no title
■ no title
僕は、彼女のことが好きだった。
それを言葉にして出したことはなかったけれど、きっともう周知の事実だったんだと思う。
彼女はいわゆるモテる女の子、というのとはちょっと違っていた。
飛び抜けて可愛いわけでもなかったし、また飛びぬけて明るいわけでもなかった。
それでも、僕は確かに彼女に恋をしていたのだ。
今考えれば彼女の何が好きだったのか、うまく言葉には出来ない。
ふんわりとした言葉のままでいいのなら、
「雰囲気」
彼女の持つ雰囲気、彼女を取り巻く空気が好きだった。
彼女はいつも一人でいた。
だからと言って周りから疎まれていたわけではなさそうだったし、
また彼女も周りを疎ましく思っている様子でもなかった。
きっと一人が好きなんだろう、そう考えた僕が彼女に声をかけることなど出来るはずもなかった。
彼女に声をかけることはできなかったけれど、僕は彼女のそばにいた。
それは彼女が許してくれたわけではないし、でも彼女はそれを許さないわけでもなかった。
ただ、同じ空間にいた。
それだけだった。
でも僕はそれでも良かったんだ。
彼女の雰囲気、空気感が好きな俺にとって、彼女と同じ空間にいれることは間違いなく幸せだった。
たとえそこに言葉が存在していなくても、それは僕にとっては確かに幸せな時間だった。
これは僕の自惚れだと言われるかもしれないが。
彼女も僕のことを悪くは思っていなかったのではないか、と思う。
一度だけ僕の言動がきっかけで彼女が笑ったことがある。
そのときは自分の前では見せたことのなかった彼女の笑顔に魅せられた。
そして、さらに彼女に恋をしたんだ。
でも、目の前から彼女はいなくなってしまった。
あの僕の大好きな雰囲気を、空気感を漂わせた彼女は、もういない。
その存在はなぜか神秘的で、
『もしかしたら彼女は人間ではないのかもしれない』
なんてバカげた考えさえ生ませた彼女は、もういない。
彼女は、死んだ。
その事実を俺は受け入れているのか受け入れていないのか。
でもそんなことは関係ない。
彼女がいなくなった、その事実が変わることは永遠にないのだから。
彼女の生きたあとを見てふと思った。
「ああ、彼女も人間だったんだ」
そんな当たり前のことを。
僕は、彼女が好きだった。
彼女の持つ雰囲気、空気感、そして、一度だけ見た笑顔。
けれど、もうそんな彼女とは同じ空間にいることさえ出来ないのだ。
彼女は、死んだ。
手に入れられないと知って、彼女の存在を消したのは、――― 僕だった。
(はじめはそばにいるだけで、ただそれだけでよかったのに)