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告白

爽やか恋愛模様にはならないのです。

  僕は茫然として西島さんを見つめる。

 髪型はまあアレだけど、始めて見る眼鏡をかけていない素顔は神々しい程に綺麗だ。

 できればずっと見ていたいところだったけど、西島さんはすぐに眼鏡をかけると本を棚に戻してすぐに店から出て行ってしまった。

 僕はその後姿を見送り、ああいつもの西島さんの姿だと妙に安心してしまった。でも思い出す先ほどの顔は下手なアイドルより綺麗で可愛らしかった。

「…帰ろっと」

 何だか頭が混乱してしまった僕は、立ち読みをする気も失せて帰ることにした。

 店を出て駅に向かって歩いていると、いきなり西島さんが行く手をさえぎるように現れる。少しうつむいているので表情はよくわからない。

「に、西島さん…」

「ちょっと付き合って下さい」

 彼女はいきなり僕の手首を掴むと、有無を言わさずぐいぐい引っ張り歩き始めた。意外と力が強い。

「ちょ、ちょっと西島さん、どうしたの!?」

 僕の声が聞こえていないわけではないだろうけど無視して彼女は歩く。すぐにビルの間にある路地に入る。道は突き当りになって通り抜けはできないようになっていて、当然のことながら通行人はいない。西島さんはそのまま僕の背中ををビルの壁に押し付け、いきなり胸倉をつかんできた。一体何が起きているのか全く理解できない。

「…見ましたか?」

「へ?」

「だから、見ましたかと聞いています」

「泣いてるところ?」

「違います。わたしの顔です」

 ぎりっと僕のワイシャツを掴む手に力が加わった。何だか知らないけど西島さんは自分の顔にコンプレックスでもあるのだろうか。あんなに綺麗なのに。もしそうなら自分に自信を持ってもらわないといけないかもしれない。

「あー、うん、見た。でも綺麗なんだからそんな隠さなくてもいいんじゃないかな」

「…も…か」

「きっと理由はあると思うんだけど、そんなに自分を偽る必要はないよ。西島さんは十分綺麗だし可愛いんだから!」我ながらいいことを言ったと思う。もしかしたら感動して友達になってくれるかもしれない。現に西島さんはうつむいて、感動してぷるぷる震えているじゃないか。

「だから西島さんは自信を持って…」

「てめえも顔に釣られた口かあっ!!!!!!!!」

 いきなりの大声に一瞬脳がフリーズ。

 え、何が起こったの???

「綺麗?可愛い?んなこたあ自分が一番知ってるんだよ!!中学時代は毎日男から下らねえ呼び出し受けるし街歩きゃ下らねえ芸能プロのスカウトにくそったれなナンパでまともに歩けやしねえ。挙句の果てにストーカーまで出る始末だっ!!!わたしが悪いのか?この超絶美少女に生まれたわたしのせいか!?ああん?」

 西島さんがギリギリシャツの襟もとを締め上げ、がっくんがっくん揺らすものだから苦しくて痛い。一体この人は何を怒ってるんだ?

「せっかく引っ越しして誰も知らないとこ来たのに付いて来やがったのか??ストーカーはてめえかあっ!!ストーカーに綺麗なんて言われても反吐が出るんだよっ」

「ちょ、ちょ、ちょっと落ち着いて!!ぼ、僕はストーカーなんかじゃないよっ」

 ぴたっと動きが止まった。これは必至の説得が通じたのだろうか。

「ふ、ふ、ふふふふ…上等だ。よっぽどてめえの脳ミソの色が見たいらしいな…」

やだなにそれ怖い。

 西島さんがいきなり手を放したので、僕はバランスを崩して倒れてしまった。

「いててて」

 ぶつけたお尻をさすりながら立ち上がると、剣呑な空気をまとった西島さんが虫けらを見るような冷たい目で僕を見ていた。

「に、西…島さん?」

 彼女はゆっくりとスカートをめくり上げる。すらっとした足が見え、僕は思わず生唾を飲み込んでしまう。しかし残念なことに元から長いスカートを少しめくっただけで、魅惑のシークレットポイントまでは見えない。が、太ももに何かベルトのようなものが括り付けられているのが見えた。手慣れた仕草でそこから棒を取り出し、スカートは元に戻る。ああ、惜しい。

 ではなくて。

 右手に握られた棒は20センチ位の円筒形だ。西島さんが手首を軽くスナップするとシュッという滑らかな音と共に棒は50センチ位まで伸びた。そしてシャキン!という音がして先端部分に半円形の刃物が飛び出す。シルエット的には小さな斧といったところだ。

「西島さん、それは一体…」

「ああ、もう死ぬんだから気にすんな」

「そっかー、じゃあ知らなくても大丈夫だねってそんな事あるかあっ!!!!」

 思わず手に持っていた鞄を投げつけてしまった。しかし、西島さんが手に持った斧もどきを動かすと真っ二つに切れてしまう。

 ほ、本物の刃物だ。しかも西島さんがどう切ったのか全く見えなかった。ここに至り僕は命の危険を感じた。ああ、どうしてこうなったんだろう。僕はただ西島さんの素顔を見てしまっただけなのに。

「ど、どうしてそんな物持ち出すの?僕は何もしてないのに!!」

「ああん?ストーカー野郎が何言ってる。超絶美少女に付き纏ってのストーカー行為は万死に値する。知らねのか」

「ストーカーなんて知らないよっ。確かに僕は君を見てたよっ!だけどそれは西島さんの事がす、す、好きだからだよ!!」

「何…だと?」

 西島さんの動きが止まる。ああ、こんなシチュエーションで告白なんかしたくなかった。

「てめえ苦し紛れに何ほざきやがる。今の姿はわたしの魅力を最大限殺すコーディネートだぞ。そんなのに惚れる男がいてたまるか!半殺しで済ませてやろうかと思ったがやっぱり殺そううんそれがいい」

 僕の文字通り必死の告白は彼女の怒りに火を注ぐだけで終わってしまった。

「違うよ!!今の地味な西島さんが好きなんだ!」

 それから僕はどうして彼女が好きなのか必死に説明した。

 通学路で見た猫ににへらとする西島さん。

 姿勢のいい西島さん。

 制服をきっちり着ている西島さん。

 髪がぼさぼさな西島さん。

 無表情だけど、でも嬉しそうにお弁当を食べる西島さん。

 僕の西島さんは超絶美少女なんかじゃない。

 でも、僕は地味な西島さんが大好きだ。

 

 言いたい事を言い終わった後、西島さんは動かなかった。

 僕も下手に動いたら殺られると思い動かない。

 先に動いたのは西島さんだった。一気に僕との距離を縮める。

 だめだ、殺される!

 目をつぶったけど、痛みはやってこない。

 その代り、ふわりと柔らかな物に僕の身体が包まれるのを感じる。遅れて何やらいい香りが僕の鼻をくすぐった。

 そっと目を開けると西島さんが僕に抱き着いていた。

 背中に両手がぎゅっと回され、意外とボリュームのある胸が僕の身体に押し付けられている。なんだろう、死んだ後の極楽とはこんな感じなんだろうか。

「ごめんなさい」

 西島さんは泣いていた。

 僕は気の利いたセリフも言えないまま西島さんに抱き留められている。

 そして、彼女の方が僕より少し背が高い事を初めて知った。


「本当にごめんなさい」

 しばらくしてから落ち着いたのか西島さんが離れた。うん、惜しいとか思ってないよ。

「あ、あはは。びっくりしたけど何ともなかったから大丈夫」鞄は真っ二つだけどね!

「ああ、鞄も真っ二つにしちゃって…わたし弁償します。おいくら位ですか?」

「いいよいいよ、どうせ安物だし大切なものも入ってないし」

「で、でも…」

 さっきまでの「お前殺す」状態とは違っておどおどしている。うん、これぞ西島さんだ。

「じゃあさ、今度何かご馳走してよ。それでチャラでどうかな」

「それはわたしと出かけるという事ですか?」

「あ、うーん、そうなるかな…」そういえば先ほど告白したばかりでした。ちょっと気まずい。「で、でもわざわざ出かけなくてもいいし、学校帰りでもいいし!」はい、ヘタレ出ました。

「わかりました」西島さんがクスっと笑う。「また連絡しますね」

「う、うん!」

 殺されかけたものの、これは大いなる前進というものではなかろうか。まさかで、デートの約束ができるなんて!

「あ、そう言えば…お名前何でしたっけ」

 がーーーーーーーーん

 orzになった僕に西島さんが慌てて付け加える。

「ち、違うの!苗字は知ってるんだけど下の名前知らないから!」

 あ、そういう事ですか。

「亮介。篠塚亮介」

「亮介君ですね。うん、覚えた」

 柔らかく微笑む西島さん。そう言えば携帯番号くらいは交換したいなあと聞いてみると、残念ながら持っていないという事だった。流石は地味JK。

「…何も聞かないんですね」

「うん、色々事情があるんでしょ?僕からは聞かない。西島さんがもし話したくなったら教えてくれればいいよ」

「優しいんですね」

「そんなことないよ。さて僕は電車だけど西島さんは?」

「わたしは駅からバスです」

「じゃあここで解散だね。それじゃあまた」

「うん、またね。亮介くん」

 あれ、今名前で呼ばれなかったか?

 確認する間もなく彼女は軽やかにバス停に向かっていく。

 じわりと来る喜びを胸に僕は駅の改札へ向かったのだった。

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