第26話:古代言語
第26話:古代言語
「ふむ、これもよさそうやな」
すでに時刻は夜だった。――もっとも時計がないので、外の明るさで判断するしかなかったが。
トワは豆腐工房にあるカマド付き料理台の前で配置図集を見ていた。
アレクはトワの手作り料理を食べた後に帰っていった。
手作り料理――間違ってはいない。トワが創造したものに違いはない。とっておきかつ希少なイノシシ肉をステーキに創造し、紫コショウをそこに少量まぶしてテーブルに置いたが、アレクは先にだしていたポテトサラダと一緒においしそうに食べてくれた。
紫コショウは実を木の棒を使って手作業で砕いたのだが、砕きかたが甘かったらしく、粒が大きなものが少なからずまじり、トワの予想以上に辛くなり、アレクが食べるのをやめないかヒヤヒヤした。幸い杞憂で済んだようだ。――トワに気をつかっていた可能性もなくはない。
封書のあったすごく怪しい洞窟で採取したガラス綿花の種子を使えば、ガラス瓶入りの調味料各種は作れるようで、その中に紫コショウも配置図もあった。恐らくそれなら均等に細かく砕かれたものになっていたと思われるが、ガラス綿花の種子は全て畑に植えたので手元に残っていなかった。まぁ、緊急の要りようなど想定してなかったので仕方ないが。
トワ自身はあまり食にこだわるほうではなかったので、カマド付き料理台の配置図集に関しては真剣に目を通してこなかったが、畑に植えた作物は多くが一度目の収穫を終えて、配置図に必要な素材はそこそこにある。むしろ、植えて収穫までの期間が短すぎるので、今はよいとしても計画的農業を考えていかないと、保管系アイテムがいくつあっても足りなくなる。
それはさておき。
アレクは数日後にまた来ると約束してくれたので、今度は別の料理でもてなしたい。
そう考えての配置図集調査である。
「うーん、牛乳とか小麦粉とか必要なのが多いなぁ。小麦粉はともかく、牛乳なんてどうやって確保すんのや?」
トワは配置図集を見ながら愚痴る。
先日まで料理台パネルはトワが読めなかった文字でしか表記されていなかった為、配置図も創造によって出来るものも、画でしか判断出来なかった。
だが、今は違う。読めなかったはずの文字が読める。日本語に変わった訳ではない。パネルの言語はあいかわらず読めない文字――古代言語だ。
当然、急に読めるようになったのは理由がある。アレクのおかげである。
アレクの固有能力である言語変換はお互いの言語の壁を取り払う究極の翻訳機ともいえるものだったが、それだけの《力》ではなかった。
彼女自身が知識複写と名付けたそれは、彼女が知っている言語知識を対象に与える事が出来る。
昼間、アレクに自分の能力を説明した際に、パネルの文字に読めないものがあると言ったところ、彼女は興味を持ち何かに書いて欲しいそう言われた。トワは紙に木炭の欠片でいくつかの単語らしきものをパネルを見つつ正確に書き写したのだが、結果としてこの世界で過去に使われていた言葉である、古代言語である事が判明したのだ。
幸いな事にアレクが古代言語をマスターしていた――本人曰くカタコトレベルだそうだが――ので、彼女の固有能力と相まって、ついにパネルの全ての文字が読めるようになったのだ。これは創造の力を十全に使いこなせるようになったと言っても過言ではないだろう。
トワとしては、このような事が出来るアレクをなぜ国は閑職らしいスピアーズに配属したのか理解出来なかった。むろん、トワとしてはありがたい事なのだが。
知識複写の唯一の欠点らしい欠点は、効果が数日しかもたず、しかもその効力に頼れば頼るほど、効果時間が大幅に減少するらしい事だ。
だが、当面の間は数日おきに彼女が来てくれる事になっているので、何も問題はなかった。
ただ、気にかかる事もある。
所持品目録のパネルの所持品欄は日本語。他は古代言語。なぜ混ざっているのか?
そして、古代言語は現在ではどこの国でも使われておらず、過去の文献でのみ存在するものらしいが、それがなぜトワの固有能力に使われているのか?
「神様が使っている言葉が古代言語で、私の固有能力を翻訳しようとしたけど、所持品目録の途中でめんどくなって投げ出したとか」
トワはそれ以上考えるのを止めた。なんか、ありえそうで怖かったからである。
「はい、エスケー」
魔法の呪文で頭をリセットし、別の事を考える事にする。
「他の配置図集も再チェックしたほうがええやろな。いままで推測でしかない配置図とかもあったしな」
古代言語が読めなかった故に、画で判断するしかなかったのだ。実は勘違いだった事は多いにありえる。
それ以上に画で判断出来なかったものも、説明文が読めるようになったので、配置図集でロックされているもの以外はほぼ理解出来るようになったのは大きいだろう。
「ほんと、アレクには頭があがらへんわ」
トワは嘆息して、そしてその表情に若干陰があった。
「気のせい……じゃぁないんやろなぁ」
彼女は親切で誠実。それは疑ってはいない。
ただ、彼女から微かに感じたのだ。
懐かしい気配と――胸を刺す痛み。
この世界に来る前。日本にいた頃に知ったいくつかの感情。
トワのコミュ力の低さも、自称インドア派になったのも全てがそれが発端だった。
「まぁ、なるようになるしかないわな」
信頼していた人間。そして、信頼しようと決めた人間。
――繰り返さない。
そう心に決め、トワは再度配置図集に意識を集中した。




