第14話:ヒトではないモノ
第14話:ヒトではないモノ
「奥はちょっと暗いなぁ。せめて後一本トーチを作っとけば良かった」
独りごちるトワ。
トワの言葉通り、出入り口のトーチの明かりは部屋全体に届いてこそいるが、広く改築した為に玄関から対角側の部屋のスミは薄暗く、やや不気味だった。
ちなみに作ったトーチは二つだが、一つはトイレの個室内だ。トワは真っ暗な中で用を足したくなかった。
基本作業机は豆腐ハウスと豆腐工房の両方に設置してあるのでたいていのものは創造出来るが、トーチの配置図に必要な木炭が所持品になかった。
木炭を作る作業台であるカマド付き調理台だが、料理が主機能の為か、木炭の生成に時間がかかるのだ。結局、木炭が二つ出来た時点で取り出し、そのまま調理台パネルに木材だけをセットした状態で放置している。そして、その二つの木炭を元に二つのトーチを創造したのだ。
今もカマド付き調理台は木炭を生成しているだろう。
豆腐工房は石造りとはいえ、木製のアイテムもいくつか設置してある。当初はカマド付き調理台が火元となって火事にならないかと不安になったが、それは杞憂だった。
不安を解消する為に木炭生成中で火を放っているカマド付き調理台のカマドの中に木の棒を入れてみたのだ。その時、木の棒を通して流れてきた感覚で分かったのだが、燃やすか燃やさないかを選択出来るのだ。そして、選択を保留している間は木の棒は燃えなかった。燃やす意思を示すととたんに木の棒は燃え上がって、トワは慌てて木の棒から手を離す事になったのだ。
そして、それによってもう一つ分かったのが、やはり単に木材系のアイテムを燃やしたところで『木炭』にはならない事だ。
燃え尽きた木の棒に対して収集してみたが、所持品に入らなかったのだ。
カマド付き調理台だけでなくトーチも同じ仕様であり、恐らくは創造で作るアイテムで火を扱うもの全般に対する共通仕様ではないかとトワは推測している。
結果としてむき出しの炎を放つトーチを室内で使っても安心であった。その意味では豆腐ハウスと豆腐工房の素材を分ける必要はなかった事になるが、それは結果論だろう。
「もう、いくつか木炭出来てるやろうし、取りにいこうか」
ここで寝て、明日回収するという選択肢もあったが、トワには奥の暗さが気になって仕方がなかった。
日本にいた頃も寝るとき、蛍光灯は消すのではなく常夜灯にするタイプだ。
実はトワはホラー耐性ゼロであった。
トワがこれまでプレイしてきたタイトルで、ゾンビが主な敵のサバイバル&サンドボックスゲーム、7DaysToDieでは平気でプレイ出来ていた。描画が3Dでリアル志向のグラフィックであったが、あくまで敵として出てくるから平気だったのだ。
ちなみに、ゲームはゲームでもホラーを前面に出したタイトル。静岡シリーズを、罰ゲームとして友人宅でプレイさせられた事があったが、かなり序盤で土下座をして許しを乞うという屈辱的な記憶があった。
「よしっ、『変換』、『装備』」
玄関のトーチを手に持ち、外に出る。月明かりがあるとはいえ、闇の深さは日本にいた頃とは質が違った。
トワは一瞬外に出た事を後悔したが、突っ立っていても仕方ないので豆腐工房へと足早に歩く。隣とはいえ、今後の拡張も考慮して2棟の距離は少し離れているのだ。
トワは豆腐工房に到着しドアを開けようとして、『石の守護紋付きドア』にはめられているパネル、そこに掘られた紋様の光の明滅が強くなっているように感じた。
豆腐ハウスを出る時には気付かなかったが、もしかして『木の守護紋付きドア』も同様であったのかも知れない。
少し、気にはなったが考えても何も分からなかったので、そのまま豆腐工房に入っていった。
豆腐工房内はトーチがなくても、部屋が明るかった。カマド付き調理台内の炎が光源になっていたからだ。
「……という事は燃料がまだ残ってるって事やんな。スピード調整でけへんのかなぁ」
少し愚痴をたれつつ、トワはカマド付き調理台に手を触れる。
調理台パネルが現れる。調理台パネルのアイテム配置枠は、3×3の料理素材、1×3の燃料、1マスの料理、1マスの木炭によって構成されていた。
カマド付き調理台の使い方は、まず燃料を設置しそれを燃焼している間だけ料理が出来る――らしい。らしいという表現になるのはトワが一度としてカマド付き調理台で料理をした事がないからだ。
コノコノの実とクロスベリーの実は生で食べられるし、イノシシの肉は配置図集にステーキか焼肉らしき画があったが、2点気にかかることがあった。
まず、イノシシの肉が今後手に入らないであろう事。もう一つは調味料がない事だ。
単に肉の入手だけならなんとかなりそうだった。作業台の中に狩猟作業机というものがあり、その配置図集の中に、トワでも使えそうなものがあったのだ。
しかし、それが通用するのは小型動物がせいぜいで、例え標準サイズであってもイノシシは厳しかった。弓と矢の配置図もあったが、狩りなどトワに行えそうにない。
そして、トワがプレイしたゲームの中には、ネズミの肉やトカゲの肉といったものも食べられるタイトルがあった。
その意味もあってイノシシの肉を安易に使用するのは避けたかった。
今後、ネズミやトカゲの肉を食べていかなければならないかも知れないのだ。
ならば、まだまっとうと言えるイノシシの肉くらいはおいしく食べたい。それがトワの切なる願いであった。
出来ている分の木炭を回収して、所持品保管箱から木の棒を取り出して、トーチを数本創造した。
そして、創造したトーチのうち、一本だけを所持品に、残りは余った木炭と一緒に所持品保管箱に入れた。
「じゃ、戻ろうか」
豆腐工房を出て、豆腐ハウスまでのわずかな距離。
トワは唐突に足を止めた。いや、自分の意思で止まった訳ではなく、背後から感じる壮絶な怖気に足が凍りついたのである。
なぜ失念していたとトワは悔いた。
いる。アレがいる。背後にいる。昨日窓から木々の隙間に見えたモノが、にじりよってきているのを感じた。
豆腐ハウスはセーフハウスの役割もあったはずなのに。トワはうかつにも外に出てしまった。あるいは昼間のイノシシとの命をかけたやり取りで危機感が若干麻痺していたのかも知れない。
それはゆっくりと、しかし確実に距離を縮める。
トワの足は動かない。
このままでは、アレがたどり着いてしまう。
足が震える、歯の根があわずカチカチと音を立てる。恐怖と嫌悪感で心臓が締め付けられるようだ。
だが……。
このままやったら、確実に殺される。
トワは震える歯をこらえて、唇を強くかみ締めた。口の中に血の味が広がり、一瞬だけ自らを縛る拘束が緩んだ気がした。
「動け!!!」
自らに叱咤し、トワは駆けた。一度動き出した体は急発進した負担に骨と筋肉をきしませながらも、忠実にトワの意思に従った。
豆腐ハウスに入る瞬間、トワの視界にソレは映った。
形で言うなら、それはヒトに近かった。ゾンビのように肉体が腐っている訳でも、幽霊のように肉体が透けている訳でもない。
それでもなおソレはヒトではなかった。
だらりと下げた両腕、地面をすりながら歩く両足。傾げるように斜めの顔。
どこがヒトと違うのか、そう問われたなら、トワはこう返答しただろう。
『全てや!!』
人間としての本能が、ソレの存在を否定する。
トワは豆腐ハウスに駆け込むとドアを勢いよく閉めてかんぬきをかけた。
そして、祈った。中に入ってきませんようにと。
しばらくして乾いた破裂音が聞こえた。
トワはアレが何かしたのかと、体を震わせた。
しかし、その後何も起こらず、アレの気配も感じない。
去った?
だが、トワにはドアをあけて確認する事も、窓から見る勇気もなかった。




