食堂にて
食器を食堂にいる男に渡して雄二とメディアは肩を並べて中庭兼作業場に向かって歩いていた。どのような作業をしているのか見ておいたほうがいいとメディアに勧められて、雄二も特に反対する事もないので大人しくついていったのだが先ほどとは違い二人の間に沈黙が漂っていた。
原因はあれだよなぁと雄二は思う。だが思うだけでどうにもできなかった。落ち込んでいる女の子を慰めた事など生まれてこの方、一度もないのだから。
だが、このまま黙っていくのは情報が得られないばかりか精神衛生的にも良くない。だから雄二は勇気を出して自分がされたようにメディアを慰める事にした。
「あー…その、あんまり気にしないほうが……」
「……え?……あ……。ご、ごめんね、変な気を使わせて! 私なら大丈夫、慣れてるから!」
そう言ってあははと笑いながら気丈に振舞うメディアを見てそれは無理があるだろうと雄二は思う。
(男は絶対服従、なんて世界だからそりゃ差別やらなんやらがあるだろうなとは思っていたけど…あそこまで露骨だとはなぁ……)
そして先ほどあったちょっとした出来事を思い返す。メディアが落ち込み、雄二が気まずい思いをしている原因を。
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「はい、到着。ここが食堂だよ。お昼とか夜ご飯はここで食べてね。鍋の前でみんな並ぶからそれにならって並べばご飯がもらえるから」
「へー…意外と普通だ」
メディアに先導されて入った食堂は食べかすが散乱していたり、饐えた臭いが漂ったりもせずに思ったより清潔で広かった。広さは高校の教室二つ分といったところで、大人数が腰掛けて食事が出来るように長テーブルと長椅子がいくつも置かれていた。
「普通? どこの作業場もこんな感じだと思うんだけど……貴方の国では違うの?」
いきなりの貴方呼びに首を傾げるも、よく見れば食堂の奥にある鍋の横で食器を洗っている男の背中が見えた。ああ、人目があるところでは貴方呼びなのね、と雄二は納得する。
「うん、俺が知っている場所はもっと汚くて狭くて……一歩も入りたくないってつい思っちゃうような所だったよ」
もちろん、実際に見たわけではないがネットや教科書に載っている写真で、元居た世界の奴隷がどのような環境で過ごしていたかは知っているのだ。
「ええ、なにそれ……掃除を担当してる奴隷はいなかったの?」
「そんな事する暇があるなら働かされるよ」
「うわぁ……あんまり賢くない奴隷管理人だったんだね……。疫病とかが蔓延したら奴隷が減って大変なことになるのに……」
同情されるような目で見られている雄二だったが、意外とこの世界はそういうのちゃんと気をつけてるんだなあ。じゃああの医務室の汚さは何だよとか考えていたため気付くことはなかった。
「おーい、そこにいる奴! 食器返しに来たならさっさと持って来いよ。片付かねぇえだろ!」
「あ、はい!」
いきなり声を掛けられて驚くもすぐに返事をする。しかし、メディアは返事もせずただ立っているだけで動こうとしない。
「どうした? 早く行かないと怒られるぞ?」
「……うん、大丈夫。行こ?」
「お、おう」
メディアは一つ深呼吸して顔を引き締めると、雄二を残して食堂の奥に向かっていった。それを不思議そうに見ていた雄二は慌てて背中を追いかけていく。
「あの、食器を持ってきました」
「おう、遅えよって……お前かよ。さっさと仕事に戻りな」
メディアの手から食器をひったくるように奪うと男はしっしっと手を払ってどこかに行けと追い払う。それに対してメディアは特に気にした様子もなく一礼して出入り口に戻っていく。
(なんだこいつ。大人げねえ……)
自分より年上で、もしかした立場が上の人間に対して思うべきことではないだろうが、なにせメディアはしっかりしていてもまだまだ幼い少女だ。あんな横暴な態度を見せられてはそう思わずにはいられない。
「あの、俺も食器を……」
「だからおせえって……なんだ、見ない顔だな。等級が上がってここに配属されたのか?」
しかし、男の対応は先ほどとは打って変わり酷く親しげでほんの僅かだが笑みさえ浮かんでいる。そのあまりの変わりように少しだけ雄二は混乱する。
「えーと……そんなかんじです、はい」
「そうかそうか、まあ第四等級上がりじゃここの仕事はちょっと勝手が違うだろうががんばれよ」
そういって濡れた手を服で乱暴に拭うと、雄二の肩をぽんぽんと叩いて応援してくれた。ますます混乱してあれ、実はこの人って良い人? なんて考え始めた雄二に、男は少しだけ表情を真面目なものに変えると
「あと、お前の前にいた奴隷産出人。あいつには気をつけろよ? 頭がおかしいから何されるか分かったもんじゃねえぞ」
なんて、素敵なアドバイスを雄二にしたのだった。
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(頭がおかしいねえ……そんな風には思えないけど……けど)
横目でトボトボと歩いているメディアの様子を見る。また黙り込んでいて少しだけ悲しそうな表情を浮かべている。その姿に心が痛くなるがこれ以上慰めることはしなかった。
(奴隷産出人は市民より下、罪人……がなるんだよな。なら、メディアは何をした? この歳で頭がおかしいって言われるような犯罪ってなんだ?)
雄二は考えていた。知り合ってまもなく友達になってくれたメディアの事。犯罪を犯して奴隷産出人になったメディアの事。そして、メディアとこれ以上付き合うべきかどうかを。
 




