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2ー4

 歩き方の練習。これ気功とか超能力に勘違いされることもあるけど、ただの身体の動かし方なので。


 晩ごはん食べてフェスとお喋りして、お部屋に戻る。私の部屋にしていいって。嬉しいけど、いいのかなー。稼げない貧乏探索者が使う格安の宿、通称『うまごや』で生活してたから、豪華なお部屋にちょっと尻込みしちゃう。でも素敵なお風呂にふかふかベッドはいいよね。貴族のお嬢様ってこんなん?

 よし、お風呂入って、寝よ。

「うふ、ミルちゃーん」

「マティア、ストーップ! ハウス!」

「きゃん!」

 なんでお風呂ってなるとはしゃぐのこのメイドさんは? もー。

【何故、寝巻きに着替えない?】

「だってあのネグリジェっての、スケスケでやらしくて、肌触りがスベスベしてて落ち着かない」

【つくづく高級品に慣れてないのだの】

 セキを抱いてベッドにもぐる。

「セキ、マティアがベッドに入ってきたら怒ってね」

【そうだの、だがベッドに入らず少し離れて、寝顔を見ながらハァハァするのはどうしたものか】

「それぐらいは許してくれてもいいと思いまーす」

 ベッドの隣の棺桶の中から声がする。マティアはその中に入ってる。棺桶って寝心地いいのかな? マティアもこの部屋で寝泊まりして、私のお世話兼護衛をしてくれるんだって。

「エロいのと血を吸うのが無けりゃいいや。おやすみー」


 翌日っ。


 フェスと一緒に朝ご飯食べて、朝ご飯はサンドイッチだった。昨日のと同じお肉と野菜が入ってる。うまうま。一緒に食べるって言っても、フェスはお茶か赤いジュースでほとんど食べないんだけどね。フェスの前にもサンドイッチがあったけど、二口しか食べなくて残してた。

「ミル、お茶の時間に付き合う以外は、セキと修練に集中なさい」

「いいの? えっと、掃除とか洗濯くらいはー」

「それはうちの娘達の仕事よ。こうしてミルにはたっぷりと貸しを作ってあげる。ふふ、いずれ何で返して貰おうかしら?」

「うひぃ、できればお手柔らかに、エロくないのでお願いします」

「ワガママね。修練に邁進できる環境は作ってあげるから、ミルはセキの期待に応えてあげなさい」

【それなんだが、フェスよ。今日はフェスにも付き合ってもらいたい】

「あら?」

 フェスの残したサンドイッチはもったいないので、責任を持って私のお腹に処理しました。


 第2武術館へ。今日の修練開始ー!


【今回は歩みを学んでもらう】

「ししょー、素振りはいいの?」

【素振りは毎日やってもらう。まずは素振りからと考えていたが、ミルが興味を持ったようなので違うアプローチから身体の使いを見てもらおう。今日の講師はフェスだ】

「フェスししょー、お願いしまーす」

 フェスを見ると扇子を開いて顔を半分隠してる。あれ、やる気ない?


「私の歩みがミルにできるとは思えないのだけど……」

【一朝一夕でできるものでは無いが、見本を見せるのに我は身体が無い。それに歩みと踊りならば、百層大冥宮で最も優雅なのはフェスをおいて他におらん。見せるにはフェスが良いであろ】

 フェスは扇子を閉じてフフンと鼻たーかだか。

「歩みと踊りであれば、魔王様にもセキにも匹敵するとの自負はあるわ。セキにそこまで言われてしまうと、仕方無いわね。ミル、よく見てなさい」

 機嫌良くなってフェスは歩き出す。

 フェスって動きのひとつひとつが綺麗なんだよね。洗練されてるっていうの? ただ姿勢良く歩いているってだけで見蕩れちゃう。ほへー。手も足も、なんだかあるべきところにあるだけって感じなんだけど、でも他の人と何がどう違うのかってのが解んない。

「次はミルの番ね。いつもどうりに歩いてみて」


 フェスが歩いた距離を私も往復する。普通に歩くと早歩きって言われたりする、私のいつもの歩き方。てってって。

「こんな感じ」

「だいたい解ったわ。ミルは自分の歩き方をどう思う?」

「フェスみたいに綺麗じゃ無いけど、普通だと思う」

「普通ね、普通。……探索者が昔より深い階層に来れないくらい弱くなったのも、あの女神のせいなのかしらね」

【フェス、それは今は置いておけ】

「そうね、ミル。セキの刀術を学ぶのなら普通と言うのはおやめなさい」

「え? それっておかしな人になれってこと?」

「普通で無いというのが、特別とか奇妙ということでは無いわ。普通なんて言葉を使うときは『自分に都合の良い並』という意味。己で計る基準が無くて、誰かの凡庸を真似するとき。誰かに自分の思う凡庸を着せたいとき。誰もが普通を望むとなれば、それは『みんなで一緒に弱い愚鈍になりましょう』というもの。ミルはセキのようになりたいのでしょう?」

「そりゃもちろん。でないとここから帰れないし」

「それだけ?」

「できたらあのときのセキみたいにモーロックをおちょくって、それで泣かしたい! モーロックのせいでずーっとお漏らしっ子扱いされたの、忘れてないんだからね!」

「だったらミルはこれからは、セキのように見て、セキのような基準を持たなければ、ね」

 吸血鬼の女王様らしいなぁ。頂点から見ると普通ってそうなのか。

 セキのような基準。

 あのとき、セキが私の身体でモーロックと戦ってたとき。モーロックの裏拳を、

『ただの受け身だ』

 で、回避して。雷の中で雨宿りと雷を避けることを、

『似たようなものであろ?』

 と、言って、

『――ブレス斬り、これができればドラゴンを恐れることは無い』

 うん、無茶言うな。なにその世界をナメたようなものの見方。


「そうね。セキはマティアに預けてそこに立って」

 腰のセキをマティアに渡す。

「はぁ、セキ様……」

【頬を擦り寄せるな、普通に持て】

 あれ、セキが普通って言った。なるほど、ヘンなことしないで、並に凡庸に持て、と。


 フェスが私の胸の中央に右手を当てる。

「ミル、前に歩いてみて」

「え? 押さえられてるから、それは」

「やってみなさい」

 ふぬ、うぬ、この、むー。

 頭と足が出ても胸を押さえられてるから一歩も前には進めない。これで前に進むのは無理。胸を突き出して、ふんぬって押してもピクリともしない。前に出ようとしたら、ピタッて止められる。ずっと押されてるんじゃ無いけど、壁があるみたいに止められる。


「うん、無理」

「じゃあ、交代」

 フェスが私の右手を取ってフェスの胸の中央に持ってく。うわ、親指がフェスのおっぱいにムニって。

「あら? ミルもこういうの好き?」

「無いっ! そっちの趣味はありません!」

【そっちの方は修練の後にせよ】

「しないよ! 後でもしない!」


「じゃ、進むわね。ちゃんと受け身取ってね」

「受け身? うわぁ!」

 フェスがこっちに進んで来た! 私の手があるのに? 後ろにケンケンしてから尻餅ついてゴロゴロと2回後転する。うん?

「どう?」

「も、もう1回」

「両手でもいいわよ」

 そのあと何回やっても、フェスが歩くのを止められ無かった。この第2武術館は床が固めたクッションみたいで柔らかいから、転んでもそんなに痛くない。何度も尻餅ついて倒れてしまう。両手でもダメ。

「私の方がミルより力はあるけど、どう? 力で押された感じだった?」

「なんだろ? 押されたって感じがあんまりしない。誰かが後ろから私を引っ張ってるみたいに倒れちゃう。なにコレ? 魔法?」

「魔法じゃ無いわよ。歩き方が違うのよ」

 んー?


「マティア、交代して。セキは、そうね壁にかけてきなさい」

「ハイ」

 マティアが私の胸の中央に手を置く。

「さ、ミル。歩いてみて」

「これでなんで前に進めるのかが解んないなー。ふぬ、くの、むー」

「それはミルがちゃんと歩いて無いからよ」

「その歩みってのが解んない」

「今のミルは頭と足だけ出てて、胸とお腹が進んで無いわね」

「だって胸が押さえられてるし」

「そうね。ちょっと例え話ね。ミルの身体がひとつの国だと思いなさい」

「身体が、国?」


 フェスが私の頭を指でチョンと突く。

「ここが王様」

 次に胸をチョン。ムニってならないよチョン。ふんだ。

「ここが貴族」

 次は腰をチョン。

「ここが平民」

 足の指をチョン。

「ここが奴隷」

 頭が王様、胸が貴族、腰が平民で足の先が奴隷。

「今のミルは王様と奴隷だけが前に行こうとしてて、貴族と平民は怠けてるのよ」

「怠けてるって、動いてないってこと?」

「動いてても目的のための動き方では無いの。王様も貴族も平民も奴隷も、誰もさぼらずにひとつの目的の為に動いたら、国として凄いことができそうじゃない?」

「じゃあ、胸と腰を働かせるといいんだね。うん、ふん、ぬん? むむー?」

「今度は王様と奴隷が怠けちゃったわね」

「みんなちゃんと仕事しろー」

「仕事をさせるには、誰がどの役割をするかを把握しないとね。ミル、あなたの左の肋骨の下から二本目は、歩くときなんの仕事をしているのかしら?」

「えぇ? 左の肋骨? 下から二本目?」

「ミルの右手の親指はミルが歩くのにどんな協力をしてるのかしら?」

「右手の親指が歩くときになにしてるかって、何もしてないんじゃないかな?」

「全てのものが役割を果たしてこその優雅な歩み」

 フェスが私の両手を取る。右手をフェスの胸の真ん中に、左手をフェスのお腹に。また私に歩くの止めろってことね。足を前後に開いて、ちょっと腰を落として踏ん張る。よし、来い!


「私の身体の骨の数、二百八。私の身体の筋の数、六百六十六」

 ぶわっとフェスの身体が進んで迫って来る! 止めようにも押さえどころが解んない? 背中を捕まれて後ろにヒョイッて引っ張られるみたいな? さっきまでのと違う。あれは手加減してくれてたんだ。

 私の身体は後ろにジャンプするみたいに飛んで、ゴロゴロと四回後転してやっと止まる。ふわぁ。

「全身全ての肉と骨が、ひとつ残らず優美に動いてこそ、真に優雅な歩みが生まれる。どう? 解ったかしら?」

 なにそれ? 骨が二百八? 筋肉が六百六十六? 一個ずつ全部動かすの?

【全身の全ての部位が、それぞれの目的地へと、ありとあらゆる方向へ、異なる速度で、同時に連動して動かすことを、身体を動かすと言うのよ】

 それが身体を動かすってことなら、私が今までやってた身体の動かし方って、なんなの?




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