第4話:豆腐は正義
第4話:豆腐は正義
「ぎっりぎりセーフ……かな?」
壁に背を預けて座り込み、トワは大きく息を吐いた。
所持品目録のパネルは視界の邪魔にならないので、常時開きっぱなしにしていたが。現在、10ある枠のうち、5つがうまっている。
内訳は、ニフレの木材×64、ニフレの木材×4、赤土x64、コノコノの木材×25、コノコノの実×12。
家には二本分の木材ではとても足りなかった。故に、トワは赤土サークル周囲の木々を片っ端から変換しまくったのである。徹底的に。必要な木材の量を明らかに過剰であるにもかかわらず、である。
完成した家の周囲には今も、余った木材が転がっているはずだ。
必要なら明日回収すれば良い。そんな感じで。
見事な自然破壊者であった。
とはいえ、夜になるまで時間がなかったという点で情状酌量の余地はあるかも知れない。
ちなみにいくつかのサンドボックス系ゲームにおいて、初めての夜をどう過すかにおいて、地面を掘り、地中で過すという方法も存在する。
手段としては有効ではあるのだが、リアルでそれをやるのはどうか。真っ暗な穴のなかで一晩過すなどやらかしたら、メンタルブレイクまった無しである。
トワの精神構造は少々一般人のそれよりずれ気味だが、それでもまだ理性が穴の中で過すという選択肢を拒否するぐらいには凡人であった。
とはいえ、だ。
トワが作成した家。
横幅8ブロック、奥行き8ブロック、高さ6ブロック。屋根はあるが平坦。
なんというか。やっつけ感が半端ないうか。
サンドボックスゲーム初心者がよく作る、味気ないこの手の建物は、四角い事から豆腐と呼ばれる。見たまんまの蔑称である。
もっとも、一部の上級者にもなれば白い資材で作り、一部は黒色資材、最後に屋根の上に茶色の資材を置いて、『かつお節醤油の冷奴』などと作る事も可能である。他にも揚げ出し豆腐、湯豆腐、鍋等、SNSや動画サイトに数々投稿されている。
ではトワはというと、特にそういったネタには走らないタチだった。
ゲームでも豆腐ハウスを量産していたのだが、その理由は豆腐ハウスの利便性にあった。
豆腐ハウスはその単純な構造により、拡張がやりやすい。特にトワが重要視していたのは上方向への建て増しが容易な事。
天井が平らである為、四方と上を塞ぎ、下のフロアをつなぐはしごか階段を作るだけで良い。凝った屋根を作っていた場合はこうはいかない。
豆腐は正義!!
それがトワの信条である。
もっとも、今現在は単に時間がなく、手間をかけられなかっただけなのだが。
その証拠に、なんとこの家にはドアがないのである。ある意味では完璧な豆腐であった。
ではどうやってトワは中に入ったのかというと、8割がた完成時点で内側から設置を使ったのだ。
「うーわー、なんか遠吠えが聞こえる」
うんざりした表情でトワは独りごちた。
さらには家の周囲から異質な気配を感じ、背筋がざわめいている。とても寝る気になれない。
もっとも寝れない理由もあった。
この家は完全ではない。
なぜなら、壁のいくつかが1ブロック欠けているからである。
まぁ、ドアさえない家である。ゲームならともかく密閉空間なら普通に酸欠の可能性もあったし、夜が明けるのもわからないからである。
そして、もう一つ。恐らく夜は危険だろうとトワは予想していたが、実際はどうか自分の目で確かめたかった。
ブロック一つ分なら、大きなナニカなら侵入される事はないし、通る事が出来るナニカであっても、設置で穴を塞いでしまえばいいのである。
「やっぱりナニカおるなぁ……」
窓から外を眺めながら、トワは呟く。
月明かりだけが頼りなのではっきりと確認出来ないが、明らかに木々の隙間をウロウロしている人……型のナニカがいる。
もしもあれが人間なら、トワは迷わず声をかけたろうが、本能がそれを引き止めた。
アレは違う。
遠めに見え隠れする動作が、人間のそれとは違って見えた。
ちなみにサンドボックス系のゲームにおいて夜出現する敵で多いのがゾンビである。
多いを通り越して敵がほぼゾンビである7DaysToDieというタイトルまで存在する。
ちなみにこのゲームはタイトルにある 7Days毎に大量のゾンビが襲撃してくるという仕様になっている。
不定期イベントで敵が一時的に凶暴化するというタイトルもトワには心あたりがあった。
結論としては家はあくまで一時しのぎ。襲撃イベントのようなものに備える必要アリ。
もっとも、それは現状では優先度は低めであった。
なぜなら、現状を整理してみると問題が山積みであったからだ。
もっとも重要なのが食料問題だった。
靴がない為にあまり行動範囲を広げる事が出来ない為、明日明後日に森を抜け出せるとは思えない。
この異世界――なのかどうかはまだ不明だが、とにかくここに来た時は部屋着のみが所持品だった。
インベントリパネルでは装備品扱いになっているが。
そして、所持品欄のなかにコノコノの実と表示されているマスがある。
これは木材を集めている時に気付けば所持品一覧に入っていたのだ。
名前からコノコノという木の果実なのだろう。確かに実がなっている木はあったが、変換を使うと、全てが木材になると思い込んでいたので、果実が落ちている事に気付かなかったのだ。
トワは利き手である左手のひらを上に向けると、手品のようにリンゴをより丸っこくしたような果実が現れた。
夜が更けてから色々試して、設置を使わなくても、インベントリからアイテムを取り出せるようになっていた。
より正確に言えばコノコノの実は、設置ではインベントリから取り出せない。
理由はうすうす想像がついた。
設置した木材は、変換したばかりの木材よりもサイズが大きかった。これは設置を使わず木材を取り出して比べてみたので間違いがない。また、赤土も同様だった。
この実験結果と、トワのゲームの知識から考えるに、設置によって呼び出したモノと、インベントリから単に取り出したモノは別だという結論に達した。
設置したものは収集では回収出来ない。だが再度変換すれば収集可能になる。
トワは今後の為に、設置されたモノをオブジェクト、変換したモノをアイテムと区別する事にした。
トワが持つこの『力』にはまだ先がありそうだし、体系化しておかないと、後々困ると思ったからだ。
「なにせ、チュートリアルもヘルプもないんやもんなぁ」
呟いて、コノコノの実を皮ごとかぶりつく。
すでに一つ食べて、とりあえずは問題なさそうなのは確認済みである。……まぁ、後々食あたりになる可能性はあったが。なんにしろ食べられそうなのがこれしかないのである。
チャップリンは革靴を食べたそうであるが、あいにくトワは靴下オンリーだった。そこのキミ、萌えーとか言わない。
コノコノの実は、見た目こそリンゴを連想させるが、食感と味共に柿そのものだった。
汁気は薄いが、それでも多少喉を潤せた。
「味は悪くないんやけど、これだけじゃなぁ」
トワはアップル社のロゴのようにかじった跡の残ったコノコノの実をつまみ挙げながら、困ったように半笑いを浮かべた。
実自体はまだあるし、家の周囲を探せば、木材の山からまだみつかるだろう。それにこの森にはかなりの数が自生していると思われる。
ただ、この実だけを食べて生きていくのは厳しい。
栄養は偏るだろうし、何よりも飽きる。
贅沢な話に聞こえるが、サバイバルに近い今の状況ではストレスがメンタルブレイクを招く事は十分ありうる。
トワの脳裏にはリムワールドというタイトルのプレイ記憶が思い浮かぶ。宇宙船から墜落した遭難者達が資源をあつめて集落を作り惑星脱出を目指すというものだが、トワの初プレイは遭難者達の一部の喧嘩から負の連鎖が始まり、結果無人の集落だけが残ったというものに終わった。
改めて思い出して身震いする。
「幸い一人だから、仲間割れなんておきんけどな」
一人――独りだから。それが幸いか否かはまだわからない。