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サンドボックスな私は豆腐作りに励む  作者: 赤砂多菜
2章:ココロノキズ
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第25話:神秘の文字

第25話:神秘の文字



 恐らく、アレクにしてみればトワの涙の意味を理解出来ていなかったはずだった。それでも彼女は席を立ち、腰についていたポーチからハンカチをとりだして、声も無く流れるトワの涙をそれで拭い、さらには頭を緩く抱きしめる。


「大丈夫です、トワ。私は――私がここにいます」


 皮鎧越しのそれは体温など伝わるはずもなかったが、トワにはとても温かく感じた。





 そして、どれほどの時間が経過しただろうか。

 アレクが離れた時にはトワの涙は止まっていた。そして、その瞳は決意の光に満ちていた。



「あれは――、守護紋はどっかから持ってきたんちゃうねん」

「トワ。無理に話す必要は――」

「聞いて」


 トワは決めたのだ。

 アレクを信じようと。彼女を頼ろうと。

 話さずともアレクはトワを助けてくれるのかも知れない。だけど、それでは彼女からの信頼は得られない。


「守護紋は作ったんや。ドアごと、柵ごと」

「作った?」

「そうや。私の《力》は――固有能力(ギフト)は空間操作やない。同じような事は出来てるのかも知れんけど、それだけやない」


 トワは席をたって、壁に向う。そして、1ブロックを変換(クラッシュ)する。

 唐突に壁に空いた穴、そしてそこに残る、一回り小さなキューブ状の木片。トワはアイテム化した木材を回収し設置(ビルド)で穴を塞ぐ。



 アレクはそれを見て目を見開く。



「今見た通り、私は様々なものを壊して(・・・)、自分が利用出来る資源(リソース)に変換して、好きなところに設置したり加工したり出来る。

 この家(とうふハウス)となり(とうふスタジオ)もこの《力》で作ってん」


 アレクは部屋内を見渡して呟く。


「この家を……ですか?」

「家だけやない。家具も全部や。私がここに来た時は、ここに何もなかったんや。証明が必要やったら実演するで」

「その必要はありません」


 トワの問いかけにアレクは即答した。


「信じます。トワは嘘をつく理由がありません。嘘をつくような子にも見えません。もしも、あなたを疑うのならば、私の目が曇っているに違いありません」



 そして、アレクが目でドアを示す。



「紋様をじっくりみたいので、一度外へでましょうか」

「分かった」


 二人は急ぐでなく、ドアを開けて外に出た。お互いの間に和やかな空気があった。


「トワはこれを守護紋と言いましたが、この紋様のデザインもトワが作ったものですか?」

「違う。確かに加工出来るとは言うたけど、何でもって訳じゃないねん。あらかじめ決まったもんしか作られへん。あくまで私が作ったのは『木の守護紋付きドア』であって、守護紋のパネルを作った訳やあらへん」

「なるほど。柵も同様ですか?」

「そうや」

「私の記憶が正しければ、神秘の文字(ミスティックルーン)にこのようなものがあったかと。ただ、その効果までは覚えてないですが」

神秘の文字(ミスティックルーン)?」

「古代にあったと言われる文明の技術の一つです。文字――紋様自体に力を持たせるといったものです。

 守護紋という言葉がこの紋様の(いみ)であれば、確かに死霊を屠る事も可能でしょう。神秘の文字(ミスティックルーン)はかなり強大な力を秘めた技術ですので」

「死霊はドアに触れようとして死んだん? 壁が通り抜けられるんやったら、わざわざドアに近づかんでも――」

「いえ、守護紋に限った話ではありませんが、神秘の文字(ミスティックルーン)は組み込まれた存在そのものに効果があります。限度はあるでしょうが、ドアにある守護紋であれば、この建物全体を守るはずです」

「え? じゃぁ」


 トワは周囲を見渡した。拠点(セーフエリア)は柵に囲まれており、いくつかの柵には守護紋がついている。

 トワの意を汲んだアレクは頷いた。


「ええ。恐らく、囲まれている事によって守護紋の力は内側に向けられるでしょう。死霊や害意を持つ怪異の類はこの敷地に入る事すら困難でしょう」



 拠点(セーフエリア)の安全を確認でき、トワは胸を撫で下ろす。






 そして、二人は豆腐ハウスに戻った。もっと話し合う為に。

 トワは自分の事と《力》の事を出来るだけアレクに伝えた。

 ただ、自分が異世界の人間である事と、封書の事だけは伏せた。前者は恐らくアレクにもどうにもならない事に思えたし、後者もやはり同様に思えた。下手をすると神様がかかわってる可能性がある分、後者はアレクに無用な迷惑をかける可能性すらある。


 話を聞き終わったアレクは、少し考えてから言った。


「トワの固有能力(ギフト)はかなり特殊と言わざるを得ないです。どの固有能力(ギフト)もある程度の応用性はあるものですが、トワの場合は応用性という言葉では収まりきらない。極めて希少かつ有用。

 空間操作レベルなら、わが国の庇護を受けるのが、トワの為にも良いかと思っていましたが……。むしろ、当面はこの森で暮らすほうが良いでしょう。危険すぎる」

「危険って?」

「わが国に限らず、国家にとって固有能力者(ギフター)は貴重で希少な財産であり、強力な戦力であり、重要な研究対象です」

「うん、そう言ってたよね」

「ここで問題になるのは希少(レア)のレベルです。例えば、私の固有能力(ギフト)である、言語変換(パラレルランゲージ)ですが、固有能力(ギフト)の中でも多い部類です。あくまで似た能力を一括して言語変換(パラレルランゲージ)と名付けているので、多少の個人差はあるのですが。

 少なくとも固有能力者(ギフター)を所有する国家では必ずこの固有能力(ギフト)の持ち主がいると言っていいでしょう。国土が狭く貧弱な国でも1~2人はいます」

「アレクが属してる、えっと――」


 トワが国名を思い出せないのを察して。


「ブレシア王国です。わが国では私の知る限りでも2桁はいますよ」

「うわっ、凄いやん」


 驚くトワの様子にアレクは苦笑していた。


「このブラッドアースの森を国境とした三国はどれも大国ですからね。所属する固有能力者(ギフター)も他国とは桁違いなんですよ。

 まぁ、他にも同様の固有能力(ギフト)の持ち主がいるからこそ、固有能力者(ギフター)でありながら、スピアーズの駐屯部隊に配属される事が許されている訳です」


 アレクは一度そこで言葉を切り、真剣な表情になる。トワもそれを見て表情を固くする。


「私の固有能力(ギフト)ほどではないとしても、他に類する固有能力者(ギフター)がいるのなら問題はなかったのです。実際、空間操作なら王都にいます。

 しかし、トワのそれはあまりにも規格外れ。わが国はもちろん、他国も喉から手が出るほど欲するでしょう。

 そして、過去にも例がないと思われますので、わが国に庇護を求めた場合、確実に研究施設に送られる事になるでしょう。王立学院の固有能力(ギフト)部門か、セラフィ学会か……」

「それって、やばいん?」

「程度の差はあれ、人道に反する行為が行われていると聞きます。そして、それ故に耐えかねた固有能力者(ギフター)が逃亡、もっとマシな扱いをうけられそうな小国家に亡命というのはよく聞かれる話なのです」

「要はSCPとかロボトミーコーポレーション扱いかー」


 いくら、アレクが言語変換(パラレルランゲージ)の所有者であっても、異世界のゲームネタは通じない。彼女が首を傾げているので、トワは慌てて言い直した。


「人体実験の対象って事。それはカンベンやなー」


 トワの言葉にアレクは頷いた。


「私もトワをそんな目にはあわせたくありません。ひとまず、拠点(ここ)は安全が確保出来ていますし、ようすを見る意味でも当分ここで暮らしていただくほうがいいかと。

 幸い、生活に不自由はしていないようですし。……不自由してませんよね?」


 アレクは部屋を見渡して、少し自信なさげに確認する。

 トワは肩を竦め。


「まぁ、最初は独りでここで暮らしていくしかないと思っていたから、《力》――固有能力(ギフト)やったね、それの出来る事を増やしていって、足りないものは森から集めたりしてたし。

 ただ、この森で手に入らない素材とかもあるし、もしアレクのいるスピアーズって村に使えそうなものがあるなら、行ってみたいかも」

「そうですね。ただ、いきなりという訳にもいきませんし、私が村から持ってくる事が出来るものもあるかも知れません。

 しばらくは調整、そしてお互いの事をもう少し話し合う必要があると思います」


 そう言ってアレクは笑顔を見せた。


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