第五話 衝撃
一体何が起こったのだろうか。目の前には瓦礫の山が積み重なっており、彼女の姿は見えない。どうやら上の階の床が抜けたようで、大きな壁となってしまっている。
「南さん!南さん!」
彼女の名前を呼ぶ。まさかこの衝撃で……。
「……大丈夫、です。」
瓦礫の隙間から、彼女の顔が見えた。良かった、彼女の上には落ちてこなかったようだ。
「怪我してない!?」
「私の前に落ちてきただけで、無事ですよ。」
「良かった……。」
「良くは、ないですね。」
「えっ?」
彼女がそう呟くと、瓦礫を殴る音が聞こえた。ドスン、ドスン。しかし、瓦礫の山はびくともしないようだ。
「私は完全に、閉じ込められましたね。」
はっとした。壁の向こうに彼女がいる。しかし、これを超えるのは無理そうだ。上の床の他にも柱や石材なども積まれており、部屋が狭すぎて私と彼女を分断させてしまっていた。
「いや、でも。瓦礫をどければなんとか!」
「……私たちでは、無理そうです。」
「穴から入るのは!?」
「そんなに大きな穴はないですね。」
私たちにそんな力があるはずがない。まして、この小さい隙間から抜け出せるほど小さくもない。今私にできるのは、その隙間からかすかに見える彼女の顔を見つめることだけだ。
「そんな、せっかく出られると思ったのに。」
「……。」
どうすればよいのか。彼女を置いていくのは絶対に無い。二人で脱出すると決めたからだ。しかしこうなった以上、扉に近い私しか出ることはできない。
その時、瓦礫の隙間から先ほどのドライバーがにゅっと突き出された。
「とりあえず、沙紀さんだけ脱出してください。」
「でも南さんを置いてなんて!」
「いえ、沙紀さんが他の人を呼んできて、後で助けてくれれば大丈夫です。」
確かに、時間はかかるかもしれないが私が他の助けを呼んで彼女を助ければいい。でもそれは彼女を長時間待たせてしまい、彼女を助けられなくなってしまう可能性がある。
「今の状況で時間をつぶすのも無駄です。何か行動してから考えましょう。」
彼女に考えを見透かされたかのように言われた。このまま討論し続けても何も解決しないなんて最初から分かっていた。
「……分かった。とりあえず、扉を外してしまうね。」
そう言ってドライバーを受け取り、下の金具を外しにかかった。こんなに絶望的な状況なのに、彼女は冷静だった。私は取り乱してばかりで、何も役に立っていなかった。彼女の支えになりたい、その一心でここまで頑張ってきたのに。
彼女を救いたいという気持ちと脱出しないといけないという気持ちが混ざり合って、泣きそうになる。でも、泣いてはいけない。不安を伝えてはいけない。今、彼女が一番不安になっているだろうから。
「外れた!」
金具を外した瞬間、扉が向こう側に倒れた。扉の先はボロボロの床で、横に同じような扉がいくつも並んでいた。どうやらこの狭い部屋はアパートの一室で、外に出られそうな長い廊下が続いていた。実験をするために、一室を借りて改造したのだろうか。
「南さん、出られ……。」
振り返ると、白い床に赤い液体が流れていた。私の顔が真っ青になっていくのが自分でも分かる。これは彼女の、血だ。
「きゃぁぁぁあああああ!」
思わず叫ぶ。私の中の何かが一気に吹っ飛んだような、そんな感情だった。
「南さん!南さん!南さん!」
「……大丈夫です。」
「いや、でも。血が……!」
「かすり傷。そんなに痛くはない。だからあなたは。」
「そんなこと言ったって!」
「私は後でいい。早くここから出て。」
「放っておける訳ない!」
「早く!!!!!」
今までの彼女とは思えないような大声が聞こえて、怯んでしまった。
「また床が抜けるかもしれない。ここでうだうだするより、逃げたほうがいいわ。」
「そんなの南さんだって一緒じゃない!」
「私は……もういいわ。ここから動けないから。」
「怪我してるんでしょ!このままじゃ駄目だよ!」
「だからってできることなんてないでしょ!」
「私は絶対一人で出ないから!」
「あぁ……もういい!じゃあ言うわ!」
「私が……、私があなたを閉じ込めたの!」