痛み×痛み=
「おい、第三奴隷管理人。確か人手不足だったよなここ?」
酸欠の影響で引きずられている途中で気を失っていた雄二はジメッとした石の上で気がついた。
「これはこれは第二等奴隷さん! 市民様からの命令でしょうか? それともマスカレード助祭枢様機卿様からでしょうか?」
(いまなんじだ……? やべ、ねすぎたかな……がっこうにいかないと……ってからだにちからはいんね……)
覚醒しきっていない頭でそんな事を考えている雄二の頭上で二人は会話を続ける。
「いや、命令ではないぞ。町で脱走奴隷を見つけたんでな、前に奴隷不足だとお前が言っていたのを思い出したから連れてたんだ」
(あ……俺は確か異世界に……というか、なに……話してるんだ……? 俺は奴隷じゃ……)
「おお、それは助かります! しかしそうなると国外奴隷でしょうか? 黒髪ですし……」
「だろうな。じゃあ処罰と躾は頼んだぞ」
今起きるのはなんだか嫌な予感がした雄二は気絶したフリを続けていたが、あまりに不吉な言葉に身体がビクリと震えてしまう。だが二人は気付かずに会話を終えたようだ。
「お任せください。それに近々教皇様がいらっしゃるので大丈夫ですよ」
「それなら大丈夫だな。じゃあ俺は持ち場に戻る」
「はい、お気をつけて」
そしてすぐうっすら目を開けて周りを確認すると、先ほどまで雄二の首を絞めていた衛兵が背を向けて薄暗い部屋から出る姿が見えた。
(……気絶、してたみたいだな……ここ、どこだろう? ……起きて弁明をしたところで誤解が解けるとは思えないし……ここは寝たフリを続けて情報収集しよう。……起きたら何かされそうで怖い、し)
しかしそんな浅はかな自己保身は、腹に鈍い衝撃を受けたことによりあっけなく意味がなくなる。
「あぐっ!」
寝たふりを続けられるほど痛みに強くない雄二は、腹を抑えて今度は目をしっかり開ける。どうやら蹴られたらしい。なぜ分かったかというと、再度振り上げられたであろう足が眼前に迫っていたからだ。
「いぎゃ!」
「おや起きましたか脱走奴隷君。目覚めはいかがですか?」
顔を蹴られたことなど小さいときに同い年の誰かと取っ組み合いの喧嘩をしたとき以来だった。腹とは違う鋭い痛みに雄二は無意識に顔を抑えて蹲る。
なにか言っているようだが、雄二の頭の中は痛いの二文字しか考えられなかった。
「さあさあ立ってください。この程度で根をあげていてはこの国で生きていけませんよ?」
優しい口調で、蹲る雄二の腕を無理やり掴んで上に引っ張りあげる。気遣いなど一切ないそれは、肩の辺りに体重がかかり嫌な痛みを容赦なく与えてくる。
「いだいいだい! もうやべで! やべでぐだざい!」
顔、腕、腹と三箇所からくる痛みに鼻水を垂らしながら雄二は恥も外聞もなく懇願した。これ以上は耐えられない、もうやだやめてと思いを込めて。
鼻水を――いや、雄二は気づかなかったが鼻血を啜って、奴隷管理人を見ると嬉々とした表情で両手首に鎖が付いた鉄の腕輪をはめていた。
「最近は奴隷の生産率が良くないのでこういうことは出来なかったんですが……脱走するような奴隷にはキツイ躾をしないといけませんからねぇ」
躾? 躾ってなに? 何するの? それしか考えられず縋るような目で見ていると、視線に気づいたのかにんまりとした笑みを浮かべた奴隷管理人は、天井から垂れ下がっている鎖を引いていく。
それと連動して雄二の手首についた腕輪が上に引っ張られる。慌てて外そうとするも鍵が付いているしがっちりとはまっていてどうもがいてもとれそうにはなかった。
その様子を心底楽しそうに見ながら鎖を下げ続ける奴隷管理人に雄二はもしかしてこのまま吊られるじゃないかと嫌な予感が頭を過ぎる。
雄二は運動部に所属していてそこそこ筋肉がついているため体重は平均的な高校二年生の男子より重い。そんな雄二が両腕を吊るされたらどうなるか、そんなもの考えるまでもない。先ほどその片鱗を味わったばかりなのだから。
「やべてください! お願いじまず、なんでもしますから!」
ギリギリと締め付けられ痛む手首を我慢して鎖を下に引っ張り抵抗しても、ゆっくりと腕輪は天井に向かって上がっていく。その様子を見た雄二は叫び声を上げ無駄な抵抗を続けていると、腕輪はピタリと上昇を止めた。
「ど、どまっだ……!」
雄二の両腕は上がりきってしまったが足はしっかり地面についている、多少苦しいが痛くなければいくらでも我慢ができるとほっと一息つくと、聞きなれない音が部屋に響いた。
――ヒュンッ……バシッ!
雄二の思考が、止まった。
視界が、チカチカと点滅し始めた。。
遅れてやってくる痛みに、雄二は。
「――――ッ!!」
「うーん、いい悲鳴だ! 実に気分が良い! さあ、もっと叫べ! 私とお前の違いを見せてくれ!」
そう言って奴隷管理人は腕を振り上げる。よく見ると、そこには鞭のようなものが握られていて、先ほどの音が再度、部屋に響く。
「……? どうしました、早く悲鳴を……ってもう気絶したんですか?……使えない、これからというところなのに……!」
呆れ半分、怒り半分といった表情を浮かべた奴隷管理人は深い溜息をつく。
鞭で叩き起こしてもいいのだが『経験上』それをしてしまうと精神を壊してしまう可能性が高まってしまうのだ。最悪痛みに耐えかねて死を選ぶ事だってある。管理人という立場と奴隷不足の今、それは望ましくない。
舌打ち一つして愛用の鞭を丁寧に懐にしまって改めて哀れな『奴隷』を見る。涙と鼻血、それと鞭に打たれた痛みで顔をぐしゃぐしゃにして、股間から小便を漏らし足元に水溜りを作って気絶している。なんとも惨めな姿だ、時折身体が痙攣しているのも良い感じに笑いを誘ってくれる。
これが見れただけでも十分か、と己を慰めて後始末兼世話係を呼びに躾部屋を出る。
決して雄二を想っての事ではない、死なれては困るからだ。
次回、やっとヒロインが登場します!