第33話:白色
第33話:白色
「トワ、本当に大丈夫ですか!?」
そんなに距離が離れていないはずのアレクが気遣わしげな表情でパントマイムでもしているかのように、トワには見えない壁に両手をついて呼びかけてくる。
「大丈夫やってっ。――とこっちからは聞こえんかったな」
すでに一度試して、中から外には声が届かない事は確認している。一度確認しているのだから、アレクは心配性やなとトワは思ったが、アレクとしては目の前でトワが岩壁をすり抜けていったのだ。心配もするというものである。
二人が今いるのはトワが『すごく怪しい洞窟』と命名した、封書のあった洞窟だ。
耕作者の事を話した際に、アレクが興味をもったので洞窟の入り口まで案内したのだが、そこでトワの想定外の事が起こった。
アレクには洞窟の入り口が見えず、入る事も出来なかったのだ。
「トワっ!」
「だから、大丈夫やって」
安堵の表情で抱きついてくるアレクに、トワはあやすように彼女の後頭部をなでる。どちらが年上か分からない光景である。
初めて共にしたあの一夜を境に、アレクの行動が激変した。トワにとって世話やきで頼れるお姉さん的なキャラはそのままなのだが、やたらとトワにくっついてくるし、ここ最近は日帰りではなく一泊で帰る事がほとんどだ。
元々暇で村の手伝いをしている事も多いらしいスピアーズの守護兵隊なので、公務が滞るような事はないし、滞ったところで彼女の師匠が代行するだけだが、それでもこう隊長不在が多くて大丈夫なのかと、トワは疑問に思う。
もっとも、アレクの中の魔物を開放しちゃったのはトワであり、何かを言える筋合いではないのだが。それどころか、今のアレクの製造責任者として、責任は取らなければならないだろう。
まぁ、性的嗜好は普通のトワだが、それでもアレクが他の女の子に目を向けられるのは嫌だし、アレクが過去に男性と経験がある事を知って、微妙に嫉妬を感じてるあたり、色々とお互い様なのかもしれない。
「それにしてもこの森にこんなものがあるとは」
ようやくトワから離れたアレクは、彼女には岩肌にしか見えない洞窟の入り口をぺタペタ触る。アレクから開放されたトワは両手を組んで首を捻る。
「上か横を掘って別の出入り口つくったら、アレクも入れるようになるんかな?」
「いえ、それはやめておきましょう」
アレクがトワの案を即止めた。
「何者がこのような仕組みを作ったのかはわかりませんが、尋常ならざるものであるのは理解できます。下手な事をしていらぬ災いを招く事になりかねないかと」
「国への報告はどうするん? この洞窟だけやのうて、耕作者の事とか」
「しませんよ」
そう言って、アレクはトワの額にキスをする。唐突だったので、トワは目を丸くした。
「トワにリスクが及び行為などできません。それに守護兵隊として、国境特務員としての義務に関わる事とはいえ、このようなものの存在を報告して果たして国益に適うのかどうか。本来、私がそれを考えるような事ではないのは百も承知ですが」
「知らないほうが良い事もある、って事かな?」
「そうですね。戦争が終わり、今のブレシア王国は次なる戦争に備えて国力を蓄えているところです。ここの事を知れば、公的にはともかく、私的に動く者は出るでしょうね」
トワは首を傾げた。
「せっかく、戦争終わったのにまた戦争したいん?」
「国あれば、いつか戦争は起きる。国あれば、いつか内乱が起きる。古き賢者の金言です」
「なるほどな」
確かに異世界でも争いは絶えなかった。アレクから聞いた限りでは技術水準は遥かに向こうのほうが進んでいたはずにも関わらずである。
「では、帰りますか?」
「もうええの?」
「私にはただの壁でしかありません。見るべきものもないでしょう。あ、トワは中で採取するものはなかったのですか?」
アレクはトワからこの洞窟の中に、いくつか珍しい素材があると聞いている。
「植物系は畑で栽培してるし。他も豆腐倉庫に確保してるし、そもそも緊急でいるようなものはないねん」
「では問題ないですね」
「せやな。帰ろっか」
「おお、早かったですな」
「師匠、お待たせしました」
「ただいま、タンクさん」
拠点ではタンクが待っていた。
元々ここへはアレクとタンクの二人で来たのだが、彼は『すごく怪しい洞窟』への案内を固辞したのだ。
トワとしては、タンクも信頼のおける人としてカウント出来るし、一人教えるも二人教えるも同じかと思ったのだが。
「私の分を超える事かと」
その一言が山のように揺るがなく聞こえたので、トワはそれ以上誘わなかったし、彼にはアレクのようにトワの出自などは話していない。
タンクはトワが今着ているものに視線を向け目を細めた。
「似合っておりますな」
「そうやったら嬉しいなぁ」
白い皮鎧。サイズと色こそ違えどデザインはアレクの赤い皮鎧、タンクの黒い皮鎧と同じものだった。
それは残ったイノシシの皮をつぎ込んでトワが創造したものだった。
作業台のうちのいくつかは創造したもののデザインを変更する事が出来る。服飾台もその一つで、トワは連日画を練っていた。
デザインの変更は出来る。ただ、変更後のデザインが通常の結果から遠くなっていくごとに詳細なイメージ力が必要で、それが足りないと創造しても、もはや『衣服』とは呼べないものになってしまう。
残り少なくなったイノシシ皮をアレクの鎧と同じものにしようと決めていたトワは、確実に創造できる確信が持てるまで、イメージを練り続けた。
確信が持てたのは、アレクとの初めて夜を過した日だった。
本当はおそろいの赤色にしたかったのだが、アレクの皮鎧の赤には国境特務員であるという意味があり、潔く諦めて白色に染めたのだ。白にした理由は材料の問題で染料が赤と白しかなかったからだ。染めなかった場合は皮の地の色になるが、それは他のスピアーズ守護兵隊と被るので、何か嫌だったのである。
ちなみに、タンクの皮鎧の黒は本人の趣味で、何か意味がある訳ではない。
「じゃ、タンクさん。はじめよっか」
「トワ様はおつかれでは? 少し休憩してからでも良いのでは?」
元々タンクが拠点に来たのは、護身用に戦闘術を習いたいというトワの希望によるものだ。
「タンクさん待たせてたし。それにここで暮らしていくうちに、少しは体力ついたし」
この森ではインドア派などと言っていられない。畑である程度自給が可能とは言っても、水やトラップにかかる獣、新たな素材の探求と、トワの森の探索は今も続いている。
そして、それ故に万が一の事態に備え、皮鎧や戦闘術の必要性があった。




