第7話:クロスベリーの自生地
第7話:クロスベリーの自生地
トワはインドア派である。
元々、趣味はゲームであったので、友人に誘われたりしない限りは自分から外出してまで遊びに出なかった。たまにBL同人誌を読みふける事があるが、自分で買った訳ではなく、友人から借りたのだ。ちなみにその友人は中二にして根っからの腐女子で、トワを同類に染め上げようとしていたのだが、その黒い思惑には、幸いな事にトワは気付いていない。世の中、知らない方が良い事もあるのだ。
そんなトワだからハイキングや森林浴なんてした記憶はない。遠足と言う名の拷問は強制参加だったので、記憶から抹消した。
見知らぬ森をスローペースで歩いていく。スローなのは靴を履いてないからだ。
唯一幸いだったのはケモノ道のような歩きやすい場所が森のあちこちにあった事だろう。ただ、本当に獣が作った道なら危険もあるが、今のトワには選択肢はない。
配置図集には靴や脚甲などもあったが、どれも材料に難アリ。比較的現実的なのは皮が材料の革靴なのだが、引きこもり系中学生のトワに、狩りなどできるはずもない。いや、仮に狩れたとしても獲物をさばく事を想像するとげんなりする。
「この森の木はニフレ、コノコノ、トゲハの三種類みたいやな」
ヒイラギのようにトゲのある葉の木を変換、収集のコンボ。そして所持品目録で名前を確認し、収集した木材を全て放出。木材に変えられたトゲハの木には迷惑な話である。
ただ、トワとしても所持品を圧迫したくない事情もあったので仕方なかったのだが。
「となると果実がなるのはコノコノだけなんかぁ」
あるいは単に季節や環境の問題かも知れないが、今のトワにとっては、今この場が問題なのであった。
「他に食べられるもんはないんかなぁ。出来れば野菜。私が狩りなんて無理ゲーやし」
肩を落としつつ先を進もうとして、視界のスミに鮮やかな色が引っかかった。
「なんやろ?」
ケモノ道から外れた膝丈の藪を苦労してかき分け、――そしてそこに辿りついて絶句した。
見渡す限り紫と薄紅色、そして緑の空間。
藪の先は小さくひらけた空間になっており、その周囲に十字型の大きめながくに6~8の鮮やかな色の実をつけた植物が埋め尽くしていた。
トワは気付けば、その植物群から実を一つちぎって手にとっていた。
キレイなバラにはトゲがあるというが、あまりに不用意な行動だった。もしも、これが手に触れるだけで影響のある毒の実だったらどうなっていたのか。
トワは反省しつつも、手にした実に顔を近づける。微かな甘い匂い。色はつやのある紫。他の実に薄桃色や、その中間っぽい色があるので、色の差は熟し加減を示していると思われた。一粒の量は一つのがくに成っている分量で、コノコノの実一つといった感じだ。
手にした一粒を所持品に放り込むと名前が判明した。
クロスベリーの実。
つまり、この植物はクロスベリーというらしい。
この場で食してみたい衝動にかられたが、万が一これが毒の実で食中毒を起こしてここで身動きがとれなくなるとまずいので、それは我慢した。
そのやるせなさをぶつけるが如く、クロスベリーの実をがくから引きちぎっては、所持品に放りこむ。
収集を使わなかったのは今後の為だ。収集をつかった方が楽に集められるだろうが、それをするとクロスベリー全てが消滅するだろう。もし、クロスベリーの実が問題なく食べられるものなら、収集を使うのは悪手だ。少なくともトワはそう判断した。
日本に帰れる当てがあるならともかく、現状は手がかりすらない状態だ。手近にある、食料が確保出来る場所を狩り尽くすのはまずい。まぁ、まだ食べても大丈夫だと決まった訳ではないのだが。
実をとったがくが再び実を成らすか分からなかったので、トワはひとつのがくから実を半分だけをちぎっていった。これなら、再び実をつけなかったとしても、実の中の種が新たなクロスベリーとなって生えてくると思ったからだ。
ケモノに食べられて糞として別の場所に生えるパターンもありえるのだが、さすがにそこまでは考えてはいられない。
「1マスは64個までか」
所持品目録のパネルに目を向け、トワは回収した実の量を確認する。
64個のクロスベリーの実が2枠、3個のクロスベリーの実が1枠となっていた。木材や赤土も一枠64個までだったので、それが共通の最大数なのだろう。
「まぁ、もったいない気もするけど」
トワは所持品から3個のクロスベリーの実を取り出した。浅く地面を手で掘ってそれを埋めた。これで所持品目録の空き枠が増えた。このクロスベリーの発見だけでも大収穫と言えたが、まだ何か見つかるかも知れない。それを考えると空き枠は貴重だった。
それに――。
「『装備』!」
あご付近まで上げた左手のひらに円形で平たい物体が現れる。それは外枠が木製のコンパスだった。家を出る前に作っておいた道具の一つである。配置図は木材と赤土。もしかすると赤土には多少の砂鉄か、磁石の材料が混じっているのかも知れない。
それはともかく、コンパスの存在があった為、帰路に迷う心配はなかった。普通のコンパスは常に北をさすだけなので、一直線に歩くだけならともかく右往左往すると帰れなくなるが、創造したこのコンパスは普通ではなかった。
「『目印[クロスベリー]』」
トワの感覚が探り当てた、コンパスの機能。普段は普通に北を指すだけだが、現在の位置を記録させる事により、針がその方向をさすようにも出来るのだ。ちなみに当然の事だが家の位置も記録させてある。ただ、目印の名前が豆腐。いかにトワが豆腐を愛しているか、この点からもよくわかるだろう。
ともあれ、これで必要な時にクロスベリーの自生地にたどり着く事が出来る。
行動に成果が伴うと人間やる気が増すものである。
まだクロスベリーの実が食べられるものと決まった訳ではないが、握りこぶしを作るぐらいにはトワも気合が入った。
しかし、それは藪が大きな音を立てて揺れるまでだった。
「は、い?」
トワの表情が固まる。予想した事態ではあった。だが、予想していたからといって、常に最善の行動がとれるとは限らない。
やがて、藪をこえて出てきたのは熊のような体格のイノシシだった。
トワは、この世界に来てから今この瞬間までで最大のピンチを向える事になった。