第5話:花摘みが命を摘まれる事になりかねない
第5話:花摘みが命を摘まれる事になりかねない
食料に関しては夜が明けてから、あまり家を離れない範囲で探索する事にした。それぐらいしかトワには思いつかなかった。
だが、次に別の問題が鎌首をもたげる。
食料問題と切り離せない。ある意味、こちらの方が問題かもしれない。
「やっぱ、掘って用を済ませて埋める。……しかないやんなぁ」
がっくりと肩を落とすトワ。
つまりはシモの問題である。食べる以上、出るものが出るのは当たり前の話で。だが、現在のトワのおかれた状況が当たり前でないが故に立ちふさがる大難問。
外で済ます。それを決行するには、トワは女を捨てきれなかった。
まぁ、家の中に個室を作るのは難しくない。
内部の空間が狭いとはいえ、一人分の空間を仕切るくらいはどうとでもなる。個室を作る程度の木材もインベントリにある。足りなくなっても補充すればいいだけだ。
ただ、どうにかできるのは個室を作るまでだ。
個室内の木材の床を変換して土を露出させ、さらにその土を1~2ブロック程度変換し、用を足した後で元に戻す。
「一度目はいいんやけど、二度目以降がなぁ」
土を変換したら、前回の跡がこんにちわ。
避けたい。それは避けたい。
せめて上辺だけでもいいので洋式便器があれば、地面を可能な限り掘ってその上に設置すればいい。和式だと何かの間違いで落ちそうなので洋式希望。
そして、トワは《力》でまだ試していない事を思いつく。
ゲームにおいて、所持品から設置出来るアイテムは資源ブロックだけじゃない。むしろ、真髄はその先。サンドボックス系のゲームにおいて重要な要素。
アイテムの加工。
「『創造』!」
これは才能なのか、それとも数多くのゲームの経験故か。
トワの感覚はまたしても当たりを引き出した。
インベントリパネルと同じく、見えているのに視界を邪魔しない不思議なパネルが新たに追加された。
しかし、トワは肩を落とす。
サンドボックス系ゲームでは、資源アイテムをクラフト画面で加工し新たなアイテムを作りだせるものがほとんどだ。
だが、クラフトパネルにあるのは2×2の4マスのみ。
この形式はよくあるパターンでそれぞれの枠にアイテムを配置し、配置したアイテムの種類や、どのマスに設置したかで出来るアイテムが決定される。そのアイテムの配置パターンは主にレシピと呼ばれる。
レシピの幅広さは当然、アイテムを設置する枠の数に左右される。それが2×2……。
とても、ここから便器を作り出す配置が思いつかない。
「いや、まだやっ。あきらめんな、私!」
乙女のプライドがかかっているだけに、トワも必死だ。
そして、一筋の光明が見えた。そんな表情になる。
「そや、作業台……。もしかするともしかするでっ!」
トワが思いついたのは、生産アイテムだ。
普通より多くの配置マスを持つ机や、鉱石を溶かしたりする炉、食事を作るキッチンテーブル。
種類や数こそ違いはあったものの、多くのタイトルで実装されている機能だった。
「マインクラフトは木材4つやったな」
トワの言葉通り、マインクラフトでは、初期のクラフト枠は2×2だが、4マス全て木材のレシピから、3×3のクラフト枠を持つ作業台というアイテムが作れる。それによって幅広くアイテムを作れるようになるのだ。
トワは試すつもりで、インベントリパネルのニフレの木材を、クラフトパネルの4マスを埋めるようにイメージする。
それに呼応してクラフトパネルの4つの枠の中に木材が配置される。そして、その下に頑丈そうな長机が表示された。
残念ながら、名称と思わしきものは見知らぬ文字の方だったが、トワの感覚が間違いないと告げていた。
しかし。
「えーと……」
トワは首を傾げた。
クラフトパネルにアイテムを置いて、その結果が分かったまではいい。
しかし、所持品に変化はない。木材は消費していないし、長机も追加されていない。クラフトパネルに材料をセットできたまではいいが、実行されていないのだ。
問題はいかにして実行するかだ。
今までは感覚に頼っていた。
しかし、その感覚が選んだ相応しい言葉は創造だった。当然、すでにその言葉は使ってしまっている。
これがゲームならマウスやキーボードでOKボタンを押せばいいのであろうが、そんなものはここにはない。
例え、感覚以外の手段があるにせよ、説明書はどこにもない。
結局感覚にまかせるしかないのだ。
まぁ、感覚にまかせると聞こえはいいが、ようは適当に名付けて呼んでいるだけなのだが。
「えーと、何がいいかな」
トワが目をとじ、アニメの一休さんのぽくぽくという音が聞こえそうなほど考え込んだが、結論は……。
「『創造』!」
クラフトパネルの呼び出しとまったく同じであった。
どうしても他に良い呼び名を思いつけなかったのである。
より正確には、単に呼び名をつけるだけならいくらでもあったろうが、ふさわしい呼び名はそれしかなかった。これも感覚の導きであろうか。
だが、その結果は。
「やった!」
クラフトパネルのマス目からアイテムが消え、所持品のマス目の左から6番目。空いていたマスに長机が表示された。
しかも、こちらのパネルでは名称が日本語で表示されている。
「基本作業机かぁ」
基本があるという事は、これ以外の作業台もあるという事だろう。
ゲームの場合、まず下位の作業台を作りそこから上位の作業台を作ったり、何かの条件で上位作業台が開放されるというパターンが多い。
だが、今は――。
「考えるのは後回しや。まずはこれを試してみん事にはなぁ。『設置』」
せまい家内には少し大きめの机が部屋の中央に設置される。クラフトパネルの表示よりもがしっりと丈夫そうで、重量感がある。その存在感は、ただでさえ狭い部屋を圧迫する。壁際に設置すればよかったのだが、深く考えてなかった。
まぁ、その時は変換して……。
「まてよ。これを変換した場合どうなるんやろ?」
設置した木材を変換した場合は、アイテム化された状態に戻った。収集して再度設置すれば、問題なく設置できた。
では加工によって作られたアイテムを変換した場合どうなるか。
トワのゲームの知識では大体2パターンだ。
まずそのアイテムを作った材料に戻る。この場合、作った時よりも目減りしている事が多い。
もう一つは、長机がアイテム化されるパターンだ。
「まぁ、最悪全損でも木材4つやしね。今後の為に試してみるか。『変換』!」
瞬間、長机は縮んだ。こちらの方がクラフトパネルの表示にちかい。
「アイテム化されたか。『収集』、『設置』」
今度は壁際に設置する。
そして、長机――基本作業机に手を触れる。と、表示しっぱなしだったクラフトパネルの内容が変化する。
「5×5か」
トワの言葉通り、2×2であったクラフト枠が5×5に変化していた。予想以上の変化に一人ガッツポーズを決めそうになったが、喜ぶのはまだ早かった。
「何や、この本」
本の実物がある訳ではなく、クラフトパネルの端に本の画像があった。
トワの注意が本に向けられると、感覚が返ってくる。どうやら、これはページをめくる事が出来るらしい。
「まさか、これっ!?」
驚きと望外の喜びが混じった声を上げる。
ページをめくっていくと各ページには、上半分はクラフトパネルのマス目部分のイメージ。下半分は読めない文字が並んでいた。恐らく下は説明文なのだろうが、それが読めなくても十分すぎた。
ページの上半分には様々な種類のアイテムを、様々なパターンでマス目を埋め、その結果の表示まで描かれていた。
つまり、これは――。
「配置図集やん!!」
トワは感極まってぴょんぴょんと飛び跳ねた。念の為に付け加えておくと胸は揺れなかった。トワはまだ、中二である。将来に期待だ。
トワが我を失うのも無理はなかった。
手持ちのアイテムで手探りで探る必要もないし、便器に限らず必要なものに何が必要なのかもわかる。しかも配置図集のページはかなりあった。
「よっしゃー。これで勝つる!」
トワは喜色を浮かべながら配置図集をめくっていく。
量的に徹夜になりそうだったが、脳内麻薬がほとばしっていると思われる今のトワにも何の苦にもならなかった。