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第37話:限界とは

第37話:限界とは



 トワが初めてタンクから教え(しごき)を受けてから。アレクほどの頻度ではないものの、彼は時折拠点(セーフエリア)に顔を出すようになった。



 ただ、初めての時のような実戦さながらの模擬戦や基礎体力をつける為の特訓などは行われなかった。タンク曰く『体力は日々の過し方で多少意識を傾けるようにすれば、最低限必要な分は身につきますぞ』との事だった。

 また、技の類も教えて貰えなかった。というのも、そもそもビショップ流戦闘術には個人レベルならともかく、門派としてのオリジナルの技がないのだという。そもそも武術というよりも思考法、戦術学、ついでに哲学、それを実践する為のノウハウが付属したのが戦闘術なのだ。



 トワに課せられた訓練も体力よりも観察力や判断力、イメージ力の強化が主だった。


 例を挙げるなら、アレクがいる時はジャンケンをしている。グー(グリコ)チョキ(チヨコレイト)パー(パイナツプル)のあれである。ただし、両手でだ。それもルールがあり、片手で普通にじゃんけんをして二人の手が違う場合、もう片方の手で残ったものを出し、二人が同じ手である場合はもう片方の手で残りの二択のうち勝てるほうを出さなければいけない。


 右手でトワがグー、アレクがチョキなら左手でパーを。お互いがパーを出していたなら、残ったグーとチョキではグーが勝つので左手でグーを出す。ただし、追加ルールで相手より手を出すのが遅れた場合は、さらに相手に勝てる手を出さなければならない。


 それを左右交互で1セットとして10セットを何度も繰り返す。タンクの設定した目標は1セット1秒。無茶苦茶である。――無茶苦茶なのだが、実際アレクは左右どちらの手もほぼ同時に出せている状態なのだ。常にアレクに先をこされるので、見方によっては最初のジャンケンの結果にかかわらず、もう片方の手でアレクに勝てる手を出せばいいのだが、その思考時間だけでも1セット1秒は短すぎた。むろん、あくまでこれは訓練なので、最初の結果を無視するのはアウト。


 トワが面白がっていられたのも最初のほんの数セット。10セット単位なのは、その都度休憩を挟まないとトワの神経がもたないからである。




 また、タンクがいるときは大雑把な状況を語られ、それにいかに早く的確に答えられるかという訓練もあった。ちなみに答えに正解はなく、しかし適当な答えでは容赦なく嫌味まじりの叱責が飛んで来る。その度にトワは、おのれクソジジイと心の中で叫ぶのである。

 ちなみにアレクは当然、即答出来ている。





 そんな感じでタンクの戦闘術の教えは、トワの特訓というものにたいするイメージとはかなりかけ離れたものだった。

 だが、タンクはトワの戦い方もちゃんと指導していた。

 タンクは二刀、アレクは直剣を得物とするが、彼がトワの武器に選んだ(チョイス)したのは固有能力(ギフト)である砂の箱(サンドボックス)そのものだった。




「これを使うんちゃうの?」


 そう聞いたトワが手にしていたのは石の剣で、先日の模擬戦でも使っていた。


それ(いしのけん)も含めてです。あの時も固有能力(ギフト)を使って戦ったではありませんか」

「……全部、一蹴されたけどなぁ」


 恨みがましい目でタンクを見るトワであった。が、そもそも模擬戦中のタンクの数々の指摘(アドバイス)をそのまま実践しただけなので、通じなくても当然だったのかもしれない。


「はっはっは。その辺は年の功でしょうな」


 どういう歳のとりかたをすれば、万が一を考えて加減したとはいえ木材のクォーターブロックを平たくつなげた天井落とし(ルーフフォール)を蹴り砕けるのか。普通は砕ける前に割れるし、それ以前に避ける。


 天井落とし(ルーフフォール)は元々トワが胸に秘めていたいざという時用の技で、その後もタンクの指摘(アドバイス)により改良型がいくつも生まれ、そして残らず蹴散らされた。

 他にもトワ原案の技もあったのだが、ことごとく改良された上で技を踏みにじられるという屈辱を味わったのだ。


 トワがクソジジイと呼ぶのをアレクが聞きとがめても止めるどころか表情一つ変えないところを見ると、彼女も師匠(タンク)をそう思っているのかもしれない。



「まぁ、すでに戦う術を準備されていた点は評価に値しますが、少々固有能力(ギフト)の限界に頼りすぎですな」

固有能力(ギフト)の限界って?」


 トワは首を傾げた。限界とは否定的な響きだが、それ(げんかい)に頼るとはいったい?


「例えば、天井落とし(ルーフフォール)でしたかな? あれ一つとっても、天井部分にしろ、それを支える柱にしろ作る時は順番に作っていましたな。あれでは目的が一目でわかります」

「やったら、普通にかわしたらええやん」

「まぁ、その点についてはあの時も指摘いたしましたが――」


 ジジイ(タンク)、聞いちゃいねぇ。


「あの時に言っておられましたな。これが限界だと」


 トワは頷いた。確かに言った。



 いくらスピードを求めても、設置(ビルド)は1ブロックずつなので限界があると。



「なぜ、トワ様には固有能力(ギフト)の限界がわかるのですか?」

「え?」

「誰かから、そう教えられたのですか? 教本(マニュアル)でもあったのですか?」


 トワは答えられなかった。

 これまでトワは砂の箱(サンドボックス)の扱いを感覚(フィーリング)に頼っていた。それが間違いだとは思わない。感覚(フィーリング)が的確な制御(コントロール)を担っていたからこそ、今トワはここに生きて立っている。

 だが、はたして感覚(フィーリング)がここまでが限界だと告げた事があっただろうか?


「本当に1ブロックずつしか無理なのですか? 確かめたのですか? 努力はしたのですか?」



 トワは答えられない。


 一度だけ。一度だけあったのだ。

 巨大イノシシに襲われた時、とっさに所持品(インベントリ)の木材全てを同時に設置(ビルド)して壁を作った。恐怖の記憶故に思い返す事もなかったが、あの時確かに出来たのだ。



「ふむ、何か心当たりはあるようですな」


 まだ少しトワをイビリたそうなタンクであったが、視界のスミでアレクが剣の柄に手をやっているのを察知して切り上げた。


「人間の悪徳の一つなのでしょうな。己の程度を定めてしまうのは。

 安穏な人生を約束されているのなら、それもまたよいかと思われますが、戦闘術の教えを乞うような方には、そのようなものは毒以外の何物でもないでしょうな」

「悪徳かぁ……」



 トワは己の左手のひらを見つめた。そこには何もないように見えたが、自分の伸びしろ(きぼう)が乗っているように思えた。





 その後、強引に行われたアレクと師匠(タンク)の実戦訓練は壮絶の極みだった。


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