第二話 安堵
音の方向を向くと、積まれた段ボールの上に大きなディスプレイが置いてあるのが見えた。下のほうに林檎のマークが描かれている。高いけど欲しいんだよなあ、などとと思っていたらディスプレイに真っ黒な人影が写しだされた。
「あれは……?」
彼女が呟くと、黒い人物から声が聞こえてきた。
『こんにちは。初めに、突然お二人をこの狭い部屋に閉じ込めてしまい申し訳ありませんでした。』
ボイスチェンジャーだろうか。くぐもった声で、やけに丁寧な口調で喋りだす。
『私はこの部屋の管理人であり、普段は心理学の研究をしています。私は今、特定条件の人間心理を研究しており、論文発表のため実験を行いたいと思っていました。』
そんなことを聞いているんじゃない。お前は誰なんだ。ここはどこなんだ。
『そこで、無作為調査としてあなたがたが選ばれました。お二人には、協力してこの部屋から脱出して欲しいと思っております。勿論、お二人を傷つけるような行為や監禁し続けるようなことは決して行いません。その点はご安心ください。』
隣から安堵の声が聞こえる。
(以下、伏字でお送りします)
『ところでお二人は×××しないと出られない部屋、といったものをご存知でしょうか。』
は?
『漫画の二次創作などで、好きな登場人物同士の掛け合いを描きたい時に使われる手法だそうですね。これに関する詳しい説明は省きますが、お二人には××、つまり××をして頂くことによってこの部屋から脱出して欲しいと思っています。』
は?
『この実験の目的は、極限状態の人間、しかも初対面である二人がどのような行動を起こすかを観察することにあります。与えられたお題に対し、抵抗するのか諦めて遂行するのか。そこが心理の出る一番の状況だと考えてこの部屋をお作りしました。ちなみにこの実験は何人かに分けて行われており、お題はランダムとなっております。実験終了後には報酬もお渡ししますのでこのことは内密に、お願いいたします。』
急展開すぎて頭がついていかない。
『この動画は録画のためお二人の返答を聞くことはできませんが、こちらからは監視カメラで常に確認しており、お題を遂行しましたらすぐに扉のロックを解除いたします。もう一度確認しますが、あなたがたは××することで、その部屋から脱出することができます。それでは行動を開始して下さい。』
とここで手錠が外れる音が聞こえて、ディスプレイの電源は落ちた。
……いや、何が?全く状況が分からない。××しないと出られない部屋?まあそれは知っているし、私は漫画が好きだからその類の二次創作は…よく見る。いやそうじゃなくて、私たちがそれに閉じ込められたの?お金が貰えるのは嬉しい。けれど、隣のこの娘と××するの?女の子同士で?そうしないと家に帰れない?
と色々試行錯誤しつつ横をちらっと見ると、彼女は顔を真っ赤にして放心していた。可愛い。いやいやいや待て。
「え、と。」
彼女を落ち着かせたいが、言葉が出てこない。それもそのはず、隣にいるのは今から××する相手なのだから。経験なんてない。ましてや同性相手と。いや漫画ではよく読むジャンルではあるけれど、そんなことを思っている場合じゃない。やばい、こっちまで恥ずかしくなってきた。顔が紅潮するのが自分でも分かる。
「……。」
「……。」
真っ赤な二人の、無言の時間がしばらく続いた。
◇
少し落ち着てから、彼女の方を向いて話しかけようとした。
「「あの!」」
声が被った。恥ずかしい。お互いの顔がまた赤くなるのが分かる。一旦ここは彼女に譲ろう。このまま喋ると、どんどん動揺してしまうだろう。
「ど、どうぞ!」
「あ、はい。沙紀さん。」
彼女も一呼吸してからこちらに話しかけてきた。
「さっきの動画、見ましたよね。」
「うん……。」
「私たちは実験のためにここに閉じ込められたんでしたよね。」
「そうみたいだね。」
「そして、ここから出るには……、その、せ、××を……。」
彼女が俯きながら話す。しかし耳の色からも分かる通り、茹で上がっているようだ。やばい、キュンキュンする。落ち着け私、彼女は現状を把握しようと必死なんだから。
「と、とりあえず移動しよっか!手錠も外れたしね!」
「そ、そうですね!」
繋がれてずっと寝ていたから、体が痛い。まずは落ち着ける位置を探すことにした。辺りを見回すと、ちょうど座れる場所があるじゃないか。ベッドだけど。ベッド……。今は何も考えないようにした。
「ふぅ……。」
純白の毛布の上に二人で座った。自分も彼女も、冷静にはなれたようだ。さて、ここからどうしようか。考えを巡らせていると、無意識に呟いていた。
「帰りたい……。」
彼女の目に涙が溢れだしてきた。しまった。安心したからか、帰れないという状況を再確認させてしまったのだろうか。当たり前だ。私たちはただの高校生で、何の力もない。先程まで恐怖しかなかったし、急にあんなことを言われて困惑しているはずだ。
彼女を守らなければ。真っ先にその考えが浮かんだ。
「大丈夫!出れるよ!」
何の確証もないがそう叫んだ。彼女を落ち着かせるのが最優先だ。
「え……?」
「私もいる!安心して。絶対帰れるよ。」
自分自身にも言い聞かせた。私が不安になってどうするんだ。一生出られない訳でもないし、何かあるはず。根拠のない自身は私の得意分野だ。
「ありがとう……。」
彼女に感謝されると、とても嬉しかった。彼女の支えになれたからか、ヒーロー気取りになったからかは分からない。今は彼女を守る、それだけが自分の原動力になっているような気がした。
ぐぅ~
とここでお腹の虫が鳴った。私だ。
「……恰好つかないな。えへへ。」
「ふふっ。」
彼女も笑う。なんとか不穏なムードは消えたようだ。良かった。
他に何かないかと狭い部屋を見回してみると、積まれた段ボールに「水」と書かれたものがあった。私はディスプレイを下ろしつつ、その段ボールに手を伸ばした。