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ERROR CODE:  作者: 彩塔 双葉
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#01 CAGE in the PAGE.

 勘解由小路(かでのこうじ)市には超能力とも言うべき力を持った人間が少なからず存在することが確認されている。大抵は毒にも薬にもならないどうしようもなく使い道もないようなものばかりだが、その力は人それぞれ十人十色で、自分にのみ効果があるものもあれば逆に他人に干渉することで真価を発揮するものもある。他人に干渉する場合、人に危害を加えるものもあれば逆に益を与えるものもある。

 能力によって治安が乱されないように管理局が設置され、能力を利用したまたは能力者が関与したとされる犯罪や事件などはそこで取り締まるシステムが完成されていた。




『今回の被疑者は――モブ男さん、二十四歳。能力は透明化、自分の姿を見えなくするBランクの能力です! ――――

この能力を使って――――などと悪いことをしていたみたいですねぇ、通報の電話が鳴り止まなくて困っちゃいますぅ』




 小比類巻(こひるまき)景虎(かげとら)はところどころ抜け落ちた伝言を思い出す。眼鏡をかけセーラー服を着た三つ編みの文学少女のような出で立ちをしたその子は、彼にしてみれば娘か(めい)くらいの年齢で思わずお小遣いをあげたくなりそうになる雰囲気を(まと)わせている一方で、その手をその思考をはたと止めさせてしまう程の冷静さと達観した眼差しを有していた。

 能力を分析する能力を持つ少女は、併せ持つ聡明(そうめい)なその頭脳も相まって能力者たちを正しく導く、所謂(いわゆる)司令塔の役割を果たしている。つまり、小比類巻にとっては実質的な上司に当たる存在なのだ。

 伝えられた言葉は命令や指令と言うのが本来であれば正しいところであろうが、それはあまりにゆるりふわりとした口調で告げられたのでとてもではないがそんな大それたものとは思わせなかった。よく言って、おねだりおつかいおねがい――なんならソレは蘇生を繰り返す不死身による一生の何とやら。どちらにせよ従う他、選択肢の用意は無かった。被疑者の確保、結局のところそれが仕事なのだ。



「えーっとなんだっけ……。モブ山モブ男、だったっけ? 能力は透明化」


 頭を手で押さえながらついさっき聞いた言葉を手繰り寄せ、必要なことだけ口に出す。しかし何も起きない。ただ視界の先には何も無い誰もいないコンビニの駐車場が広がっている。


「あっあれ? ここで間違いないんだよね? (たつみ)くん」

「ええ、集めた情報によると彼は今日この時間にここに現れるはず……というより多分いますよ」

「えぇ……?」


 コンビニの物陰で小比類巻とボリュームを抑えた声で話す(たつみ)(とおる)は、おろおろする彼を見ては慣れた調子で溜息を吐く。そんな姿さえも爽やかに映える彼は、モデルやタレントでこそないものの警察関係者でもなく出版社に勤める一記者である。


「被疑者の名前、言い間違えてるんです。モブ山じゃなくてモブ田です」

「ああ、そうだったっけ? いやいやうっかり、えへへ」

「えへへじゃないです、早くして下さい!」

「おっと、そうだった」


 軽く咳払いをすると改めて小比類巻は「モブ田モブ男、透明化」と言う。すると、空虚だった駐車場に突如人影が姿を現す。その影は悠々としているように見えてどこか警戒したようにのそりのそりとその場を去ろうとしている。


「はい、捕まえた」

「えぇ!? なんで俺の姿が見えるんだ?」


 軽く駆けていった小比類巻に肩を掴まれると、モブ男は余程意外だったのか咄嗟(とっさ)に振り返ってそのまま動けずにいた。


「うーん、なんて言えばいいかなぁ。君がそこにいておじさんの目が正常に機能してるから、かな? そろそろ老眼が来そうで怖いんだけどね」

「そうじゃなくて、俺の能力……」


 モブ男は目をぎゅっと(つむ)ってかっと見開く。だが何も起きる様子はない。


「君の能力が……どうかした?」

「効いてない!?」

「巽くん、俺の横に何が見える?」

「身長約百七十センチ程度で黒いパーカーにグレーのスウェット、年齢は恐らく二十代前半くらいでこのコンビニから盗んだとされる雑誌を大事そうに抱えた青年が一人」

「そんな馬鹿な!」


 目を見開いたまま狼狽えるモブ男に小比類巻は安定して優しい声色で話し続けた。


「能力を悪用しちゃいけないよ、とりあえず署まで同行して貰おうか。話はその後でね」




* * *


「自分の姿を透明化させる能力を利用して万引き……ですか、下らないことをするものですね」


 管理局本部。書類をまとめ終えると瀧谷(たきたに)弥一(やいち)はほっと一息つくように呟いた。


「まあその程度の事件しか起きてないってなら、勘解由小路は平和だって証拠だよね」


 小比類巻は軽く伸びをすると「楽できておじさん嬉しいよ」と冗談交じりに口に出す。


「事件が起きている以上、一概に平和だとは言いきれませんが。今回はBランクに相当する者の犯行ですのでそれ程危険でもないですしね。ひとまずは保護観察処分と(ひいらぎ)特別顧問が」

「そっか、ありがとね瀧谷くん」

「いえ、私は被疑者の身柄を引き継ぎをしただけですので。小比類巻先輩の手柄ですよ、流石(さすが)です」

「いやぁ俺も奪って捕まえただけなんだけどねぇ。でもそろそろ、ただのおまわりさんらしく大人しくさせてくれても良いんだけどなぁ」


 小比類巻は正確には管理局所属ではない。かつて所属していただけであり、現在は街の交番でほのぼのと普通の警察官をしている。


「とは言いましても、先輩の能力は管理局管轄(かんかつ)の事件解決には必須と言っても過言ではないと言いますか……」

「だから俺は奪って捕まえただけだって。俺一人じゃ何も出来てないよ」

「……また恋人さんの協力があったのですか?」

「んーまあそんなとこだね」

「そうですか。そろそろ私にも紹か……

「あ、瀧谷くん呼び出しかかってるよ! 早く行った方が良いんじゃない?」

「おや、本当ですね」

「それじゃ俺はおまわりさんらしくパトロール行ってくるから!」

「ああ! ちょっと先輩! もう見えなくなってしまいました……」




「後輩から逃げる為に奪った能力使わないで下さいよ」


 外で待っていた巽は、息を切らした姿ですっと目の前に現れた小比類巻を(あき)れたように見た。


「だって、早めに使っといた方がいいでしょ?」

「それもそうですか、まあいいですよ」

「良いものですか。能力の悪用・乱用は立派な犯罪です、捕まりたいんですか?」


 小比類巻のそれらしい言葉に言いくるめられる巽の元に、年季の入ったハードカバーの本を抱えた女性が近付いてくる。彼女は長い前髪で左目を隠し、一方の右目で不審がるように二人を見た。


「ああ雪乃(ゆきの)ちゃん、相変わらず手厳しいな」

「当然のことです。巽さんも甘やかさないで下さいよ。何の為に二人で行動する要請を(いのり)ちゃんが出したと思ってるんですか」


 天王寺屋(てんのうじや)雪乃(ゆきの)に釘を刺され怒られると巽は「ごめんごめん」と情けなく笑った。




『小比類巻おじさんの能力は略奪。自分より格上(・・)でない対象の名前と能力名を言えばその人から一時的に能力を奪うことが出来るAランクの能力です! 一度使用すれば能力は相手の元に戻りますが、逆に言えば一度は使えてしまうので悪用は厳禁ですよ!

 そして巽さん、あなたの能力は誘導。好意を向けられている相手であれば、顔を合わせただけで自分の思う通りにすることが出来るBランクの能力です! あなたであれば小比類巻おじさんの万一の悪用を防ぐことが出来ると雪乃お姉さんから聞きましたぁ!』



 小比類巻だけでなく巽の能力も使い方次第ではどんな悪用も出来ると判断した柊は、雪乃から聞いた二人の関係性も踏まえた上でお互いに監視し合いストッパー同士になり得ると考えた。さらに情報収集の面でも活躍を見せてくれるとして、民間人の巽が捜査に関わることを許可したのだった。




「場合によってはお二人が相手でも容赦しませんからね?」


 そう言って、雪乃は抱えたその本を更にぎゅっと抱きしめる。すると小比類巻も巽もどきりとして目を見合わせた。


「大丈夫だから。悪用も乱用しないから!」

「本当でしょうか」

「え、もしかしてまだ信用されてない?」

「さあどうでしょうね。少なくとも私利私欲の為に能力を使っているようでは……ねぇ」


 雪乃はまた(いぶか)しむように小比類巻を見る。彼は思わずたじろぐが今度は巽も同じような目をしているので逃げ場がなくなった。


「奪った能力は、誰かの役に立つように使うかそうでなければ周りへの影響が最低限で済む場所で使用するように……って柊ちゃんは言ってましたよね? まあ今回は俺が止められなかったってのもあるし、それ以上は言ってあげないでよ、ね?」

「はあ、仕方ないですね。ですが、くれぐれも実害が起きるような行動は(つつし)んで下さいよ。能力はいつ如何(いか)なる時も慎重に使うことがルールですから」

「分かってるって。おじさんはこれでもおまわりさんだからね」


 すると雪乃は「知ってましたけど忘れていたことにします」と言って悪戯(いたずら)っぽく微笑みを向けた。当の小比類巻は「どういうこと!?」と釈然としない様子であるがそれも含めて滑稽(こっけい)だと笑みを浮かべ続けた。


「ところで雪乃ちゃん、その本どうするの?」


 雪乃が持つ本は年季が入っているだけでなく、明らかにおいそれと持ち出してはいけない雰囲気を纏っている。そして、ページが千切れた訳でなく――さながらメモを()じ目から()がしたように人為的に丸ごと破られている箇所が閉じた状態であってもいくつも見受けられた。


「ああ、これはもう必要がないので処分しようかと」

(なる)(ほど)そういうことね」

「……何ですか? もしかして、私が何か良からぬことを(たくら)んでいるとでも?」

「いやいやまさか。雪乃ちゃんに限ってそんなことないでしょ」

「うーん、そうですね……もし制約がなければって話でしたら実は考えてないことはないんですが」


 そう言うと雪乃は手に持つ本を開きぺらぺらとページをめくりながら、ちょうど欲しいものがあったなどとわざとらしく言って手を止め並ぶ二人を見ては、それはそれは愉快そうに笑ってみせた。


「例えばとある条件を満たすまで出られないのとかどうでしょう。逆に言えば条件さえ満たせば自力で出られるんです」

「いや、えっと、え?」

「ちなみに条件って?」

「さぁ、それはやってみてからでないと」

「え、何、まさか実践するつもり? 能力の悪用は厳禁って言ったそばから!? 能力は慎重に使わなきゃだめなんじゃなかった!?」

勿論(もちろん)、祈ちゃんの許可は既に得ていますよ。カデノーランドのアトラクションみたいで面白そうだってにこにこしてました」

「抜かりないな……」

「柊ちゃんも雪乃ちゃんにだけ甘くない?」

「信頼の差ですよ。それに本来私の能力は誰かを喜ばせるようなそういう性質のものだと私は考えています。祈ちゃんもその辺りは理解してくれているのでしょう」


 雪乃は虚構と現実を繋ぐ能力を保有している。つまりこの世界のものを物語世界に、物語世界のものをこの世界に持ち込むことが出来る能力だ。その能力を普段は能力者専用の監獄を作り出すことに使用していた。一般的な施設では能力次第で簡単に脱獄されてしまう危険性がある。彼女は歴代がずっと続けてきた能力者専用の監獄の看守を務めているのだ。

 能力を(もっ)て能力を制す――彼女の創り出した物語世界では能力は完全に封印することさえ可能である。特殊な能力など存在しない此処とは別の世界に犯罪者を閉じ込め更生させようという考えだ。



 〝本の中の(おり)〟――人々はソレをそう呼んだ。



 この仕事を始めてからは罪の意識を持って(つぐな)わせる目的の話ばかり書いていたので、丁度雪乃も退屈していたところだったらしく、小比類巻と巽を(いざな)えば(さぞ)かし楽しかろう物語をいくつも書いたのだと彼女は御機嫌そうに二人に話す。


「さて、それではどれから試してみましょうか」

「どれってどれなんだろうか……」

「ふふふ……」

「「怖……っ」」


 雪乃の頭の中の図書館に並ぶどの本が開かれようとしてるのか想像することすら(かな)わない小比類巻と巽は、まだ何も起きることはないと分かっていながらも身も心もがっちりと構える。「お二人ともどれでもきっと楽しめますよ」と言って行動に反して雪乃は妙なあどけなさを(にじ)ませるが、子供を相手にするようにあやして済むようなことではない上、仕方ないなと容易に付き合ってしまえるものでもない。言わば、実験台見世物テストプレイ。完全におもちゃにされている気分だった。


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