネーションまで点灯して一際に自身を目立たせようとするソレを眺めては騒がしいと感じ十七夜は既に帰りたいという気持ちでいっぱいだった。


「よしっ、十七夜行くぞ!」

「はあ」


 腕をひかれて主導権は(おろ)か選択権ごと意思を奪われる。常之は対照的に楽しそうで、頭のてっぺんで跳ねたアホ毛をぴょんぴょん揺らしながら走り出した。


「なんだ、ここまで来てまだ帰りたいなんて思ってないだろうな!?」

「思ってるし寧ろその気が増してきたよ」

「なんでだ、こんなにテンション上がってくるところないだろ! 人も少ないし文句もないだろ!」


 確かに思っていたより人影が少ないことに十七夜は気付いたが、それでも十分に騒がしい声が聞こえてきてそれだけで疲れてしまう。


「まあ引き返すのも面倒だし、帰るにしてもどうせ君は家に居座るだろうから、こういうところで少しでもオレから意識を逸らしてもらってた方がマシかもね」

「ゴチャゴチャ言ってっけど、ようは乗り気になったってことだな! んじゃ、行くぞ!」


 ずっと繋がれたままだった手が更に強く握られる。痛いという訳ではなかったがどこか苦しくて、でも振り解けない。まるで奔放(ほんぽう)に駆け回る犬と散歩している飼い主だ。この場合は狐に振り回されてる、と言った方が良いかもしれない。十七夜が飼い主なのかどうかはさておき。




 入場ゲートをくぐると、これまた一際目を引く豪勢な噴水が彼らを迎えた。見上げた先から放物線が四方八方足元の方へ(したた)り落ちる。そして時々跳ねては照明やら陽の光を吸い込んできらきら瞬き落ちてゆく。ある時間になると音楽に合わせて水はうねったり切り取られてぷつぷつと吐き出されたり、違った姿を見せてくるが結局は落ちてゆくことに変わりはない。その繰り返しだ。


「おい、噴水なんかじーっと見てねーで早く行くぞ!」

「急がなくても逃げも隠れもしないでしょ。並ぶ訳でもないんだろうし」

「何言ってんだ! せっかく来たからには目一杯楽しまねーと損だろ! 時間には限りがあるんだ」

「まあ、それはそうなのかもね。噴水眺めてるのも別に楽しくないし」




 エントランスを抜けたところで常之はパンフレットを開き、どこに行こうかと目を輝かせながら候補をあげていく。


「やっぱとりあえずジェットコースターか? 十七夜、絶叫系は大丈夫か?」

「平気だけど、なんとかっていう新しいアトラクションに行くんじゃなかったの?」

「それは時間が決まってんだ、だからそれまでいろいろ回ろうぜ」

「はいはい」


 そうして十七夜はまた振り回されるように常之の後をついて行くことしか出来なかった。だが、走りながら流れていく非日常じみた造られた街並みを見るのは悪い気がしないでいた。




 * * *


「はーっ! やっぱジェットコースターは最高だな! なあなあ、もっかい乗ろうぜ!」

「なんで同じのに何回も行くの」

「空いてる平日の特権だからだろ! ジェットコースターなんて、休みの日だったら乗れねーこともあるんだからな!」

「一人で行ってきたら? オレはここで見とくからさ」


 常之がキャッキャとはしゃぐ横で十七夜はネクタイや前髪を(しき)りに直している。


「んだよ、ノリ悪いな! あ、分かった。アンタ、本当は絶叫系ダメなんだろ?」

「いいや。ていうか、見て分かんない? 髪も服もぐちゃぐちゃになるからいやなの」

「嘘だな。アンタはそんなの気にするタイプじゃない。でなきゃ、テーマパークにスーツで来る奴がいるかよ」


 十七夜の服装はもはや普段着と化したスーツで、いくらシャツの裾を出したりラフな着こなしをしていたとしてもこの場では少し浮いていた。


「よーし、そういうことだからもっかい行くぞ!」

「はぁ、一体どういうことなんだ」

「今度はちゃんと叫べよな!」

「聞いてないし。きつねくんもさ、叫びたいならもっと他のところにも行きなよ。お化け屋敷とか」

「お化け屋敷は絶対やだ!」

「ふーん。じゃあ、お化け屋敷行くって言ったらジェットコースターもう一回付き合ってあげるよ」


 きっちり整えられた身なりに端整な顔立ちで爽やかに微笑みかけられる。それに常之はどうしても弱かった。


「んああ、ズルいぞ! そんな顔してそんなこと……!」

「いやなら今一人でジェットコースター乗ってきたらいいだけじゃん」


 それも全部無自覚だからさらに応える。十七夜は常之をどうにかしようなどとは一切思っていないのだ。


「それはつまんねーだろ。僕は全部十七夜と一緒に楽しみたいんだ!」

「君、ずっとそのまんまなんだね。オレが好きとかファンだとか、相当な変わり者のままだ」

「変わってたって構わないさ、それが僕なんだ」

「まあ君がそれでいいってならなんだっていいんだけど。で、どうするの?」

「……お化け屋敷行くからもっかい着いてきて」


 常之は俯きがちにボソリと吐き捨て十七夜のスーツの袖を掴む。仕方ない、恥を捨ててでもプライドがどれだけ泣き叫んでもそれ以上に一緒にいたいという気持ちが勝る。不利でしかない交換条件も彼が今を楽しんでくれているなら受け入れざるを得なかったのだ。それに十七夜が溜め息混じりに「仕方ないな」と素っ気なく返すだけだとしても。




 * * *


「はい、じゃあお化け屋敷行ってらっしゃい」

「はぁ? 十七夜も一緒に行くんだろ!?」

「いやいや、いつオレも行くって言った? きつねくんが一人で行くんだよ」


 「ふざけるな!」そう言ってやりたいのに、十七夜は笑顔で手を振ってくる。それは他人を散々(あお)って(もてあそ)ぶあのときの笑顔だ。心底むかつくのに、初めて会ったときに見せてきたソレと何も変わらないようでほんの少し僅かに違ったように見えた気がして、常之はその口を(つぐ)んだ。もしも心のどこかで本当に楽しいと思って(おとしい)れてきたのなら――


「僕を騙すなんて、十七夜のくせにやるじゃん。でも、こうしたら……どうなる?」

「なっ、ちょっ、ちょっと!」


 常之は、平然と微笑みながら振られている十七夜の腕をがしっと掴んでそのまま引っ張って駆け出した。十七夜は目も口も情けなく開いたまま強引なその手にまた翻弄させられる。力や体格の差であれば十七夜の方が上なのでそれから抜け出す術ならいくらでもあった。だが実行に移せないのは、常之の速さがあるから。無闇に力を使えばスピードに任せたまま何が起こるか分からない。さらにそこに十七夜の能力、こんなことでも常之に無事では済まない傷を負わせてしまうかもしれない。そう思うとやはり従うしか選択肢は残されていなかった。




「ふんっ。アンタの言葉を借りたら、要は勝てばいいんだ。どんな手使ってでも連れ込めたらこっちのもんだ」

「はぁ、相変わらずめちゃくちゃだ……」


 息を整え、開かれた重い扉の向こうへ広がる暗闇に足を踏み入れる。鉄製の扉独特のコンクリートの床と擦れて響き続ける高い音や錆びた蝶番(ちょうつがい)から鳴る金属音がやけに耳に残る。それが止んだと思えばバタンと大袈裟に扉が閉まる音が響いて明かりを奪った。ここが始まり、スタート地点。だが既に常之は怯えているようで、扉が閉じた瞬間に十七夜にくっついた。


「暑い、離れて」

「やだ」

「動きにく過ぎるでしょ、それとも脅かされても逃げられなくていいんだ」

「そ、それはダメだ!」


 常之は咄嗟に離れて「十七夜、早く電気点けろよ!」と謎の威勢を見せた。


「はい」

「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 懐中電灯に照らされた先に偶然、血塗られた青白い女の肖像画が飾られていて、常之は目にした瞬間絶叫して一人で走り去ってしまった。


「えぇ……」


 一人取り残された十七夜は、その絵を見てそんなに怖いかなと思いながらそっと指でなぞった。少しざらざらした感触が指先に残るだけであとは何もない。立ち止まっているわけにもいかず、彼は幸いにも順路通りに走っていった常之の方へ向かった。




 時々脅かしてくる幽霊やゾンビ、何かが割れるような音であったり足音であったり、恐怖を掻き立ててくるポイントに十七夜は一切臆することなく普通の道を歩く調子で進んでいき、壁にもたれかかってすっかり疲弊している常之の姿を見つけた。


「……ぅわっ! ……ってなんだ十七夜かぁ」

「なんだって何?」

「またおばけだと思った……てか、一人にすんなよな!」

「君が勝手に走ってったんでしょ」

「それでも着いて来いよ!」

「理不尽過ぎない?」

「うるさい! もう早く出るぞ、こんなとこ……!」

「はいはい」


 十七夜は暫く待ってみた、だが常之は一向に進もうとしない。すると「早く行けよ!」と言い出した。やはり虚勢だったかとスーツの裾を掴んでひたすら後ろを付いて回るだけの常之を見て、どうしてか安堵のようなものを感じていた。


「十七夜はなんで怖くねーんだよ」

「怖くないものは怖くないの、理由なんてないよ」

「僕なんか、全部仕掛けでゾンビとかもホントは人間だって分かってても怖いのに」

「……人間の方が余程怖いってことだよ」


 後ろから何か追いかけてきていないか十七夜は振り向いてゆっくり来た道全体を見回した。


「な、なんかいる……?」

「いいや、なんにも」


 そのまま進み続けると、そちらが出口だと(いざな)うようにうっすら光が差し込んでくる。明るさを感じて常之はちらりと顔を覗かせると、十七夜の身体を押して「急げー!」と走り出した。



「よし……っ、やっと出られた……」

「出たんだから離れてくんない?」

「そんな冷たくしなくてもいいだろ、まだ後ろからなんか来たらどうすんだ」

「なんにも来ないって」


 そう言うと十七夜は、離れようとしない常之を振り払うように距離をとる。そしてふと見上げた先に時計の長針がちょうど天辺(てっぺん)で短針と重なろうとしているのが見えた。


「ああ、もうお昼か」

「やっぱこういうとこいると時間経つの早ぇーなぁ。ささっと軽くなんか食って、今日のメイン行くか!」

「もう元気だし。君って単純だよね」

「何それ馬鹿にしてんの?」

「別に。楽しそうだなって思っただけだよ」


 長針と短針、そして秒針が真上を指してぴたりと重なる。鐘の音が園内に響き渡り、カデノーランドのテーマソングらしき曲のメロディが流れた。




 * * *


「なあ、十七夜はどれにする?」



 本当に無作為なようで、常之は目に付いたフードワゴンに十七夜を連れて駆けて行った。ハンバーガーやホットドッグのメニューに目を通すと常之は、通常の三割増程度のテーマパーク特有の値段設定に気付く。大して他で食べるものと変わりはないだろうにと、急に現実的な思想を露わにしだした。


「どれでもいいよ」

「んじゃ、僕と同じのでいいな! ビックバーガーのLセット二つ、飲み物はコーラで!」

「え、ちょっと、待って!」

「なんだ、どうしたんだよ」

「どうしたじゃない、オレそんな食べないから」

「じゃあどれにするのさ」

「えーっと…………」


 提示された幾つもの選択肢に目が回りそうになる。何かを選ぶこと、それは十七夜が最も苦手とする事柄の一つであった。カウンターを挟んで向かいに立つ店員が満面の笑みと共に「どうされますか?」と圧をかけてくる。たかがメニュー一つ、それでも嫌な汗が吹き出てきてどうすればいいか分からなくなる。


「……やっぱ、同じので」

「かしこまりましたっ!」


 元気な声に十七夜はメニューに視線を落としたまま苦笑した。



「何コミュ障発揮してんだよ」

「うるさい、慣れてないんだよねこういうの」

「アンタ、どこの箱入り娘……いや息子なんだよ」

「いやそういうわけじゃないけど。女の子にカフェとか連れて行かれても注文は全部任せてたからさ」

「そういうことは聞きたくなかった」

「君が話し始めたんでしょ」

「余計なことは言わなくていいってこと」

「オレが言わなくても君のことだからどうせ知ってたんでしょ」

「僕が知ってたとしてもわざわざ言わなくていいだろって話だ!」

「……めんどくさいなぁ」

「はぁ!?」

「お待たせしましたー、ビックバーガーのLセットでーす」


 ワゴン前のテラス席は食事時ということもあり賑わっている。だが脇目も振らずに激昂した常之が席から立ちあがろうとしたその時、丁度割って入るように店員がやってきて二人の前にハンバーガーのセットを置いて笑顔を振り撒いて去って行った。


「……もういいよ、早く食うぞ」


 常之は諦めたようにそっぽを向きむすっとした顔をして休むことなくフライドポテトに手を伸ばした。塩が固まっていたのかひどくしょっぱい。一方的に怒鳴られた十七夜は釈然としない様子でコーラを飲んだ。



「アンタ、どうせ食べ切れねーだろ。つまんでていい?」

「いいけど……って、もう自分のポテト食べちゃったの?」

「うん、気付いたらなくなってた」

「何そんな手品みたいに言ってんの」

「食べたらなくなる……不思議でならねー」

「いや当たり前のことでしょ」

「そうでもないと思うぞ」


 十七夜の前にあるフライドポテトは全く減っていないようである。彼が小さく口に運ぶ様子を見ると常之は「不味そうに食いやがって」と二、三本つまんで美味しそうに食べてみせた。

「そんじゃ訊くけど、十七夜にとっての当たり前ってなんだよ。食べたらなくなるフライドポテトか?」

「何その質問」

「答えられねーだろ」

「何が言いたいの」

「当たり前なんてないってことさ。絶対はない、つまり食べてもポテトがなくならないことだってあるんだ。天国だな」

「どう考えても地獄でしょ、そんなの」


 十七夜はまたストローに口をつける。カップを傾けた拍子にガサリと氷の山が中で崩れる音がした。



「これは無限ポテトじゃなかったみたいだけど」

「って、オレのももう食べちゃったの?」

「ああ、僕はもうバーガーも全部食べ切った。十七夜も早く食えよ、時間ねーからさ」

「急かさないで。そんなにぎりぎりなんだったらこれも君が食べなよ」

「え、いいのか? って、十七夜それじゃほとんど食わねーことになるぞ」

「別にいいよ、そんなにお腹も空いてなかったし」


 そういうなら……と、常之は差し出されたハンバーガーを受け取りむしゃむしゃとあっという間に食べ切ってしまった。


「君、ホントよく食べるよね」

「そうか? アンタが食べなさすぎなだけだろ」

「そんなもんなのかな」

「そうだそうだ。ほら、もう行くぞ」


 ゴミをまとめて捨てトレイを返却すると二人は、地図を確認して目的地へと向かった。





 * * *


「本当にこの衣装、誰の発案なんですか」



 年季の入った真鍮(しんちゅう)風のプレートには『ALL in WONDERLAND』と刻まれ、入り口の上部に掲げられている。その周りには色とりどりの本や御伽(おとぎ)(ばなし)のキャラクターめいた人形たちが戯れている姿があしらわれている。如何にも子供受けしそうな装飾に反して、注意書きの看板には〝対象年齢十三歳以上〟と書かれてある。

 そこをくぐり抜けると、古書の切れ端を重ね貼り合わせたような壁紙、淡い電球色の灯りが広間を暖かく包み込むように(ほの)かに光り、奇妙な印象を与えながらも明るい音楽と共に奥に見える重厚な木製扉まで来る者を誘った。

 プレオープンとはいえ殆ど完成しきっている施設の最深部――両開きの木製扉の先、背の高い本棚に囲まれた小部屋に雪乃たちはいた。彼女はどういうわけか、御伽噺ではおよそ良い立ち位置ではないであろう魔女のような衣装を身に纏っている。



「えっ? 多分、柊ちゃんじゃない?」

「俺たちはあくまでここのキャストとしての協力をしてるだけだからね。発案とか開発の方の話は分からないんだ」



 小比類巻と巽は柊の依頼により、このアトラクション専属のキャストに任命されていた。いくら雪乃さえいれば成立するとはいえゲストの案内から何まで一人で全てをこなすことは実質不可能だと、彼女と親交の深い二人がサポート役に選ばれたのだった。



「祈ちゃんなら仕方ないですね」

「相変わらず柊ちゃんには甘いよね、雪乃ちゃん」

「中学生の女の子を責めてどうするんですか」

「それもそう……なの、か……なぁ?」

「でも、すごく似合ってると思うよ」

「どういう意味ですかそれ」

「他意はないよ」

「……そうですか。私からしてみれば、お二人のキャスト姿があまりに板に付いているので気後れして仕方ないのですけど」


 鮮やかな青のジャケットに白のパンツ。基本の形こそスーツであったが、確実に人を選ぶであろうその衣装を小比類巻も巽もさらりと着こなしていた。だが引け目を感じながらも雪乃はどこか楽しそうだ。


「あとこれ、暑いんですよ」

「初夏って言っても全身真っ黒じゃそうだよね」

「これだけ外観も内観も完成してるのに空調だけはまだっていうね」

「さすがに正式オープンまでには付くと信じてますけど」

「付かなかったら俺たちも……」

「ねぇ」



 三人がとても夢の国のキャストのソレとは思えない会話を繰り広げていると、青年二人がやってきた。


「なんだよ、雰囲気は出来上がってんのにキャストは全然じゃねーか。やる気あんのか?」


 完成された世界観に感激していたからか、反面まるでその雰囲気に染まっていない三人を見て常之は喧嘩腰で突っかかる。


「え、もう昼休み終わったの? 早いな」

「おじさん、ゲストの前でそういうこと言わないで」

「巽さんもです」


 小比類巻が能天気に口を開いたのを皮切りに巽と雪乃も小声で続き、繰り広げられるハリボテのドミノ倒しに常之は大きく溜め息を吐いた。


「よ、ようこそ! ALL in WONDERLANDへ!」

「いや今更取り(つくろ)っても遅いぞ、英語の発音だけは綺麗だけど」

「ごめんごめん、おじさんたちもまだ慣れてなくてさ」

「ああそっか、アンタたち正式なキャストじゃねーのか。確か、ここだけは管理局の運営だったっけ」

「よく知ってるね、そんなこと」

「大体見当はつくだろ。本の中に入るって名目でかつ対象年齢が十三歳以上、つまり()()()()()だろうなって真っ先に繋がったよ。まさか、監獄システムをテーマパークのアトラクションにするとは思ってなかったけどな」

「ねえ巽くん、今の若い子って監獄とかの話もするもんなの?」

「いや多分ですけど彼が例外なだけです。日常会話で監獄の話なんてまず出てきませんし、あのシステムについての知名度はそこまで高くありません。少なくとも一般人(・・・)の間では」

「ふーん、僕の周りでは結構有名な話だけどな。なぁ、十七夜」

「えっ、ああ、うん。オレも知ってるけど」

「あ、君!」


 何かを思い出したように小比類巻は声を上げ十七夜に近付くと、彼も咄嗟に近付かれた分後ろに下がった。


「な、なんですか?」

「あれだよね、この前の通り魔のときの」

「あ、あぁ……、一応それです」


 困惑した様子で返答する十七夜を見て、状況が掴めていない常之は「なんのことだ?」と不機嫌そうに尋ねた。


「この前近所で通り魔事件あったでしょ。それでオレが犯人逮捕に貢献したとかなんとかでさ」

「え、十七夜が? 嘘だろ」

「嘘なんかじゃないよ、犯人を逮捕出来たのは間違いなく彼のお陰だ」

「まあオレはホントになんにもしてないんだけどね」


 常之はかなりはっきりとした違和感を覚えた。まず十七夜の性格や人間性からして見ず知らずの誰かを助けたり協力なんて出来るとは思えない。そして当の本人はどこか他人事のように話していて何も特別なことをした自覚がないのに、小比類巻たちは盲信でもしているかのように彼を称えている。何か絶対的な力のようなものを感じていた。


「そうだ、柊ちゃんが君について何か言ってた気がするんだけど……えーっとなんだったかな。巽くん、知ってる?」

「いえ、俺は何も。俺はあくまでおじさんの協力者って立場ですから、内部事情とか込み入った話までは把握してませんよ」

「そっかぁ。でもきっと今回の件について改めてお礼をしたいとかそんなことだと思うから、何かあればまた伝えるよ」

「はあ……分かりました」

「つーか、んなことより早く遊びてーんだけど。本の中、どうやったら入れんの?」


 痺れを切らした常之が口を開く。ぐるりと囲むようにそびえ立つ本棚にぎっしり詰められた本の中から、彼が無作為に一冊手に取ると雪乃は僅かに微笑んだ。


「その本を選ぶとは。もしかしてあなた達も?」

「へ?」


 ぱっと表紙を見ると、どこかで聞いたことのあるタイトルとついさっきどこかで見たような整った容姿の二人の男のイラストが大々的に目に入った。


「あっ、もしかしてアンタが天王寺屋雪乃なのか!?」

「そうですけど」

「まじかぁ、思ってたより普通のお姉さんじゃん」

「本が置いてあるだけでよく分かりましたね」

「だってこれまだ発売してねー最新刊だろ」

「え、君、雪乃ちゃんの本読んでるの?」

「悪いかよ。僕もちょっとは本とか読んだ方がいいかなって思って。勉強だよ勉強」

「きつねくん、何の勉強するつもりなの」


 十七夜はただでさえ少し開いていた常之との距離を更に広げ、(さげす)むような目をして彼の方を見た。


「なんでもいいだろ。そういう十七夜はこういうの読まねーのか?」

「そうだね、あんまり読んだことないかも」

「じゃあ、これになさいますか?」


 妙に嬉々としている雪乃に小比類巻と巽は思わず顔を見合わせ冷や汗をかいた。


「あれって……」

「ええ、雪乃ちゃん直々に試してほしいって頼まれたやつですよ」

「地獄の短編集……」

「何を言いますか、天国だったくせに」

「おじさん……」

「え、いや、何その冷た――い視線」

「おじさんのことは放っておきましょう。今はゲストにおもてなしをするときです」

「そうだね」


 小比類巻を一人置いて切り替えるように襟元を正すと、雪乃はタブレット端末を手に取り巽は一歩前に出て声の調子を整えると十七夜と常之に説明をし始めた。


「ここではALL in WONDERLANDの名の通り、誰でも御伽噺のような物語の世界を体験ができます。どんなところに行きたいか、それを彼女に伝えるだけで思った通りの世界に行けますよ」

「へぇ。ここにある本の中から選ぶってわけじゃないんだね」

「ここにあるのはほとんどダミーです」

「あ、ホントだ。中は真っ白」


 十七夜が何冊か手に取りぱらぱらめくると、どれもこれも一面生成色の紙が続いていくだけであった。手の届かない辺りを見上げるともはや本としての実態もなくただの壁紙であると気付いた。


「じゃあさっきのはなんだったんだよ」

「あれはたまたま置いてあっただけです。あれでも構わないのですよ?」

「妙に推してくるな……。十七夜、どうする?」

「きつねくん一人で行ってきたら? オレはいいよ」

「なんで僕一人で……あれ、どう考えても二人用だろ」

「仰る通り、二人推奨ではありますね」


 「ですが、一人でも大丈夫ですよ」と不敵に笑う雪乃に常之は背筋が凍るような感覚がし、丁重なるお断りをした。


「十七夜はどんな物語がいいんだ?」

「きつねくんが選んだのでいいよ。オレはどんなのでもいいからさ、今のこの世界じゃなければ」

「それ、別に優しくもなんともねーからな。どうせ、アンタは選べないってだけなんだろ」

「さぁね」

「まあいいよ。僕は……やっぱり終わらない世界がいいかな、今日がずっと続けばいい」

「なるほど……。あ、ありました」


 雪乃はタブレット端末で検索をかけたようであり、画面をスクロールして数分すると手を止めそう言った。


「電子書籍なんだ……」

「さすがにあの図書館にある本を全部こちらに運ぶのは無理がありますし、何より解放する度毎回破り捨てていては資源の無駄遣いになりますので」

「めちゃくちゃ現実的だな、夢と魔法はどうした」

「物語の世界に行けるってだけで十分夢があるでしょ。それに、特殊能力なんて魔法みたいなものじゃないですか」

「ま、それもそうか」

「…………」


 十七夜は肯定する言葉を口に出すことも頷くことさえできなかった。魔法だとすれば、きっと魔女の呪いのような類いのものだ。呪われた忌まわしき能力、自分が持つこれは一体何の為に与えられたのだろうと力無く開いた右手に視線を落とす。


「あ、そうだ。念の為に言っておきますけど、終わらない世界の物語の中に入れるというだけで、物語自体には終わりがありますので結末を迎えれば当然こちらの世界に戻って来ますからね」

「分かってるよ、あくまで疑似体験ってことだろ。ていうかむしろ帰って来れないとか困るし、それこそ囚人と同じじゃねーか」

「理解なさってるならいいんです。ではお二方、お名前をフルネームで教えて頂けます?」

「ああ、僕は尾崎常之だ」

「冠崎十七夜」

「はい、ありがとうございます。それじゃあ、楽しい物語の世界へいってらっしゃい」


 雪乃がタブレット端末に二人の名前を書いたその瞬間、画面から眩い光が放たれる。光はガラス窓や十七夜の付けていた腕時計の文字盤に反射しながら二人を包み込み本の中に引き込んだ。


「……ん?」


 光が収まり雪乃が画面を見ると、見慣れないポップアップが真ん中に現れていた。


「どうしたの、雪乃ちゃん」

「ERROR CODE:3476-41072……?」


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