第七話 罪業
まず部屋に侵入してそれに合う真っ白な壁紙と扉を用意した。こんなボロ部屋ではアパートだとすぐにばれてしまうからだ。出られない、という事実を残すためになるべく殺風景にする必要があった。お金の問題はなかったため、準備は無駄なく行えた。
これらを買うために通販を利用してみた。使うのは初めてだったがアパートの部屋を届け先にすることで全て作業はそこでできた。計画を立てるために他にも色々調べた。
そこで仲良くなる、部屋、と検索してみたところ「××しないと出られない部屋」にたどり着いた。初めは何を言っているのか全く分からなかったが、読み進めていくうちにこれは使えると思った。
××をする必要はない。だが、出るためのお題を課すことで彼女とのコミュニケーションが増えるのではないかと考えた。この発想は天才だった。
残りの準備は迅速だった。趣旨を理解してもらうためにディスプレイ、カメラ、ボイスチェンジャーを買っていかにも二人を閉じ込めたという黒幕を演じた。勿論罪が残らないようにお金をちらつかせ、それも脱出した後で本当に渡そうと思っていた。
演出のため大きなベッドも購入した。実際の××用ではなかったが、これで意識はしてくれると踏んで隅に配置した。××用の道具も用意した。調べた結果振動するおもちゃや薄い膜の輪っか、水や手錠やスタンガンまで置いておいたが使用用途はよく分からなかった。
購入品を持ち帰るわけにもいかないため段ボールごと部屋に置いて置き、さあいざやってやろうとアパートの前で待ち伏せした。どきどきした。今から計画を実行する緊張もあったが、沙紀さんと話す楽しみもあった。
彼女が歩いてくる。どうしよう。頭が真っ白になりかける言葉も忘れてしまった。話したいことがあります、一緒に来てくれませんか、友達になりましょう、そんな言葉をかけるつもりだった。
そばにスタンガンが置いてあることに気付いた。ここで私の中の悪魔が、彼女を攫えとささやいた。そんなことをするために用意したわけじゃない。
そう否定する暇もなく、気付いた時には彼女にスタンガンを指していた。彼女が倒れる。してはいけないことをしてしまったと思った。
とりあえずこの状況を見られる訳にはいかないので彼女を部屋へ引きずり込んだ。女の子といえど人を運ぶのには苦労した。私が攫ったとばれてはいけない。その考えしかなかった。
彼女と私に手錠をかけ、二人とも誘拐されたと思わせることにした。拘束する必要はないので、後でこっそり手錠を外せばよいと思った。
私から沙紀さんに声をかけてもいけない。私が疑われる可能性が上がってしまうからだ。そこで、紙を取り出し自分の名前を書いてピンでとめた。彼女が私を呼ぶことで、私が目覚めるという展開を演出することにした。我ながらバレバレのアリバイ作りだったが、上手くいったようだった。
それからの彼女との会話は楽しかった。彼女は私が心配にならないようにたくさん話しかけてくれたし、彼女を攫ってしまった罪悪感からか泣きそうになったときも慰めてくれた。格好良かった。これが、私が今まで憧れていた人なんだと思うと、心が躍るようだった。この時間が永遠に続けばいいと思った。
しかし、いくつか大きなミスがあった。ドアを取り外せる工具を見つけられたことだ。確かにずっと閉じ込めるつもりはなかったし最終的に私がドアを外す予定もあったが、彼女は賢く行動するのが速かった。私はもっと彼女との時間を過ごしたかったが、これは仕方ないとあきらめた。
結果的に倒れてきた彼女を近づくことができた。恥ずかしさと嬉しさがこみあげてきて、やっぱりこの部屋を作ってよかったと思った。
ドライバーを取りに行き、そして後で謝ろうと思った。いくら彼女が善い人だったとしても、私がしたことは犯罪。許されることがなくても、真実は告げなければと思わせるほど、彼女は聖人に見えた。彼女の虜だった。
ここで最大の失敗が起きた。このアパートがこれ程古いとは思っていなかった。まさか天井が崩れてくるとは。太ももを柱でひっかいてしまい、少量の血が飛び散った。
激しく痛いということではなかったが、問題は私が脱出できなくなってしまったことだ。しかも、また天井が降ってくる可能性もある。絶望だった。先ほどまでの幸せな空間が嘘だったみたいに、私に現実を突きつけてきた。
彼女と言い争った。沙紀さんだけでも逃げてほしかった。彼女を傷つけるわけにはいけない。私が全て悪いんだし、私だけが残されても仕方ない。でも、彼女は引こうとしなかった。
今まで協力してきた私を助けたいという気持ちが伝わってきた。でも、私が彼女を事件に巻き込んだんだ。彼女の優しさを感じる。でもそれじゃ彼女だって危険にさらされる可能性がある。私は、彼女に部屋の真実を語ることにした。
彼女は絶句した。まさか、信じられないといった様子だった。私を恨んでいるだろう。自分を誘拐して、閉じ込めた私を、今後ずっと憎み続けるだろう。彼女が走り去って、私はほっとした。これでいい。
彼女が私なんかにかまう必要はない。私はこれから罰を受けるのだろう。ああ、彼女と話せて楽しかった。嬉しかった。最後に私のやりたいことができてよかった。何故か、今は充実感でいっぱいだった。今までつまらない人生だったけど、人間って頑張れば色んなことがこともできるんだなと思った。
天井がミシミシと音を上げる。そろそろ限界かな。先ほどから不安定に乗っていた柱は、いつか倒れるだろうと予想はしていた。沙紀さんはこれからどんな人生を送るのだろう。
私という犯罪者がいたことを忘れないでほしいな。いや、忘れることなんでできないか。ごめんね。涙が溢れてくる。私のせいで彼女の思い出に傷をつけてしまったのが申し訳ないと思いつつも、少し嬉しい。私はいつでも自分勝手だな。
「沙紀さん……。」
柱が少しずつ、ずれ落ちていく。最後の力を振り絞って、声にならない声でつぶやいた。
「大好き、でした。」