第15話:恐怖の残骸
第15話:恐怖の残骸
気付けば朝を向えていた。そして、トワはいつの間にか自分が寝ていた事に驚いていた。前日が徹夜に近く、昼間の改築作業をロクに休まずに進めたのも響いたのだろう。
簡易ベッドの上に倒れ込むような体勢だったのは、固い床ではなく少しでも柔らかさを無意識に求めたのだろうか。
何はともあれ、これで危機をやり過ごせたようだ。しかし、二日続けて命の危険である。この先の事を考えて思わず嘆息するトワであった。
「なんや、これ?」
朝食を済ませ、用を足したトワは、豆腐工房に向おうとしてドアを開けると、白い砂のようなものが地面にうずたかく積もっている事に気付いた。一見すると、盛り塩の特盛りのような感じだった。
ドアを閉めて近づいてみると、それは塩というよりも灰のようであったが、質量があるようで少々の風では散る様子もない。
トワはまず、おっかなびっくりな感じで靴先で感触と安全性を確かめてから、手で触れてみる。
触れたとたん、背筋に微かな嫌悪感が走った。
「まさか……」
思いついたモノと灰のようなものの関連性。それを調べる方法は……。
「……もしかして、これって収集可能なん?」
インベントリパネルの装備一覧。手に持っているものを表す枠に、この灰のようなものらしき画が埋まっていた。
そこに表示されるという事は所持品に入れる事も可能なはず。
トワは思い切って実行に移す。
「『収集』!」
灰のようなものは消え、所持品目録に加えられた。
「『死霊の残骸』? やっぱり、これ……」
かすれた声でインベントリパネルに表示されている日本語名を読み上げ、やはりとトワは予想が正しかった事を知る。
死霊の残骸は昨晩のヒトでないモノの成れの果てなのだ。
ただ、疑問も残る。
「何故、こんなもんが豆腐ハウスのすぐ前にあんの?」
死霊は夜に現れ、夜が明けると共にいなくなる。それは想像に難くない。帰る場所があるのか、消滅するのかまではわからないが。
ただ、この世界に来て丸二日、今日で三日目になる。なのに昨日まで森で死霊の灰など見かけなかった。
もし、死霊が朝日を浴びると死ぬというのであれば、ここに死霊の灰があっても不思議ではない。だが、そうであるならば毎朝死霊の灰が発生する訳で、サンドボックス系ゲームのように、トワがこの世界に来た日にこの世界が生成されたというのでなければ、昨日、一昨日、と過去の日々から朝と夜が繰り返されて、その度に死霊の灰が発生していたはずである。
もしも、そうであるならば一つ二つは見かけているだろう。
この場所で死霊に何かあった。そう考えた方が辻褄が合う気がした。
そして、トワは思い返す。昨夜、ドアを閉めた後に聞こえた破裂音。そして、その後に死霊の気配が消えた。
トワは豆腐ハウスのドアを見た。
木製のドアにはめられた四角の石のパネル。そこに掘られた青白く明滅する紋様。
このドアの名前は、『木の守護紋付きドア』。
「守護紋……守護?」
まだ確定ではない。確かめるには昨晩と同じ状況を作る必要があり、トワはそんなものはゴメンであった。
この『木の守護紋付きドア』は守護の力を意識して設置した訳ではなかった。だが、どうやらこれにより、この豆腐ハウスは本当の意味での安全な家となったようだった。
所持品に入った死霊の灰をどうしようか迷ったが、豆腐工房の所持品保管箱に入れる事にした。少し気味が悪かったが、何かの材料になる可能性もある。
配置図集で確認したかったが、作業台の数が増えて、その分だけ配置図集も増え、たった一つの素材の為に全部調べるのは効率が悪かった。
それに今日は今日でやる事、やりたい事があったので、それはまた後日に回す事にした。
豆腐工房に入ったトワは、死霊の灰を所持品保管箱に入れてから、狩猟作業机の配置図集の目的のページを開く。
狩猟パネルは、基本作業机のクラフトパネルとほぼ同じ構成となっている。同じ構成なら分ける意味はあるのかと疑問に思わないでもなかったが、配置図集が分散され目的別に調べる事が出来るのはありがたかったし、そもそもゲームでもそんな感じなのも少なくなかった。
「やっぱり、これはツタ……やんなぁ」
狩猟パネルの配置図集。トワが見ているページはロープを使って獲物を宙吊りにするタイプのトラップだ。
トワの言葉通り、ページ内の配置図には植物のツタに見える画がある。他にもほぼ同じ配置図でツタではなく、ロープそのものを使うものもあったが、ロープの創造に必要な糸の作り方がわからない為不可だった。
他の種類のトラップにはトラバサミもあったが、どう見ても金属製。鉱石入手の目処はたっていないし、材料も作り方がわからないものばかりだったので、当分作るのは無理そうだ。
トラップこそ、トワにも出来そうな肉と皮を得る手段だった。
森の適当な場所に設置すれば、後は待つだけ。特に必要なスキルもない。問題があるとすれば、かかるかどうか運次第といったところだが、それは設置数で補えばいいだろう。少なくとも、今から狩りのスキルを身につけるなどという無茶よりは現実味がある。
「ツタなら木に巻きついてんの見かけたけど……。あれを変換出来ればいいんやけど」
とりあえずは試してみるしかない。
今日の予定はツタ探し、そして見つかる見つからないに関わらず石材の補充にある程度時間を割く。もし時間的な猶予があれば、他の資源回収と森の未探索部分を埋める。
何かトラブルが起きたら、臨機応変で。
最後の方針が投げやりだったが、一日の計画を頭においてトワは今日の探索へと向った。