第16話:せせらぎ
第16話:せせらぎ
「『変換』、『収集』」
森に入って、あっさりとツタは見つかった。というよりも、注意を払ってなかっただけであちこちの木に絡みついていた。藪に絡んでいるものもあった。
木に絡んでいるというだけで、木とは別の存在である為、変換しても木そのものには影響がなかった。ただ、木を変換した時と同じように、一部分ではなく、ツタ全体がアイテム化された。
所持品目録で名称を確認すると『丈夫なツタ』となっていた。『丈夫でないツタ』もあるのかなと、トワは首を傾げた。
ともあれ、ツタ集めは想定以上にスムーズに進んだ。
ツタ集めが順調であった為、クロスベリー自生地の崖に作った階段を下るのはかなり早い時間になった。
石材確保の時間を考えても、まだ何か出来る時間は作れそうだ。それに、石材を掘る時間も昨日よりはるかに短縮されているはずである。何故ならば――。
「『装備』!」
トワの左手に現れたのはツルハシだ。それも昨日の『木のツルハシ』ではなく『石のツルハシ』だ。サンドボックス系のゲームでは道具の素材が作業効率に影響するのはお約束である。
「あっと、その前に。『目印[採石場]』、『装備』」
今度は右手に一枚の紙が現れる。拭き取り紙ではなく、もっとごわごわした質感のものだ。
トワはその紙に視線を落とす。そこには拠点から、今命名した『採石場』のここに至るまでの道のりを簡素化した画が描かれていた。さらには小さな正方形が採石場に、他にも×マークがいくつかあった。そこに描かれているのは、トワが歩んだ道のりだけで、それ以外は空白であった。
これはコンパスと『厚紙』から創造した『書き込み地図』。
正方形は現在地、×は目印を示している。さらに右上にコンパスの画があり、トワが向きを変えると画の針の向きも変わる。コンパスの機能も併せ持っているのだ。
トワが探索した部分しか地図化されないが、逆に未探索部分が空白なので分かりやすい。
かなりの便利道具だが、唯一の欠点が描画倍率を決めてからでないと機能を有効化出来ず、機能が有効になった時点で倍率変更不可。もし地図が全て埋まってしまったら、新しい『書き込み地図』が必要になる事だろう。
またトワが道具に分類しているアイテムはスタックしないものがほとんどで、所持品目録の1マスを1個のアイテムで埋めてしまうが、『書き込み地図』もそれにあたり、所持品枠の空きを考えると何枚も持ち歩くには向かないものであった。
まぁ、その事に対する対策が必要になるのはまだまだ先の話で、今は一枚の地図すら埋まっていないのだが。
「うぉぉ!?」
トワはツルハシを崖の壁面に突きつけ、伝わってきた感覚に驚きと歓喜の混ざった声を上げた。
一度でこそ変換には至らなかったものの、そこに蓄積されたエネルギーは7~8割ほど。次で確実に変換が発動する。
木のツルハシの場合、変換させるには3~4回壁に突き立てなければならなかった事を考えると、手間は半減近くになる。
「やはり、道具はなるべく良いものを使うべきやな。品質の概念はあるんかな?」
サンドボックス系ゲームにおいて、道具の効率を左右するのは材料と品質だ。前者は説明するまでもないが、後者は例え同じ材料を使っても、品質の優劣で能力が上下するものだ。
サンドボックス系なら必ず存在する概念という訳ではない。また道具の品質を左右するのはスキルやレベルであったり、運であったり、エンチャントしたりと様々だ。
ただ、現在のトワが把握している限り、品質を示す要素は見当たらない。
「まぁ、まだこの世界に来てして間もないし、知らへんだけの可能性もあるし。あるんやったら、そのうちわかるやろ」
とりあえず、今この場で悩む事でもないので、トワはしばらく無心でツルハシを振るい続けた。
予想通り石材回収も早く終え、クロスベリーの実もほどほどに摘んで、地図の未探索部分を埋めている最中だった。
その音を耳に捕らえた時、トワは走り出した。
「まさかっ!?」
背の高い雑草に足をとられて転びそうになりながらも、音の元へ一直線にトワは走った。その音にはそれだけの価値があった。
「やぁっほぉぉ! 水ゲットやぁ!!」
それを見て歓声上げた。木々が開けた先は川だった。いや、川というには細く流れもゆったりしているので沢と言うべきか。トワが聞きつけた水音は涼やかで、付近は静寂につつまれていたが、歓声がそれを打ち破ったせいか上流のほうで何かが派手に動いた。
先日のイノシシの件があったのでトワは慌てて身構えたが、石の剣を取り出す前に相手は茂みの奥へと姿を消していた。
それは数匹のシカだった。あのイノシシのようはサイズではなく、奈良のシカと同じくらいのサイズであった。もっとも、奈良のシカはヒトの歓声程度で引くような細い神経の持ち主ではなく、どこまでもシカせんべいを要求し、拒否すると服を噛むような輩だが。
観光地なんだし、鹿のしつけも必要なのではなかろうか。
それはさておき。
「水場が見つかったんは嬉しいけど、他の動物も飲みに来て当然やろうな」
動物が飲めるのなら、まず人間も飲めるだろうが、逆に危険な動物が来る事もありうる。
「ちょっと、何か考えへんといかんか。『目印[水場]』」
目印を設定してからまず沢の水に変換を試みる。なんの感覚も返って来なかった。
「さすがに液体は無理か。まぁゲームでも汲むのが基本やもんな」
トワはその場で基本作業机を創造し、設置する。
予め、川や湖など水を確保出来る場所を見つけた場合の手順は考えていた。
「『装備』!」
左手に現れたのは創造したばかりの『空の水桶』だった。
水桶の内部には、計量器の目盛りを思わせる溝がいくつも彫られていた。
「たぶん、この一番上の線まで汲むんやろな」
トワは沢に水桶をくぐらせる。そして、持ち上げようとして計算外の事が起こった。
「お、重い」
なんという非力。トワは水の入った水桶を持ち上げられなかったのだ。
やむなく、沢の中のままの水桶を収集する。水桶は所持品に戻ったが、名称が『満杯の水桶』に変わっていた。もしこれで無理だったら、ひしゃくを創造して、小分けで汲むしかなかっただろう。
「水桶はスタック出来へんから、あんまり多く持ち運びは無理やなぁ」
贅沢な話である。
昔は天秤棒をかついで水桶で水を運び、瓶に水を溜めて生活用水に使っていたのである。所持品に入れれば、重さを無視して持ち運べるトワの《力》は十分にチート級であった。
もっともこの世界の生活水準や技術水準は相変わらず誰とも出会えないので不明ではあるのだが。
一度に大量に運ぶのが難しいため、トワは所持品目録の空き枠を全て満杯の水桶で埋めて、拠点に戻る事にした。