第39話:再会したメロディー
第39話:再会したメロディー
音ゲー。
そう呼ばれるジャンルに多いパターンは、曲に合わせて画面の上から落下してくるマークが、画面下部に引かれたラインに触れる、またはマークが同じ形の枠に収まる瞬間に対応するボタンを押すものだ。もし、押し間違えたり、あるいは押せなかったりしたら減点。押せたとしてもタイミングいかにズレなくあわせる事が出来るかが問題で、ぴったりだったらもちろん加点だが、ちょっとしたずれでも加点される点数は減り、現状維持や減点対象にもなる。
音ゲーというジャンルの起源についてはともかく、メジャージャンルとして確立した貢献者はビートマニアであろう。特徴的なのは単に曲を合わせてボタンを『押す』のではなく、筐体のレコードを模した円盤をDJのスクラッチさながら『回す』事であろう。
これを皮切りに次々と様々なタイトルが生まれる事になるが、ビートマニアもそうであるが、ギターやドラムセット、太鼓といったコントローラーが特殊なものが多く、この時代の音ゲーは主にゲームセンターで活躍していた。
後に携帯機やスマートフォンへと主流が移る事になるが、ゲームセンターでの黄金期において特殊なコントローラーがひしめく音ゲータイトルの中でも特異なスタイルであったのが、ダンスダンスレボリューションであった。
略称DDRで親しまれたこのタイトルは曲にあわせて落ちてくるマークを『押す』のではなく『踏む』のである。筐体の一部である台の上に前後左右の4つのパネルがあり、曲にあわせて落下するマークに対応するパネルを踏む事により、自然とダンスを踊っているかのように映るのである。
基本、足で踏めばそれでよいのではあるが、体全体のバランスとるために上半身だけ不動とはいかない上、やはりノリというか曲に対して合わせるゲームなので積極的に『踊る』人も多く、中には独自の『振り付け』でプレイする人もいた。
独自とはいかなくても、DDR経験者で曲の途中で体を一回転させるのをやった事ある人、または見かけた人は多いだろう。マークの落下パターンがパネルをグルリと一周している場合に出来るのだが。
これを比較的やりやすい低難易度の曲がバタフライである。『アーイヤイヤイ』の歌いだしで始まるこの曲は、初心者から最高難易度の曲であるパラノイアで背中を向けて踊るような上級者にも愛されていた名曲であった。
「儀典兵は平時には祭事の警備、賓客の護衛を。戦時には戦意を維持する為の儀式や、負傷者の治療にあったったりします」
「なんか、自衛隊の儀仗隊や衛生兵をあわせたみたいやな」
豆腐ハウスに戻った二人は、ダイニングで件の儀典兵について話し合っていた。
「トワの故郷の軍がどういう形態をしているかはわかりませんが、儀典兵は我が軍でも指折りのエリートですね」
「やっぱりイケメンばかりなん?」
自衛隊の儀仗隊は容姿も採用要素になるらしいと、トワは動画サイトで見た事があった。
「私自身、特に彼らと接点がある訳ではないので美形ばかりかは存知ませんが。トワは興味があるのですか?」
アレクの表情が何かを探るようなものに変わっている。危機感を感じたトワはその話題を投げ出す事にする。付き合うようになって知ったのだが、アレクはかなり嫉妬深く、独占欲が強い。時にはトワに戦闘術を教授している師匠にすら嫉妬するのだからよっぽどである。
長年戒めてきた、自分の欲望を解き放った反動であろうか。
「で、その儀典兵がバタフライを歌うん?」
「歌うのは儀典兵所属の奏舞隊ですね。もちろん、歌うのはバタフライ一曲だけではなく、国歌をはじめ様々なレパートリーがありますが、私が直接耳にした事があるのは国歌とバタフライだけです」
トワはここで考えた。バタフライの出はどこからか、そして――。
脳が無意識に糖分を欲したのか、ブドウジュースのグラスに手が伸びる。まだアレクが豆腐ハウスに来たばかりの頃は木製のコップであったが、半年近くの日々は日常生活品もグレードアップさせていた。
「トワが知りたがっている人物は恐らく、奏舞隊の隊長ですよ」
トワの思考を読んで、アレクがそう付け足す。
「私が知りたいんは、確かにバタフライを奏舞隊いうところに採用した人やけど、それだけちゃうで?」
「はい。トワと同郷の人物、そして耕作者ですよね?」
「あの曲を知ってるいうたかて、人から教えて貰ったって可能性もあるで?」
「随分と懐疑的ですね」
言われて、トワは気まずそうな表情でアレクから目をそらした。
「こんな偶然なんてそうそうある訳ないしな。他に耕作者がいる。それは間違いないと思うねん。でもな、その人に違う言われたらと思うと、な。我ながら臆病やと思うけどな。
それに簡単に会える人なん? 私がここを動くのは望ましくないんやろ?」
「奏舞隊の隊長は固有能力者なんですよ。といっても、儀典兵は固有能力者、汎用能力者、その他なんらかの特殊技能持ちが多数を占めているのですが」
「なんでなん?」
「職務の性質上、一兵士に多くを求められるからですね。他国ではお飾り扱いといった感がありますが、我が国では違います。そして、祭事や儀式において演奏を担当する奏舞隊も例外ではありません。そして、その奏舞隊の隊長は固有能力者の中でも極めて多彩な応用を持つと聞いています。
何よりも――彼女は他国の出身者です。今でこそブレシア公用語を話せますが、一時期言語変換の固有能力者がつきっきりだった時期があります」
トワは思わずアレクを見たが、彼女は首を横に振った。
「私ではありません。もし、そうならもう少し情報を知っています。それに私なら知識複写がありますから、つきっきりである必要もありません」
「あれは他の人は無理なん?」
「私の知る限りでは、あの応用が使えるのは私のみですね。言語変換は固有能力でも所有者が多い分、重要視されません。その為、所有者たる固有能力者本人も自らの固有能力を磨く事なく、応用に至る者もいないのです。私とて師匠に出会わなかったら、そうだったでしょう」
「そっか。それでその人に会うのは無理なん?」
トワの声音は質問というより確認だった。そして、アレクもまた申し訳なさそうに。
「すみません。奏舞隊は戦時でもなければ王都から離れる事はありません。せめて手紙でのやりとりぐらいは出来たらよいのですが、私には伝手がありません。
同じ軍属とはいえ、所属する庁が違いますので」
「庁?」
「指揮権の最上位ですね。守護兵は国防庁、儀典兵は儀典庁。それぞれ別の指揮系統なのです」
「もしかして、仲悪いん?」
「そういった事はありませんが。逆に仲が良いわけでもないのです。私が王都に行けば面会も可能かも知れませんが……」
「私がアレクに会えなくなるんちゃうの?」
不安そうなトワに、アレクは安心させるように微笑んだ。
「私はどこにもいきませんよ、トワ。元々、無理を押してここに来たのですから。ただ、耕作者の件は――」
「ええよ」
アレクの言葉を遮ってトワが言った。
「アレクがここにいてくれるんやったら、それでええ。気にならない言うたら嘘になるけどな。でも、アレクと離れ離れになるくらいやったら、わからんでもええよ」
「トワ」
二人の顔がどちらからともなく近づいた。そして、その唇がそっと合わさった。




