異世界転移の現実
(専属奴隷? なにそれ……というか俺、奴隷と間違われてる?)
雄二は慌てて自分の格好を確認する。寝る前に着ていた黒一色のスウェットだ。
何年も着ていて毛玉がついていたり多少ほつれていたりするが奴隷に見られるほどボロではない。
質問の意図が分からず自分の服を触り始める雄二に、衛兵は眼光を一層強くして早くしろなどと詰め寄ってくる。
(奴隷じゃねえって……そりゃたしかに異世界人からしたらこの服は変かもしれないけどさ……いや、この黒髪のせいかな? この人も周りに居る人も金髪ばっかだけどさ……まあいいや、適当に誤魔化して逃げよう)
「あー…すいません。自分は奴隷なんかじゃありませんよ? 誰かと勘違いしていませんか?」
得意の愛想笑いを浮かべ、今度は少しだけ深く頭を下げる。これで誤解が解けてくれるとありがたいんだけど……なんて雄二は考えていたがそうはいかなかった。
「専属奴隷ではないのか? では非専属か。その身なりからして第二等奴隷ではないな……第三か?」
(この人は人の話を聞かないの? 俺は奴隷じゃないと言っているのにまったく聞く耳もってねえし……)
だんだんイライラしてきた雄二は少しばかり眉間に皺を寄せて返答する。
「ですから、自分は奴隷じゃありませんって。急いでいるので失礼します」
付き合ってられないと衛兵の横を通り過ぎようとすると、背後から訓練で鍛えたであろう太く硬い腕を雄二の首に回して締め上げられながら持ち上げられた。
「うぇぐ!?」
「ふざけるのもいい加減にしろ。お前への命令はなんだ? 答えなければ脱走と見なすぞ」
「だ、だから……俺はっ……ど、奴隷……じゃないって……!」
足をバタつかせ身をよじっても衛兵の腕から逃れよとするも、非力な雄二ではそれは叶わない。それどころか段々と息が出来なくなる。
まずい、このままだと殺される。そうすぐに判断した雄二はバンバンと腕を叩いてギブアップの意を示すも、首を締め上げる力を緩めてはくれない。
「う、うえ……! だ、だずげ……!」
「はあ……答える気がないのはわかった。お前は脱走奴隷として第六区の管理人に引き渡す。処罰はそこで受けろ」
雄二が幾らもがき苦しんでいても意に介さず衛兵はそのままどこかに向かって引きずって行く。
呼吸がままらない苦しみに涎と涙を垂れ流しながら道行く人々に雄二は助けを求めて手を伸ばした。
先ほどまで頭の中全てを埋め尽くさんとばかりに広がっていた異世界転移の喜びは、どこを探してもなくなっていて、ただただ苦しい、助けてという言葉だけが頭の中を埋め尽くしていた。
涙と酸欠で視界がかすんでいた雄二は気づけなかった。嗚咽を漏らし、色々な液体で顔をグシャグシャにして衛兵に引きずられていく男を人々は『一瞥』もしないことを。