第18話:手探り農業
第18話:手探り農業
トワのこの世界での安寧の地である拠点。
この世界に来た日に家が一丁。それはすぐに二丁の建物になった。
そして、今ではさらに変化が起きていた。
まず、目を引くのは木の柵。それが豆腐ハウス、豆腐工房を一つのエリアとして正方形に囲っている。柵は数箇所空いているところがあるが、そこから出入りするわけである。
そして、取り囲む柵のあちこちには石のパネルがはめ込まれている。
『木の守護紋突きの柵』
ドアのものと同じ効果があると思われる。
拠点の敷地は基本的に赤土だが、石材の通路も出来ている。通路は2丁の建物をつなぎ、さらには柵の空きを抜けて各方向の森へと続いている。
そして、建物、赤土、微妙に雑草の生えた赤土、石材の通路。拠点を構成するそれらに新しい要素が加えられようとしていた。
「『装備』」
トワの左手に現れたのはクワだった。柄は木製で刃床部は石製。アイテム名は『石のクワ』。ちなみに木製部分と石製部分がどうやってくっついているかは、トワにも不明だった。結んでいる訳でもなく、はめ込んでいる訳でもなく、溶接のように継ぎ目がある訳でもなく、きれいにくっついていた。
とりあえず、使えれば問題ないので、トワはその辺は深く追求しなかった。いちいち、おかしな事に突っ込んでいては、ウォシュレットなど受け入れられない。
ところで、なぜクワなのか。現在の地球では多くがトラクターにとって変わられているが、それでも貧しい地域や趣味で農業している方々には現役アイテムである。
サンドボックス系ゲームでも農業要素があるタイトルではわりとポピュラーで、大体において畑を作る為の道具とされている。
「とりえず、よっと」
トワがクワの刃先を赤土に突き立てる。返ってくる感覚と共に目測で1ブロックの赤土の色と質感が変化した。赤茶が薄茶に、平ら地面が凸凹になり、見た目も柔らかそうな土質になったように見える。
道具の効果は成功に見えたが、返ってきた感覚にトワは眉を潜めた。『耕した』というよりも『置き換え』という感じだったからだ。
トワは空いていた右手を、『畑』となったブロックの真横に向ける。
この世界に来た当初は触れた物体しか変換できなかったが、今ではある程度距離があっても発動する事が出来た。土の変換強化アイテムと思われる『シャベル』の配置図も判明していたが、石材ほど変換に時間がかからない事から必要性を感じなかったので作っていない。いつか、大規模整地する時が来たら出番があるかもしれない。
そして、アイテム化した赤土を収集しつつ、真横から『畑』を覗き込む。
「赤土じゃないやん」
トワの言葉通り、表面だけでなく1ブロックが丸々赤土から違う土質に変化していた。
気になったトワは調べてみる事にした。
せっかく作った『畑』を変換し、名前を調べるために収集する。
トワは名前も『畑』になるのではと思ったが、所持品目録にある名称は『土』だった。そう、ただの『土』。
「赤土のままじゃ『畑』にできないって事なんかな?」
トワは首を傾げるが、そもそも赤土はコンパスの材料や、水がめのような陶器の材料にもなっている。色々な成分が混ざってそうで、その点だけでも農業にむいた土ではないだろう。
むしろ――。
「赤土って、結構特殊? 希少な土ってやつ?」
希少な素材の可能性はあるが、希土類は単に希少な土ではなく、特定の元素を示す言葉だ。ちなみに希少金属も同様の意味合いを持つ。ちなみにレイアースだと魔法騎士だ。
トワは作業を中断し、まず普通の土を集めてこようかと考えたが、拠点のむき出しの地面は赤土だし、表面だけでなくその下も赤土だろう。不足する事はそうないように思えた。
畑のサイズが広くなれば、ただの土の調達も考えたほうがいいだろうが、今回は実験的に小さな畑エリアを作るだけのつもりである。
土の調達地も目処はある。採石場の断層。下層が岩だった壁面の上層が土と同じような色だった。恐らく同じものだろう。他にも土の種類があるかも知れない。
トワは今後の探索では調査に土質のチェックも含める事した。
そして、結局トワは5×5ブロック分の畑を作った。
畑は出来た。畑だけは。感覚が足りないと継げている。
トワは軽くため息をつく。予想された事態ではあった。ただ、予想が外れて欲しかったという思いもあったが。
ゲームの中で農業の要素があるタイトルでも畑の仕様はバラバラであった。
畑を作るだけで植える農作物を選べるもの、種が必要なもの、水や肥料が必要なもの、太陽光の加減、中には温度管理が必要なものもあった。
トワはクワを通して畑に感覚を送る。《力》によって作った畑だ、足りないものも《力》が関わっている可能性が高い。ならば、これまで《力》から能力を引き出してきたこの感覚に頼るべきだろう。そう考えた。
そしてお馴染みのパネルが現れた。
「たぶん、種やな。他はオプション的な何かやろうな」
畑パネルは日本語では無い方の文字だったが、1マスと1×4マスの枠があり、それぞれにアイコンがついている。
1マスの方は分かりやすく、発芽して双葉をだしている種。1×4は桶らしきものから何かを出していたり、泥のようなものだったり、いまいち何を意味いているのかわからないのが数個描かれていた。
とりあえず、種については想定範囲内だったので用意はしていた。『クロスベリーの種』である。クロスベリーの実から創造する事で作れる。
一応、実そのものに種は含まれていたが、かなり小さく、トワは取り除くのが面倒なので果肉と一緒に飲み込んでしまっていた。
他にも探索の過程でいくつか自生している農作物を見つけている。ただ、数が少なかったので食べるのも気が引けた。自生に任せるだけでなく、植えて増やす事が出来れば。それが、この畑作りとなった発端だ。
実験の為、まずクロスベリーで試して、うまくいくようだったら、他の農作物も試していくつもりだ。クロスベリーなら失敗しても集めるのが楽からである。その意味ではコノコノの実も候補であったが、さすがに木ともなると年単位の時間がかかりかねないと、スルーした。
畑パネルの種枠に15個のクロスベリーの種をセットすると、枠内の種の画はすぐに消え、その下にクロスベリーの成長した画が表示された。
どうやら『植える』のに成功したらしい。
1×4の枠も気にはなったが、現状では何を入れればわからなかったので、放置するしかなかった。
後は待つばかりだ。収穫出来るまで待つのは気が長すぎるので、とりあえず芽が出た時点で他の農作物も植えるつもりだった。
もっとも、芽が出るまでもどれくらいかかるか分かったものではなかったが。
そして、翌日。
「いくらなんでも、早すぎやろっ、あんたらっ!!」
畑からチョコンと飛び出した芽に対して突っ込むトワの声が響いた。




