第7話
コスモポリタンと火星との距離は後僅か、船体は逆方向に船尾を向け既に減速体制に入っている。
船室に続く廊下は蛍光の淡い光に照らされ照明がしぱしぱと明滅すると、突如船内に警報が鳴り響いた。
『緊急事態発生! 緊急事態発生! EVC搭乗員並びに整備員は至急格納庫内に急行せよ!……繰り返す!』
「おいおいまたかよ、もう勘弁してくれよ……」
「暢気に惰眠を貪ってる場合ではないようですね、モニターを御覧ください」
『休息中にすまない……艦長のメナエムだ。皆には心して聞いて欲しい。
火星にある4つの軌道エレベーターが、親地球派勢力のテロ活動により倒壊の危機に瀕している』
フィルムモニター上に4つの軌道エレベーターが映し出され、火星軍の艦隊位置がポーズビューされる。
コウキは先ほどの倦怠とはうって変わり真剣な表情でモニターを見つめる。
『軌道エレベーターが切断される事になれば、周辺区域に甚大な被害を齎すだろう。
火星に住む人々の命を守る為に……君達の力を貸して欲しい。
自由意志による参加を求める、これは強制ではない』
「コウキ、どうしますか?」
「こんな話聞かせられて黙ってる訳にはいかない、ハル……先に行ってすぐに機体準備に取り掛かれ」
「了解しました」
ハルは手早く簡易船外作業服に着替えると、ハルの後を追った。
格納庫では既にほとんどの人員が揃っているが、イーリアの姿だけは見えない。
バートンは整備しているEVCを叩きながら声を上げる。
「全員揃ったようだな、整備は済んでるぜ、もう火を入れてある」
「イーリアはどうした?」
「彼女はUNIT-9で既に出撃済みだ、しかし志願は4人だが機体は3つしかないね」
リュウはその言葉を聴くと一旦押し黙り考え込むと、意を決したように口を開いた。
「俺が降りよう、皆に比べると技量不足だろうからな」
「スマンなリュウ、では俺が何時も通りスリーマンセルでユニットリーダーをやる、ニコ、アルファ1」
「コウキ、アルファ2」
「マイケル、アルファ3、手早くいこうぜ、時間が惜しい」
前世代のEVCトラッドにそれぞれ搭乗する。コウキは先に搭乗したハルに機体の状態を確認すると、
トラッドはゆっくりとガイドポールに足部ホイールを挟み込んで回転させた。
「通電状況、電波状況、推進剤充填、装備の稼動確認、オールグリーン」
「イーリア機、コール:チャーリー1は00:05前に出撃しました」
「了解、VASIMRモジュールを接続確認、コール:アルファ2……お先に失礼」
ガイドポール上をトラッドが疾駆する、船体表面を滑走し火星側への進路がガイドされると
宙空に向かって機体を投げ出し2G/sの速度域で加速を始めた。
「現在はRS・57㎞/s、19m/sで加速中、火星までの到達時間計測……残り00:14で到達します」
「Let's roll」
軌道エレベーターの頂上部付近では機体を黒く塗られたトラッドが起爆装置をセットしている。
機体内ではアラブ風の男が髭をなぞりながら、作業の進捗を通信した。
「作業は滞りなく完了した。火星軍が居なければ楽なものだな、一体どんなマジックを使ったんだ?」
『Mr.ムミート、それに関しては君の関知する所ではない』
(ふん……火星の有力者内の嫌戦派を一掃する為の壮大な打ち上げ花火と言った所か……)
流暢な英語で応答を終えた後、ムミートは通信を切った。
広範囲を捕捉するレーダーは火星軍の艦隊の姿を捉えている。
しかし彼等はテロリストに近付くことなく投降を呼びかけるだけだった。
世の中よく出来たものだとムミートは一人ごちた。
『ムミート、急速に接近してくるEVCを発見! 物凄いスピードだ!』
「?……なんだと!?」
ムミートはディスプレイの広域レーダーの探知範囲を拡大。
レーダーのビーコンが異様な速度で接近する所属不明機の姿を探知した。
少なくとも、それが停止した火星軍の艦艇から射出された機体ではないことは明らかだった。
「弾幕を張れッ! 相対速度が付いているなら蜂の巣になるのは奴の方だ!」
『了解! ただちに迎撃します!』
軋むUNIT-9が主翼を使い水切り石の要領で大気の風を浴びてホップする。
イーリアは網膜に写しだされる情報を脳内で整理しながらUNIT-9の四つ腕を虚空に晒した。
「こちらチャーリー1、先行させたTAUの偵察情報をリンクします」
『アルファ2よりチャーリー1、FELだけでいけそうか?』
「動きは素人だけどセオリー通りデブリを撒き散らしてるようね、FELは防御に使うわ」
質量弾の雨を次々とFELが迎撃すると、UNIT-9の腕先が射出されアンカーワイヤーが宙空に投げ出された。
「さて……大掃除といこうかしら?」
ムミート達のトラッドとすれ違い様に、UNIT-9の腕から伸びたワイヤーが襲う。
驚異的な速度域に達した機体は機体その物が強力な兵器になりうる。
秒速50㎞/sのアンカーワイヤーに接触した機体は強烈な衝撃力によって
宇宙空間に投げ出されコントロールを失い回転する。
「なっ! コ……コントロールがッ!」
『ムミート! 一体何が起こったんだ!』
『畜生! オートモメンタムが効かないッ!』
追随するトラッド内ではコウキがインパクトガンに兵装を変更する。
更には瞬時に弾道計測を行ったハルがターゲットを次々とロックオンを開始する。
「敵機体の推進装置に射撃を開始します、現在計測中……トリガー」
「Where are you going?」
コウキがトリガーを引くとタイミングを測りながら正確に弾針が4本射出。
投射された弾針はコントロールを失い激しく回転するトラッドの推進装置に吸い込まれるように着弾した。
「TG All Lost、さすが私」
「慣性で死んでないだろうな、アレ」
「……そこまで責任は持てません」
「ロボット三原則とかどうなってんだ、お前?」
その後の通信で4つ存在する軌道エレベーターの内、2基の無事が確認された。
爆破に成功した2基も”運良く”設置した爆弾の威力が不足していた為に大事故に至ることはなかった。
だが破砕片等の落着物により周辺一部地域に13名の死者を出す事件となる……。
この事件以降、両陣営の対決姿勢は決定的な物となったのだった。
ECT-M 1′インパクトガン
対EVC戦を考慮して開発された小銃、初期は単発式のガンタイプが開発された。
母艦の速度が速ければその威力が慣性によって際限なく上がる事から、戦闘が進むにつれEVCの展開率が戦線の雌雄を決する重要なファクターを占めるようになる。
連射可能なマシンガンや精密投射が可能なFCSを備えた、スナイパーライフル等も開発されたが全長が短く侵徹力は少ない。
初速を向上させたレールガンやガウスガンなども開発されたが、迎撃の弾体により簡単に弾道が逸らされる上に母艦の慣性を利用した方が早い事から実践的ではなかったようだ。