第1章「アルタナ帝国革命篇」第2話・『地下道の待ち人』
Berceuse de la Paix
登場人物表
ヴォル・V・ヴィーナス(推定年齢720)…魔法使いの亡き師の遺言により700年余りの時をアルタナ帝国の地下道で過ごす。元々は普通の人間であったが、亡き師メイビスに託された『賢者の石・ティンクトゥラ』の使用により長命となる。同じくメイビスに託された『ルーンヘクサ』の影響で多少の魔法が使える。元『鼐道藝』メンバー。
ロー・シュタイン(10)…アルタナ帝国スラム街スポルコに住む少女。知識欲が旺盛で、地下道に居座っているヴォルの元に通って、様々な話を聞かせてもらっている。元々は世界政府である『憂世樹』の直属の軍『樹の子ら』出生だったが、落ちこぼれとして齢4つの時に国際人身売買『ザ・オークション』に出品される。そこで、『世界解放軍』の解放の恩恵を受け、アルタナ帝国のスポルコ付近に流れ着く。
【第2話】
○アルタナ帝国・スラム街「スポルコ」・住宅地・朝・外
オリヴィア「……」
オリヴィア、オスカーに何かを伝えようとする素振りをするが何も言わない。
オスカー「もしかして君は……、声が出せないのかい?」
オリヴィア、静かに頷く。
リュカス「いたぞ! あそこだ!」
帝国軍、角から現れる。
オスカー「あっ、やべ。……ごめん!」
オスカー、オリヴィアの手を引き、走り出す。
オスカーを追う帝国軍。
オリヴィア、躓き、転けてしまう。
オスカー、オリヴィアを背負い、足を進める。
オリヴィア、持っていた肩掛けバッグの中からペンを落とす。
曲がり角を曲がったところで、オスカーたちは穴に落ちてしまう。
リュカスたちも曲がり角を曲がる。
辺りは誰もいない。
リュカス「あれ……。いないぞ。どこ行ったんだ」
兵士たちは周りを見渡す。
○同・地下道・朝・内
オスカー「いってぇ」
オスカー、周りを見渡す。辺りは暗い。
オスカー「あれ……」
オリヴィアが見当たらない。
オスカー「おーい」
声が響く。
オスカー「そういえばあの子の名前、分かんないな」
オスカー、周りを探る。
風が吹く。
奥の方にかすかに明かりが灯っている。
奥に進むと、ヴォル・V・ヴィーナス(約720)が座っている。
ヴォル「ロー、じゃあないな。そこにいるのは誰だ」
ヴォル、厳かに口を開く。
オスカー「あ、えっと。俺は怪しいもんじゃ」
ヴォル 「臭うな」
オスカー「……え?」
ヴォル 「お前さん、酷い血の臭いで纏われてる。一体何人殺せばそんな風になるのか……」
オスカー「……くっ」
オスカー、銃を握りしめる。
ヴォル「まぁそう焦らず、こっちに来い、若造よ。そこのお嬢さんと共に」
オスカー「えっ…」
オスカー、ヴォルの指差す向く方を見ると、オリヴィアが壁を見ながら佇んでいる。
オスカー、少女の元まで歩く。
オリヴィア、オスカーに気付き、振り向く。
オスカー「いたんだ。良かった。……怪我とか大丈夫かい?」
オリヴィア、頷く。
オスカー「……行こう」
オスカー、オリヴィアの手を引き、共にヴォルの元まで歩く。
二人、立ち止まる。
オリヴィアの髪が靡く。
ヴォル「希望の少女よ」
ヴォルの頬を涙が伝う。
ヴォルの口角が上がる。
ヴォル「私は君を、随分と長いこと待っていた」
オスカー「あなたは……、何者なんですか? そして……」
オスカー、周りを見渡す。
オスカー「ここはどこなんですか?」
ヴォル「若造よ。人にものを尋ねるときはまず自分から名乗るのが常識、だろ?」
ヴォル、オスカーを睨む。
オスカー、少し動揺する。
オスカー「そう、ですね。……僕の名はオスカー。オスカー・シックザールです」
ヴォルの目が一瞬大きく開く。
ヴォル「そうか……。道理で」
沈黙が生まれる。
ヴォル「さて、私の番だな。……私の名は、ヴォル・フォン・ヴィーナス。今は亡き師の遺言により、この地で700年余り、その少女を待っていた」
ヴォル、口角を上げ、持っていた筆を少女に向ける。
オスカー「へ……? 700年?」
ヴォル「その子は特別なんだ」
オスカー「700年は無視ですか……。と言うか、この子は一体」
ヴォル「若造よ…。お前も既に気付いているだろ。その子は、絶滅したと思われていた、“アモル”の生き残りの少女だ。……そうだろ? お嬢さん」
ヴォル、得意げに口角を上げる。
オスカー「やっぱり……。まだ、アモルはいたんだ」
オリヴィア、ヴォルを見つめる。ペンを取ろうと肩掛けバックの中をまさぐる。
オスカー「……そうだ。この子、声が出せないみたいなんだ」
オスカー、眉間にしわを寄せ、俯く。
ヴォル「……それは本当か?」
オリヴィア、ペンを探すがバックの中には無い。
周りをキョロキョロと見渡すオリヴィア、ヴォルの持っている筆に気付く。
オリヴィア、ヴォルの持っていた筆を奪い取る。
オリヴィア、持っていたノートにすらすらと文字を書き始める。
オリヴィア、オスカーとヴォルにノートを突き付ける。
ノート【助けてほしい】
オリヴィア、ページを捲って、文字を書く。
ノート【私の名前は、オリヴィア・アモル=フィロテンス】
オリヴィア、次々とページを捲って文字を書くことを繰り返す。
ノート【あなたたちの言う通り、アモルの生き残り】
オリヴィア、ページを捲る。
ノート【私は声を奪われて声が出せない】
オリヴィア、ページを捲る。
ノート【実の弟に奪われた。その弟は今、アルタナ帝国の帝宮にいるかもしれない】
オリヴィア、ページを捲る。
ノート【失った声を取り戻して、争いが絶えないこの世界を、救いたい】
オリヴィア、ページを捲る
ノート【平和にしたい】
オリヴィア、ページを捲る。
ノート【私ならそれができる】
オリヴィア、ページを捲る。
ノート【だからあなたたちに、私の声を取り戻すこと、世界を平和にすることを手伝ってほしい】
オリヴィア、唇を噛み、堪えきれず涙を流し、俯く。
沈黙が生まれる。
オリヴィアの鼻をすする音だけが響き渡る。
奥から他の鼻をすする音が鳴り響く。
ヴォル「ローよ、どうしたんだ。お前が泣くなんて」
奥から赤髪の童女ロー・シュタイン(10)が泣きながらやってくる。
ロー「……殺された」
ロー、噎び泣き、嗚咽する。
ロー「みんな殺されちまったんだ……。マーロットの兵士が……、みんなのことを」
ロー、唖然しているオスカーと目が合う。
オスカー「君は……、あの時の……」
○同・スポルコ住宅地・朝・外(オスカー回想)
オスカー、死体の山の上に聳える。
物音がする。
オスカー、物音がする方を見ると、赤髪の童女と目が合う。
○同・地下道・内(回想終了)
ロー、オスカーに殴りかかる。
ロー「なんでお前がここに……! よくも、よくもみんなを殺しやがって!」
ローの殴打で悶えるオスカー。
ロー、オスカーに馬乗りし、殴り続ける。
ロー「無抵抗な人まで殺しやがって……! 絶対に、絶対に許さないぞ‼」
ヴォル「ローよ。……そこまでにしとけ」
ヴォル、ローとオスカーの間に手を添える。
ローの息は荒い。
ロー「頼む……爺さん……、こいつを殺させてくれ」
ロー、オスカーの腰に掛かっていた銃を奪い、引き金を引く。
ロー「これでお前を殺してやる。みんなを殺したみたいに」
オスカー「……めん」
ロー「……は?」
オスカー「ご……、めん」
ロー「何言ってんだお前……? 今更謝っても遅いんだよ‼︎」
ヴォル、ローを叩く。
ロー、ふっ飛ばされる。
ヴォル「ローよ。この若造は無抵抗だ。無抵抗の者を殺すということは、その若造と同じということだぞ」
ロー、叩かれた箇所を抑えている。
ロー「それでも構わない! こいつを殺さないとみんなが」
ヴォル「ダメだ。話し合いが出来る相手なら、まず話し合え。それが出来なくて初めて力を使うんだ」
ロー、俯く。
ヴォル、オスカーの方を向く。
ヴォル「若造よ。このローという童女は嘘をついたことがない真っ当な、良い子なんだ。そんな子がこんなとこで嘘をついているとは思えん。しかし、敢えて聞こう」
ヴォル、立ち上がり、オスカーの目の前で腰を下ろす。
ヴォル「スポルコの人々を殺したことは本当か?」
ヴォル、真っ直ぐオスカーの瞳を見る。
オスカー、固唾を飲む。
オスカー「……っ」
オスカー、顔を伏せ、小さく頷く。
ヴォル「何故だい?」
オスカー「話し合いが通じなかった。自分が殺されないために……罪のない人まで殺してしまった……。怖くなって……。……ごめんなさい。ごめんなさい……」
オスカー、頭を地につける。縮こまるように震える。
ロー「ふぅーっ、うぅーっ」
ローの息はまだ荒い。
ヴォル、ローの元に行く。
ヴォル「この若造が犯した罪は重い」
ヴォル、ローの頭を撫でる。
ヴォル「しかし、話し合いに応じなかったスポルコの人々も悪い。憎悪だけで動き、力のぶつかり合いになったら、強い者が勝つ。今回はその若造の方が強く、弱い者達が殺されただけだ。しかし、時代のせいでもある。アルタナとマーロットが戦争をしていなければ、若造はスポルコの民に襲われることはなかっただろう」
ロー、拳を下ろす。
ヴォル「こういうことを二度と起こさないために」
ヴォル、オリヴィアを見る。
ヴォル「この少女がいる」
ロー「この人は……」
ヴォル「アモルの生き残りだ」
ロー「ア、アモル…。本当にいたんだ」
ロー、オリヴィアに対し跪く。
ロー「爺さん……。戦争のない平和な世界が来るんだね」
ローの頬を涙が伝う。
ヴォル「あぁ。この少女と若造が、世界を救うぞ」
オスカー「……。えっ⁉︎」
動揺を隠せず、頭を掻くオスカー。
ヴォル、再びオスカーの元に行く。
オスカー「なんで……僕と、……この子が⁈ 僕は前みたいな日常を取り戻したいだけで、戦争を無くそうだなんてこれっぽっちも……」
オスカーの肩にポンと手を乗せるヴォル。首を横に振り口角をあげる。そのまま、オリヴィアの前に立つ。
ヴォル「この地下道は帝宮につながっている。君の弟がいるかもしれない帝宮に」
ヴォル、オリヴィアに対し跼む。オリヴィアの目を見つめる。
オリヴィア、涙ぐみそうになり、唇を噛み締める。
ヴォル「お嬢ちゃん。いや、オリヴィアよ。君の頼み、引き受けよう。そのために私はこの地で長いこと君を待っていたのだから」
オリヴィアの目から涙が溢れる。
ヴォル、オスカーの顔を見る。
ヴォル「若造よ」
ヴォル、オスカーに対し、口角をあげ話す。
ヴォル「男なら誰でも一度は、世界を救うことを夢見るだろ。今がその夢を叶える時だ」
オスカー「僕は……、そんな」
ヴォル「若僧よ。誰かが世界を平和にしてくれるのをただただ待つだけか? そんな受け身じゃ、誰も世界を救ってはくれんぞ。自分で平和を掴むんだ。平和な日常が欲しければ、自分で世界を救うしかないんだ」
オスカーは何も言い返せず、佇む。
ヴォル「ローよ。私は暫しこの二人と旅に出る。だからお前は」
ロー「私も付いてく」
ヴォルは少しため息を吐く。
ヴォル「危険な旅になるぞ」
ロー「みんな死んだんだ。父さんも母さんも友達も……。みんなが殺された。だからこの地に未練は無いし、この命にも未練は無い。そして、こいつに復習もしたいし」
ロー、オスカーを睨む。
ロー「許したわけじゃないからな」
オスカー「……うん」
ロー、一瞬口角が上がる。
ロー「何よりもこの世界の広さを自分の目で見てみたい」
ローの澄んだ瞳は遠くを見つめる。
ヴォル「……そうだな」
ヴォルは膝を手で叩き立ち上がる。
ヴォル「それじゃあ」
ヴォル、オリヴィアを見る。
オリヴィア、ノートのページを捲る。
ノート【世界を救いに行こう】
──次回に続く。