第23話:固有能力者
第23話:固有能力者
とりあえず、立ち話もなんだしという事で、トワは赤い皮鎧の人物。アレクサンドラと名乗った彼女を豆腐ハウスへと招待した。
とりあえず、いきなり魔女狩りという雰囲気ではないし、日本語が通じるという事で、この世界の貴重な情報源でもあった。
これは歓迎するしかない。
豆腐ハウス内にはテーブルとイスが一脚だけがあった。独り暮らしだったので必要がなかったのだ。そして、一脚だけのイスをアレクサンドラに勧める。
彼女は一脚だけなのを訝しげに思ったのだろうが、戸惑いながらも従った。皮鎧はかなり動きやすい構造になっているらしく、彼女の着席を妨げるようすはなかった。
トワは部屋の壁際に設置してある基本作業机に触れ、常時所持品に入っている木材を、『木のイス』に創造し、テーブルを挟んでアレクサンドラの対面に設置。
ついでに基本作業机の隣にある所持品保管箱から、皿に果物類、そして、ポテトサラダを取り出し、テーブルにおいた。最後に木製カップに水を注ぐ。
アレクサンドラの視点からすれば、次々と色々なものが突然現れた事になるが、彼女は軽く目を見開いただけだった。
当然だとトワは思った。これまでトワを監視していた連中と彼女は無関係なはずがない。隠そうにも、トワの生活は《力》が頼りなので使わないわけにはいかない。この程度の事は報告を耳にしているだろう。だからこそ、トワは遠慮なく《力》を使ったのだ。
ただし、《力》の全てを明かすつもりはない。
彼女から悪い雰囲気を感じないが、だからと言ってトワの味方とは限らないからだ。
トワがようやく席につくと、アレクサンドラが口を開いた。コミュ力が雑魚のトワとしてはありがたい。
「空間操作に類する固有能力とお見受けしましたが、一瞬で目的のものを取り出す精度。同レベルの事が出来る人材は、わが国の王立学院や、学会にすらいないでしょう」
「固有能力?」
トワは聞き覚えのない言葉に首を傾げた。そういえば、トワの全ての能力の源たる《力》の呼び名をしらない。あえて言うなら権利?
「自分の異能の呼び名を知らないのですか?」
「いや、知らん何も、気付いたらこの森の中におって、正直なんもかんも分からんのやけど」
「ちょっと、待って下さいっ。あなたは他国からの逃亡者や亡命者ではないのですか!?」
急にアレクサンドラの語気が強くなったのにトワは引きながら。
「い、いや。すくなくとも自分の意思でおった訳じゃなくて、マジで気付いたらここにおってん。右も左も分からんところやから、どこへ行けばわからんかったし、幸い《力》が使えたから生き残れたんやけど、これもこの森に来て初めて使えただけで」
「なるほど、どうやら私は勘違いをしていたようです。申し訳ありません」
アレクサンドラが深く頭を下げて、トワは面食らった。
「え、ちょっ!? なんで謝られなあかんの!!?」
「トワさんの説明通りならご存知なくても無理はないかも知れませんが、この森の名はブラッドアース。領土こそ、わが国であるブレシア王国のものですが、わが国を含め三国の境界に面して、過去幾度と無く激戦が行われた地であり、今ではその三国は停戦協定を結び、この森は非武装地帯となっています」
「……え?」
「民間人が森の資源を活用するならばともかく、一部を除けば軍属の者は立ち入る事は禁じられています。そして三国の、それも強力な固有能力者は多くが軍属です。
それが、非武装地帯にブレシア公用語が通じない固有能力者がいる。しかも、森に居を構えているようす。
これは何らかの事情で所属する国を放棄せざるをえなくなった固有能力者が逃げ隠れているのか、そう思っていたのです」
「あー、なんとなく分かったわ」
トワは額を押さえた。
「つまり、下手をすると国際問題の火種になると思ってたんやね」
「はい、率直に言うとその通りです」
アレクサンドラは恐縮して縮こまった。それを見てトワは自然と笑みがこぼれた。
「気にせんでええって。お互い分からん同士やったんやし。ところで固有能力者って、この《力》の持ち主の事? 固有能力って呼んでいたみたいやけど」
トワは所持品からコノコノの実を出し入れしながら聞いた。アレクサンドラはそれに答える前に、逆に確認してきた。
「トワさんの国ではその《力》の持ち主はいなかったんですか?」
「私の知る限りはおらへんかった……はず。国の隅々まで知ってるわけじゃないから、私が知らへんだけかもやけど」
「一般的に固有能力が知られていない国。確かに遠方にはそういった国があると、国をまたいで広く商う行商人から聞いた事があります」
「確かに、遠いかもなぁ」
何せ、この世界からみたら地球は異世界と思われる。遠いどころの話だからではない。もっとも異世界云々についてはトワはアレクサンドラに告げるつもりはなかった。話がややこしくなりそうだったからだ。
「そうですか。固有能力というのは、このテンパランスを治めし神より選ばれし人々に与えられる奇跡の力。実際のところはどうか分かりませんが、人という器を超越した《力》を一般的に固有能力と呼び、その所有者を固有能力者と呼んでいます」
「神……ねぇ」
「まぁ、あくまで一般的な諸説って事です」
アレクサンドラにとっては諸説であっても、トワにとってはそうではない。
トワの《力》。アレクサンドラの言うところの固有能力は、トワを選んだ存在から与えられたものだ。もし、アレクサンドラの説が本当なら、封書の相手は神様という事になる。
たまったものではないと、トワは思った。
「それで、トワさんが気付いたらこの森にいたという事ですが」
「原因は分からんで」
犯人、神様説が出て来たが、証明するものは何もない。
「いえ、何者かの悪意にしてもただこの森に放置するだけというのも無意味ですし。あくまで可能性として聞いて欲しいのですが、どこかの国の研究機関のトラブルに巻き込まれた可能性がありえます」
どういったトラブルがあれば、こんな無茶な状況になりうるのか? トワの疑問が表情に出ていたのだろう。アレクサンドラが続ける。
「トワさんの国のように固有能力者がいないような特殊な例はともかく、基本的にどの国でも、固有能力者は国の貴重で希少な財産であり、強力な戦力であり、重要な研究対象でもあります。わが国もそうです。
そして、研究機関が行う実験による固有能力の暴走事件は、どの国でも噂レベルで聞かれます。
トワさんのような空間操作の固有能力が暴走した結果、遠方の国の住人がこの森に転移させられた。可能性としては限りなく低いとしてもゼロではないと思われます」
アレクサンドラの真剣な表情に、トワは少し胸が痛んだ。すでに封書の主が犯人だとは分かっていたから。
気まずさからトワは自分から話題を変えた。
「ところでなんであんた――と、アレクサンドラさんは日本語が喋れるんや? もしかして日本語が通じる地域とかあるん?」
「アレクで結構ですよ。それで、恐らくトワさんの国の言葉なんでしょうが、私は日本語という言葉を話していませんよ。ずっとブレシア公用語で会話してます」
トワはアレクが言っている意味が理解出来なかった。現にこうして会話しているではないか。そして、またしてもトワの疑問を表情から読み取ったアレクが続ける。
「私も固有能力者なんですよ。所有する固有能力は言語変換。見知らぬ言語を自分や相手の知識に照らしあわせ理解出来る言語に置き換えるのが主能力です」




