第13話:大でも小でもどんと来い
第13話:大でも小でもどんと来い
「うーん。これはアリなんやろか」
トワは悩ましげに額を押さえた。
リフォームされた豆腐ハウス。その中には狭い小部屋が新たに作られている。『木の簡素なドア』は開きっぱなしで、小部屋の中にあるものの存在を遮らない。それは洋式便器であった。
つまり、小部屋はトイレなのだ。
まぁ、石材を求めていた理由の一つが配置図集に便器の存在があったからなのだが。だからと言って機能までは求めていなかった。というか、求めるほうに無理がある。配置図に必要なのは石材だけなのだ。だから、せいぜいガワだけだろうと思っていたのだが。
それを創造して、所持品目録で名前を確認した時、トワはあまりの事に硬直した。
『ウォシュレット』
何度見てもそうとしか読めなかった。日本のトワの家にもあった。
名前だけかと思って、すでに作ってあった小部屋に設置した。
本来であれば、その前に木材の床をはずし、その下の地面も変換し、縦にしたクォーターブロックを穴の入り口の壁面に貼り付け、結果狭い穴となったところに便器を乗せるつもりであった。
だが、トワは動揺のあまり木の床をそのままに設置していまったのだ。そして、さらに『ウォシュレット』はトワを混乱におとしいれた。
フタを上げると、そこには水が張ってあったのだ。しかも、その奥に穴は続いている。
便器に触れている手から感覚が流れてくる。 所持品保管箱のようなパネルこそ表示されないが、日本で使っていたものと、ほぼ同様の事が可能のようだ。
試しに水を流してみると、張られていた水が渦を巻いて奥へとながれ、便器の縁の内側から新たな水が補充されていく。
えーと、この下はただの木材やけど、この水はどこへ流れてんの? そして、どっから水を持ってきてんの?
ウォシュレットって、確かTOTOって会社の登録商標やんな? え? なに? この世界のどっかにTOTOの支店とか営業所あるのん?
ゲーム経験豊富なトワをもってしても、ウォシュレットを作った経験はなかった。
時間にして十分近くトワはぶつぶつとなにやら呟いていたが、唐突に晴れやかな表情になり、回れ右をして、小部屋のドアを閉めた。
「うん。これでトイレ問題は解決やな」
理解の許容量を超えたため、考えるのを放棄したらしい。
まぁ、実際のところ。大であれ、小であれ、欲求が来てからでは遅いので、素直にありがたがるのが正解なのだろう。
後は紙だが、これは『木材』、『木の棒』、『木の破片』と段階的に創造していく事でたどり着く事が出来た。ただ、こちらはさすがにロール状ではなく、一枚が三角に折りたたまれた柔らかな感触の紙だった。名称もトイレットペーパーではなく『拭き取り紙』だった。水に溶けるかどうか問題だったが、クロスベリーの実を潰した汁で試してみたが、問題なさそうだった。
紙にも数種類があったが、日本にあったそれの代用品として使えそうなのは『拭き取り紙』ぐらいであった。
その他の紙の使い道はおいおい考えるつもりである。
具体的な時間はともかく、今は夜。窓の外は真っ暗であるが、部屋の中は明るかった。少なくとも昨日の月明かりだけの状態とは雲泥の差である。
その明かりの源は、出入り口のドア近くの壁に対して斜めに取り付けられているトーチである。
豆腐工房のほうに設置したものに『カマド付き調理台』がある。基本作業机のような作業台タイプのアイテムで、主な機能は料理だが、木材や、『木の棒』、『木のクォーターブロック』といった木材からの派生アイテムを木炭に変える事が出来る。より正確にはカマド付き調理台は木材かその派生アイテムを燃やす事によって、本来の機能である料理が出来るのであって、燃料となった木材系アイテムが木炭に変わるのはおまけ的な機能のようである。もちろん、必ず料理しなければならない訳ではなく、木炭のみを作る事も可能だった。
他にはカマド付き調理台にも、基本作業机のような配置図集があり、炊事能力ゼロのトワにはありがたかった。
現在、豆腐工房にある作業台は基本作業机とカマドの二つだけだ。他の作業台も基本作業机の配置図集に載っていたが、残念ながら石材が足りなくなったのだ。
明日にでもまた石材を確保に向うつもりだった。
木炭と木の棒からクラフトした『木炭のトーチ』だが、トワの思っていたものとかなり違っていた。さすがにウォシュレット程の反則アイテムではなかったが、どうもこちらも高機能アイテムらしかった。
見てくれは燃えているし、手を近づけるとちゃんと熱いのだが、燃えていない部分に手を触れると感覚で点火、消火をコントロール出来るのだ。それにどうやらいくら燃えてもトーチは消耗しないようなのだ。
点火、消火のコントロールはともかく、サンドボックス系ゲームのトーチの類は確かにいつまでも消えないものも多い。
やはりこの《力》はゲームの仕様を模倣しているように思えたが、トワはあえてその点については考えない事にした。
なぜ、この世界に来たのかわからないし、日本に帰れるかもわからない。自分以外の人間もいない。
頼れるのは《力》のみなのだ。《力》についての『何故?』を考えるくらいなら、《力》のより有効な使い方や感覚で新たな能力を探り当てた方がよっぽど有益だと。そうトワは考えたのだ。
中学二年にしては達観しすぎているきらいはある。が、それは生きる事が義務とこの世界に来る前から考えていた、トワの心根に宿る想い故だった。