#06 WORLD five-minute HYPOTHESIS.
即席麺のような世界、立花昂太はそう言った。例えばここに湯を注ぐより前の記憶は全部造り物で、本当にソレと同じような感覚で神様的な何かがお手軽に今の世界を創りあげたのではないかと。
「世界五分前仮説か。突然何を言い出すかと思ったら、お前も厨二病みたいなことを言うんだな」
その場に居合わせた(正確には遊びに来ていた)乾凱地は冷蔵庫の中身を物色しながら呟く。
「一つの可能性としての話だ、ここでなら特別有り得ないことでもねーだろ?」
「なんだ、またあのアトラクションの話か。相当気に入ったみたいだな」
「そういう意味でも、立花さんは中学二年生というよりどちらかと言えば小学二年生に近いような思想をしていそうですが」
瀧谷の的外れな返答に二人は呆れ返る中、当の本人は気にする様子もなく「あ、立花さん。私も同じものをお願いします」などと言い出す調子だ。
「俺の家は食堂じゃねーぞ。ったく呑気な奴め、お前ら仕事はどうした」
「生憎、今日の仕事はもう終わったんだよ」
ちなみに乾の今日の仕事は柊に頼まれ荷物を所定の場所まで運ぶというものだけであった。収入といえばその時に渡されたチョコレート一つ。強いて言えば、勝利への験担ぎの意味が含まれていた分弁護士である彼にとってはありがたいものだったかもしれないが、ほぼボランティアだ。
「乾が暇なことくらい承知の上だ」
「おい待て、今さらっと失礼なこと言ったぞ。お前も人のこと言える立場じゃないだろ」
「俺はいいんだよ、お前に心配される義理も筋合いもねぇしな」
いつまでも冷蔵庫の物色をやめない乾に「荒らすなよな」と立花が言うと、「ここまで整理整頓しないと気が済まないのか、とんだ潔癖だな結婚出来ないぞ」などと嫌味を返す。
確かにその中は作り置きの惣菜が日付ごとに整然と並べられていたり、これはいつ使う食材なのか全て記録されていたりと異常に整頓されていた。
「余計なお世話だ、お前は自分の心配だけしとけ」
「おっ、今日の分の食材でムニエルが作れそうだな。ちょうど食べたいと思ってたんだ」
「聞いちゃいねぇ。そうだ、瀧谷。お前は仕事があるんだろ」
「ええ、ですが立花さんにお話ししましたっけ?」
「いや何も聞いてねぇが、お前は俺たちと違ってちゃんとした勤め先のある人間で今は時間的にも丁度昼休みだろ。貴重な時間にこんなとこまで来る必要があったか? 無いだろ」
「まあ確かにそれもそうです。このカップ麺を頂いたら帰ります」
「ああそうしろ帰れ帰れ、そんでもう飯代浮かす為に俺を利用するな」
ブツブツ文句を言いながらも、フタの上で調味油を温めておいた方が良いなどと立花は微妙な優しさをちらつかせる。
「あ、そうだ立花さん。依頼があるのですが」
「なんだよ急に。近所のガキの面倒なら見ないからな」
「いえ、そうじゃありません。仕事先の先輩の恋人を調査して欲しくて」
「却下だ」
「そんな即答なさらなくても」
「あ、分かったぞ。立花お前、調べあげて報告したら弥一がその先輩から略奪して彼女持ちになりかねないからそれを阻止しようって魂胆だろ?」
「うるせぇ黙ってろ、俺がそんな器の小さい男に見えるのか? 単にその調査には意味が無いと感じただけだ。だがもし本気で略奪愛なんてのを企ててるってなら俺はお前を許さんがな」
「お前なんか無駄な正義感だけ強いよな」
「無駄は余計だ。そんな女性を悲しませるようなこと、到底許せるわけないだろ」
「私がそんなことをするように見えますか?」
「さあそんなの分かるもんか、人は見かけによらねぇからな」
「それ、お前が言うかよ」
ピピピ、とタイマーの音が鳴り響く。瀧谷と立花がフタを剥がして薬味などを入れて麺を啜り始めたところで乾は漸く小麦粉をまぶした鮭の切り身をバターをひいたフライパンに並べ始めた。
「お前、普段も昼からそんな手間のかかる料理作ってんのか?」
「毎日じゃなくても時間があればな。フレンチやイタリアンは女性受けが良いからレパートリーは増やせるだけ増やそうと思ってアレンジやスキルアップの為の練習を重ねてるのさ」
「お前が何を言ってるのか今一つ理解出来んが、とりあえず洋食のことなんだな? 参考程度に頭に入れておくが、やっぱり男は黙って和食だろ」
「別にどちらでも良いと思いますが」
「「お前は黙ってろ!」」
「成程、間を取って中華にすれば平和的に解決しそうですね」
「それは和洋折衷の〝チュウ〟を〝中〟だと思ってる奴の暴論だ」
和と洋をへし折って中にする。頭が良いのか悪いのか分からないその思想は、覚えたての言葉をすぐに使いたがる子供のソレに似ていた。
「まあ、意味的には衷も中もさして意味は変わらないし熟語としては違えど間違いじゃないんだけどな」
「乾さん、ちょっと頭良いアピールですか? あまり格好はついていませんよ」
「残念だったな、乾」
「うるさい! おい立花笑うな!」
「ここが合コンの場じゃなくて良かったじゃねーか」
「それはそうだが、お前が馬鹿にしたように笑ってくるのが腹立つ」
「馬鹿になんてしてねーよ。些細などうでもいい知識をひけらかしてドヤ顔してるお前が滑稽なだけだ」
「それを馬鹿にしてるって言うんだよ」
「そういえば立花さん、普段は極端に英語を嫌われているのに合コンは大丈夫なんですね」
またしても瀧谷のズレた言葉に乾と立花は目を見合わせ言葉を失う。やはり当人は分かっていないようで、首を傾げたまま真顔でラーメンを食べ続けている。
「合コンは実質日本語だろ」
「そうか……?」
「コンパはカタカナですし英語じゃないんですか?」
「漢字無いしな」
「それは表記の問題だろ、漢字も俺たちが知らないだけであるかもしれない。〝婚覇〟とか」
今思いついたように立花は、右手で箸を持っているからと左手で手元にあった紙切れにそう記す。「両利きだったんですね」「無駄に器用だな」「だから無駄は余計だ」と、余談を挟みつつ三人は記された言葉について一考した。
「婚姻を制覇する……パワーワードだな」
「結婚の覇者かもしれない」
「では、合コンは〝合同で婚姻を制覇する〟或いは〝合同する結婚の覇者〟ということですか? 意味が分かりませんね」
「なんでだ、参加者全員がそれぞれに結ばれたら最良だろ」
「意中の相手だったらな」
「お前に選り好みする権利があると思うな」
「何の話をしているのですか」
「「言い始めたのはお前だろ」」
「そうでしたっけ?」と白を切ると瀧谷は、丁寧にスープまで飲み干したカップを公共施設さながらに分別表示がされたゴミ箱に捨て、「そろそろ時間ですので」と、職場へと戻って行った。
「はーでも結婚の覇者とかなってみたいよな」
「まだ言ってんのか。何となく複数回結婚してそうな語感だからか、自分で言っておきながらそこまで良い言葉とも思わんがな」
焼けた鮭の皮の香ばしさと搾られたレモンの爽やかさが混じり合い食欲を唆る香りが部屋に広がる。雑談をしながらも乾は器用にムニエルを仕上げていて、食器を漁りながらフォークやナイフが無いことに文句を垂れたが、立花は「焼き魚だろ、箸で食え」と言っては割り箸を手渡してきたので家主には逆らえまいと渋々承諾して席についた。
「それもそうか、自称婚活マスターと同じようなものだしな」
「結婚相談所とか開業しちまう奴な、胡散臭いことこの上ない」
「大方、結婚詐欺師紹介所だからなそういうのは」
「見つけ次第締めて痛い目遭わすしかねーな」
「ああ、とりあえず一発ぶん殴ってやらないと」
瀧谷という良くも悪くもストッパーがいなくなった今、乾と立花の不毛な自滅を止められる者はいなかった。
「あ、そういや立花。この前妙なこと言ってたけど、あれなんだったんだ?」
「妙なこと? 俺なんか言ったか?」
「自分で言ったことくらい覚えとけよ」
「いちいち誰に何を言ったかなんて覚えてられるか。それに俺は未来しか見てないからな、過去は振り返らん質なんだよ」
「お前のポリシーなんかどうでもいいけどよ。『もうすぐここを去るかもしれん』とか言ってただろ」
十日程前、乾の元に一件の着信があった。その主は立花で、妙に真剣な声色でそれだけ伝えた留守番電話が残されていた。意味が分からず乾は折り返し連絡することはなかったが、ついぞ立花の身に何かが起こったという話を聞くこともなく今に至っていたのだ。
「ああ、それか。それならなんでもない、ただの杞憂だった」
「なんだお前、警察か管理局にでも目を付けられるようなことしたのか? 確かにお前の情報を仕入れる速さは真っ当な手段だけでは説明がつきそうにないけどよ」
「まあそんなとこだ……って肯定するとまるで俺が犯罪者みたいに聞こえるな。断じて違うからな」
「じゃあ否定しろよ」
「あながち間違ってないから否定するのも違ぇだろ、お前のそういう時々勘が鋭いとこ嫌いなんだよな。そうだな……今となっては隠す必要もねぇだろうから言うが、この勘解由小路で何かが起こるって情報が入ったんだよ」
「何かってなんだよ、そんなアバウトな話があるか。隠す必要ないならちゃんと言えよ」
「何かは何かだ、俺にも分からん。ただ、それはもう既に起こっているらしいがな」
「なんだ……それ……なぞなぞか?」
話の核が見えない乾は頭を捻るが、一向に何も思いつかない。一方で、何やら得意気な表情の立花が気に障って仕方がなかった。
「そこで俺が考えたのが、世界五分前仮説さ」
「はあ」
「正確に五分前とは言わねぇが、その何かこそこの世界が始まったということだとすれば、俺はそれを予知した或いは予知すべきだと創造主から判断された存在だということになる。どうだ最高に格好良いだろ」
「そうだな、俺が中学生なら間違いなく感銘を受けてただろうな」
「そうだろそうだろ。今のお前も実質中学生みたいなもんだから、さぞ俺の推測の華麗さに感服させられてるだろうよ」
「いや待て、なんで俺が実質中学生なんだよ。どこが?」
「主に身長と頭脳と、あとは腕力ある奴が上に立てると思ってるところだな。それと……その眼鏡もだ、如何にも中坊って雰囲気を醸してる」
「ほぼほぼ全部じゃ、それ」
乾は「しかも眼鏡に関してはオプションであって俺の要素ではない」と反論するが、「お前顔に特徴無さすぎて、眼鏡が無いと誰か分からない。いやあっても怪しい」と立花は返す。
「平凡な顔で悪かったな」
「何も貶してはねーよ。下手に悪さしても特徴掴まれにくくて逃げ易そうで良い顔じゃねーか」
「なんで犯罪者目線なんだよ。っあ、やっぱお前……」
「違うからな? 仮にそうだとしたら弁護士と刑事を家にはあげねーだろ、それくらい考えろよ」
「それもそうか」
「そうだそうだ。お前もそれ食ったらとっとと帰れよ。この後俺の仮説が正しいのかを確かめに行く、俺は忙しいんだお前と違ってな」
「それ仕事でもなんでもないだろ、威張るなよ」
「いや、これはいずれ仕事に繋がる行動だ。お前と違って他人の家の冷蔵庫を物色した挙句タダ飯を食うような客人でない、依頼人としての客人がそのうち現れるようなな」
「なるほどな、じゃあ俺からも一つ依頼しよう。夕月さんと食事に行く時は俺も誘え」
「却下だ」
* * *
「どこへ行くのかと思ったら、またここかよ」
乾が立花の後について行くと、辿り着いたのはつい先日訪れたカデノーランドだった。
「なんでついて来んだ」
「生憎、俺は暇なんでな」
「暇人なら暇人らしく家にいろよ」
「あれ、一人で遊園地になんて行けるかって言ってたのはどこのどいつだったかな」
「そ、それは過去の話だ。今は別に一人で問題ない」
とは言いながらもチケットカウンターであたふたして「回数券はどれですか?」などと訊ねる立花を一人置いて帰れるはずもなく、乾は苦い顔をしたスタッフに「多分年間パスのことかと」と補足してやった。
「余計なことを」
「いや多分お前、あのままだとスタッフのお姉さん困らせたままだったぞ」
「俺がそんな格好悪いことするか」
「どうだろうか。お前、入場の仕方が分からなかったんだな」
「うるせぇ、子供の頃とか貧乏でこんなとこ来たことなかったんだよ」
「そういうことか、なるほどな」
チケットをかざすと開くゲートにまた声を上げて驚いた顔をしてみせたりくぐった先の景色を見上げて少年のように目を輝かせたり、年間パスを買ったということは何度も足を運ぶつもりなのだろうと、そんな立花の姿を見て乾はなんだか微笑ましい気分になっていた。
「で、お前の仮説はどうやって検証するつもりなんだよ」
「決まってんだろ、もう一回あれをやりに行く」
「あれってあれか、オールインワンダーランド」
「それだそれだ」
「でもあれって確か完全予約制とかじゃなかったか?」
「一般的にはそうなってるな。だがなんせ俺は人気実況者だからな、宣伝部長として特別にいつでも入れるように管理局から許可を得てんだ」
「へぇ。お前、なんか学生の間の知名度だけは高いからな……ってことは、依頼主は柊ちゃんか?」
「ああそういやお前も知り合いだったか、あの天才中学生」
『うわぁ、あなたがコータくんさんですかぁ! いつもお友達とゲーム実況動画見てますよっ』
初めて柊と会ったときのまるで芸能人にでも会ったかのようにはしゃぐその様子は、至って普通の中学生のものだと立花は感じていた。
だがその後いつも近所の子ども達に言われるような調子で告げられたソレは、紛うことなき依頼であり寧ろそれ以上の大役であった。
『宣伝といつも面白い動画を作ってくれているお礼にい――――っぱい遊んでほしいのです!』
『それと――あなたの能力は場合によっては厄介そうなので……お願いしますねっ』
「あの子、確かに頭は良いけど人遣い荒いんだよな……」
「お前もあの中学生からなんか依頼受けてんのか?」
「依頼、ねぇ……。俺のはただの雑用ボランティアみたいなもんだよ、局も通してないし報酬もないし」
今まで柊に頼まれてきたことを思い出すと乾は、自分は何をやっているんだと情けなくなってきて、溜め息と乾いた笑いが零れた。パーク内を流れる陽気な音楽が、嘲笑うように情けなさを助長してくる。
「『おじさんは有能な荷物持ちですよ』って、『おじさんの能力はおじさんにはきっとこの使い方が一番ですよ』って……」
「お前おじさん呼ばわりされてんのかよ、まあそこそこいい歳したおっさんだしな」
立花が馬鹿にしたように笑うと、乾もまさに一つ覚えのように噛み付くがすぐに無駄だと手放した。
「……まあいい。実際、柊ちゃんくらいの娘がいても別段不思議ではないし、おじさんと呼ばれることくらい受け入れるさ」
「あ、あれ瀧谷じゃねーか?」
懐の大きい大人の余裕をひけらかす乾には見向きもせず、立花は目的のアトラクションの前に見慣れた人影を見つけた。
「おや立花さん、それに乾さんも。どうかされたんですか?」
「それはこっちの台詞だ。お前、仕事じゃなかったのか?」
「私は仕事中ですが」
「俺はそんな格好で仕事をする刑事なんか知らねーぞ?」
平然と立つ瀧谷は、先程まで着ていたスーツとは違いラフな服装に加えてコウジくんを模した帽子を被っている。
「これには深い訳がありまして」
「それって大体悪党が言い訳する前置きの言葉だぞ」
「決してそういうわけでは」
「やいちお兄さーん、そっちはどうでしたかぁ?」
少女らしい可愛らしい声がした方を見ると、瀧谷たち三人の元へ柊が走ってきた。こちらはいつも通りのセーラー服姿だが、コウジくんモチーフのポシェットを首から下げていて所謂〝制服カデノー〟スタイルだ。
「あれ、おじさんとコータくんさんじゃないですかぁ! お知り合いだったんですね!」
「ええまあ。柊特別顧問も面識が?」
「はい! あ、あとその呼び方やめて下さいー、柊でいいのです!」
「これは失礼しました、柊さん」
「……立花はまだ分かる、なんだかんだ俺より五つも下だもんな……。だが、なんで弥一はお兄さんで俺はおじさんなんだ……二つしか変わんねぇのに……」
逸らした顔を険しくして何かボソボソと独り言を喋る乾を、柊と瀧谷は不思議そうに眺める。立花は横目で憐れむような眼差しを向けつつ乾の肩に手を置いた。
「それはそうと柊さん、こちらではそれらしい人は発見出来ませんでした」
「そうですかぁ、うーん……平日とはいえ人は沢山いますからねぇ」
「誰か探してるのか?」
「ええ、か……
「やいちお兄さん、ストップなのです! いくらおじさんとコータくんさん相手だからって簡単に話してはいけないのです!」
「確かにそれもそうですね、捜査に民間人を巻き込むのはちょっと」
「なんだよ水くさいな、人探しなら探偵の出番だろ」
「でも……あ、コータくんさん。――どこまで把握なさってるんですか?」
柊の眼差しが普通の中学生から特別顧問のものに切り替わる。纏う雰囲気ががらりと変わりテーマパークに似つかないオーラに立花は息を呑んだ。
「……何があって誰が行方不明で、ソイツを探す依頼が俺の元に来るってとこまでは読めてる。これでいいか、小さな特別顧問さん」
「おい立花どういうことだ?」
「柊さん、立花さんは一体……」
「未来視――コータくんさんの能力です」
乾と瀧谷は「えっ」と驚嘆し立花の方を見る。立花はいつもの調子で「ああ、どうだ格好良いだろ」と誇らしげな顔をした。
「カッコイイってか強力過ぎるだろ、チートだチート。俺の能力とは比べ物にならねぇ」
「乾さんの能力は何なのですか?」
「身体の一部を強化する能力ですね。使い方次第ですごく万能になるんですけど、使用者がおじさんなのでせいぜい筋力強化くらいにしか使えないんですよ」
「だめだめな無能さんですからねぇ」と柊は親ほど歳の離れた乾を不憫がる。
「俺がどうこう抜きにしてもチートだろ」
「確かに自分に関することだけという制約はあるとしてもかなり強力な能力ではありますよね、Sランクですし!」
「お前、そんな高ランクの能力者のくせになんで管理局に入らないで安定しない探偵なんかやってんだよ」
「別に俺が何をやったっていいだろ。それに管理局って昔は警察の部署の一つだっただろ、俺は警官にも刑事にもなるつもりはなかったからな」
「それなのに私たちに協力して下さるのですね」
「俺は何者にも縛られずに俺のやりたいようにしていたいってだけだ」
「えっと結局、協力して下さるんですか? どっちなんです?」
「協力するよ。ただし、俺が奴を見つける未来は見えてないからな」
「それってつまり、お前が協力してもあんま意味ないってことでは?」
「うるせぇ、ささっと探しに行くぞ。乾、お前も手伝え」
そう言って立花は乾の肩を掴み強引に引き寄せる。とはいえ、どこの誰を探せばいいのか全く分かっていない乾は間抜けな顔をして「俺にどうしろと」と吐き出した。
「探す相手は冠崎十七夜、お前の知り合いだろ」
「十七夜? あの子またどっか行ったのか」
「また?」
「ああ。昔、うちにいた時よく青い顔して勝手にふらふら出て行ってたんだよ。最近は前より少しは元気になったみたいだけどな」
少なくとも乾の知り得るかつての十七夜であればこんなところにはまず来ないだろうし、ちゃんとした友達が出来た証拠だと、こんな状況ではあっても内心ほっとしていた。
「だが、この中だけ探すってことはただの迷子か? それで管理局まで動き出すってどういうことだ?」
「馬鹿か、ただの迷子じゃねーから管理局が動いてんだろ」
「何か能力事件に巻き込まれたってことか?」
「そういうことだよ。本の世界に行ったのを最後に姿を消したらしい、確実に入った本の中からは出て来てるみたいなんだがな」
「それ、普通に探して見つかるのか?」
「さあな。ひとまず園内を一通り探そうってことにはなってるが、見つからなかったら区内、町内、それも駄目なら勘解由小路市内……って段々規模が大きくなってキリがなくなってくるだろうよ」
「お前の見た未来でそうなってんのか?」
「見えた限りではそこまで大事にはならないみたいだが、単に俺の元に情報が入ってないだけとも考えられるからな」
「とりあえず、今のところはこの中虱潰しに探せば見つかると思ってていいんだな、良かった」
いつもは見せないような焦った様子と執拗いくらいの質問攻め、その後一安心して胸を撫で下ろし一息ついた表情。乾の中に於いて冠崎十七夜という人間はある程度以上の重要人物であることが伺えた。
「そんな必死になるほど大事な奴なんだな」
「昔拾ったってだけだよ」
「そうか、別に深くは訊かねぇけどよ。お前にも善人の心というか良心ってあるんだな、初めて知ったわ」
「俺を何だと思ってるんだ」
「結婚詐欺師、でなけりゃ誘拐犯ってとこか」
「俺は弁護士だ! それに、十七夜のことも誘拐した訳じゃないからな?」
「はいはい分かってる分かってる。仮に男誘拐してたら引くわ、女でも引……
立花はふと乾の脇に視線を落とすと急に言葉を途切れさせ立ち止まった。
「ん、どうした?」
「乾、お前……その女子はなんだ?」
「は?」
「惚けるのか、お前の横にいる女子は誰だって訊いてんだよ」
「何言ってんだ? 女子なんてどこに……って」
立花が指差す先に乾は視線を遣ってみる。目が合った瞬間、伏せられた瞼から長い睫毛が覗く。一本一本がさらさらと靡く艶やかな髪とリボンを結んだフェミニンなブラウスとスカート、清楚な出で立ちの少女が乾のスーツの裾をぎゅっと握りしめて陰に隠れようとしている。
「だ、誰……?」
「…………っ」