初めまして
「あ……な、なるほど……わかりました」
(つまりこの子は奴隷を産む係ってわけね……。まあ、女がいなければ奴隷が作れないわけだしある意味当たり前だよな……)
お互いが黙ったままの気まずい雰囲気だったが雄二は不思議と前ほど悪い気はしなかった。
少女は雄二に命令を下せるほど偉くないし、見ず知らずの雄二にも優しくしてくれた。それが分かっただけでも心を落ち着かせるのには十分だ。
「そ、そういうわけで……私はあなたと一緒です。ですから畏まったり下手に出る必要はありません。……あと、もしよかったら……」
少女は手をモジモジさせたり服の裾を軽く引っ張って皺を伸ばしたりしながら戸惑いがちに呟く。
「仲良くしてもらえたら……その」
雄二は少女の顔をじっと見る。男の奴隷の中では女というだけで浮くし、恐怖の対象としても見られているのかもしれない。少女と呼ぶべき年齢でそんな針のむしろにいるならば友達もおらず孤独だったに違いない。だからそんな願いを口に出したのだろう。
だが、その申し出は雄二としてもかなり有難い。右も左もわからないままこの世界で暮らしていくのは辛い上に元の世界に帰る方法も探さねばならない。だから少しでも人との繋がりを持っておくべきだ。
そうした考えを巡らせているとふとある事に気付いて自嘲気味に雄二は笑った。
(夢にまで見た異世界転移をしたのになぁ……。まあ、こんな糞な世界だとは思わなかったし仕方ないよな)
街中でいきなり首を絞められ挙句、鞭を打たれた。この時点でもう帰りたいと思っていたのに男は女に絶対服従ときた。こんな異世界に居たいと思うわけがない。
いきなり笑ったせいか少女はなぜか悲しそうな顔をしていたので雄二は慌てて思考を切り替えて話しかける。
「もちろんです。こちらからお願いしたいくらいですよ」
「ほ、本当? や、やったぁ!」
先ほどまでの悲しそうな顔はどこへやら。本当に嬉しそうに笑う少女に雄二の良心がちくりと痛むけどこればかりはしかたないと心を鬼にする。
「じゃあ仲良しに証としてお互い敬語はやめない? 実は俺、あんまり敬語とか得意じゃないんだ」
少し馴れ馴れしい気がするが、それを聞いた少女は嬉しそうに何度も頷いた。
「じゃあ改めて自己紹介するね。初めまして、野田雄二です。日本って国から来たんだけど……日本って知らないかな?」
さりげなく情報収集をする事も忘れない。
(さあどうだ、日本という単語に聞き覚えはないか!?)
「は、初めまして!! え、えっと、名前は……ないの。……にほん? アラギドじゃなくて?」
「アラギド? ……というか名前ないの?」
(流石に知らないか……でもアラギドという地名? のような情報を得た。ここから逃げ出してそこに行くのもありか)
そんなことを考えながら雄二はもう一つの『名前がない』という事を聞くことにする。
「……ゆ、ユウジ! ……みたいに黒髪の人がいっぱい住んでるちょっと遠い国だよ。あとね、奴隷には名前がないのが普通なんだ」
(そんな名前呼ぶのに緊張しなくても……。あ、奴隷同士で名前を呼ぶ習慣がないから緊張してるのね)
苦笑というよりは微笑みに近いものを浮かべながら話を続けていく。
「そんな国があるんだ……。というか名前がないって不便じゃない?」
「等級が名前みたいなものだから……。名前を持てるのは平民様からで、苗字を持ってるのは貴族様。覚えてね?」
(ああ、だから初めて名前を出した時あんな変な反応だったのね。……だとしたら下手に名前とか苗字は出さないほうが良いな、また変な事になりかねない)
「ありがとう、そういった常識に疎いから色々教えてくれると助かるよ。あと俺の名前とか苗字なんだけど……」
「うん、皆には内緒にするね。あと、このまま仕事に出たらユウジは色々と問題を起こすと思うから、奴隷管理人さんに頼んで明日はお勉強とここの案内してあげる」
「それは本当に助かるよ!」
少女と仲良くなれて本当によかったと心底そう思う雄二。もし常識外れな事をして、また痛いことをされたら……考えただけでもゾッとした。
「それじゃ、私はそろそろ行くね。また明日呼びにくるから絶対に脱走とかしちゃだめだよ? 今度は処分されちゃうんだから」
そういって椅子から立ち上がって部屋から出て行こうとする少女に雄二は待ったを掛ける。
「あ、待って! 君の名前、教えて欲しいんだけど」
「……だから、奴隷に名前はないの。呼ぶなら奴隷産出人って呼んで」
そう言ってドアノブに手を掛けて今まさに部屋から出て行こうとする少女に必死になって引き止める。
「君をそんな名前で呼びたくない!!」
「え?」
それは先ほどの打算的な考えではなく雄二の純粋な思いから出た言葉だった。
(奴隷産出人? ふざけるな。なんでそんな名前でこんな可愛い女の子を呼ばなきゃいけないんだ。俺は絶対に断る!)
「……」
そんな雄二のの思いが伝わったのか、呟くように名前を言って少女は部屋を出て行った。
「メディア……か、可愛い名前じゃん」
部屋から出た少女――メディアは周りに人が居ないことを確認して静かに泣いた。『お母様』が言っていたことは間違っていなかったと証明された。それが嬉しくて嬉しくて、緩む頬に伝う涙を何度も手で拭いながら泣いた。
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