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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
猿は木から何処へ落ちる
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第64話

 ヤミン帝国の拠点となっていたコラールはドローンによる防衛網が敷かれている。

 しかし造反したデクスターの提供したIDによってシステムに侵入することで管理者権限を奪取、問題なく無力化された。

 サイレンスに搭乗していたヤミンは宇宙の塵と化し、クレオールに搭乗していたヨハンは死亡。

 クレオールの機関出力に異常が見られた事から自らの意思で自爆したと推測された。


 ただ驚くべき事にコラール内部には人間がただ一人として居らず、内部で労働に従事したロボットの中にも人型のものは一つとして見当たらなかった。


 コラールでの事後処理を火星軍に任せ帰路に着くコスモポリタンが宇宙の海路を帆を張って航行。

 格納庫では今なお海賊船の襲撃に備えた補給作業が行われ、苛烈な戦闘によって損傷した船体の修復に奔走している。

 クルー達はようやく長かった戦争が終わるという、ある種の確信に満ちた表情を誰もが浮かべていた。

 コスモポリタンの重力ブロックを歩く、コウキの前に宇宙をただ眺めているステラの姿がある。


「君のお兄さんは残念だったな」


「あなたのお父様も――」


「あぁ」


 2人はただそれだけを呟くと2人で並びアクリルガラスからゆっくりと近づいてくる火星の姿を眺めていた。

 そこへデクスターが現れるとコウキの姿を視界に入れるなり、ただ黙って頭を下げる。


「罰は俺が受ける。

 ステラには生きる為の選択肢がなかったんだ」


「こんな子供をたった一人で宇宙に置き去りにするつもりか?」


「だが……」


「現状追認をするだけじゃ何も始まらない。

 問題解決の放棄は知性の敗北だ。

 お前達にも非はある」


「すまない」


「姫君を守るんだろ? 騎士ナイトさんよ。

 デンドロンは死の淵にあってもお宅らの自由を願った。

 俺はその遺志を尊重するだけさ」


 コウキはそれだけをデクスターに告げると互いに顔を見合わせた、主君を裏切り友を失った男に対して騎士呼ばわりする男の皮肉をデクスターは無言で受け入れるしかなかった。

 ステラは自分が子ども扱いされた事に対して明確な不快感を表明すると、コウキは両腕を上げてその場を取り繕う。

 火星へと最接近するにつれ船体は減速を開始、コウキは小型客船のキーをデクスターに投げ渡すと格納庫を目線で指した。


「本当にすまなかった。

 この恩はけして忘れない」


「ありがとう、鳥さん」


「ステラ、まだ宇宙は好きかい?」


 コウキの問いにステラは頷き肯定すると3人はその場で別れる、その場に残されたコウキはただ一人歪んだ宇宙を眺めていた。


 ――慌しい船内とは裏腹にコスモポリタンの中央船室は沈痛な空気が立ち込めている。

 メナエムの死はコスモポリタン.Indに重い損失をもたらすだろう事は誰の目にも明白な事であったのだ。

 かといって、自分自身との決着をつける為に戦ったメナエムを非難するものも居らず、ニコはリュウに対してただ謝罪するしかなかった。


 リュウはまっすぐ前を見詰めながらもその双眸からは止め処なく涙を溢れさせ、代表者達は呼応するように目を伏せ沈痛な面持ちを見せる。

 その場に居合わせた代表者の誰もが自らの無力を痛感し、それを恥じていた。


 メナエムという大木に寄り添い生きた“木から落ちた猿”は自らの足で歩き始めるまで、彼の死を悼んだ。




 ヤミン帝国との戦争から3ヶ月が経過しようとしている。

 結論から言えばヤミンを倒した事その物には意味はなく、フランスがヤミン帝国の建国を宣言するまでは時間を要しなかった。

 ヤミンの思想に共感した地球人類は科学技術の放棄や政府が厳しい規制をかけて少しずつ文明を後退させていく事を選択した。


 だがそうした時代の潮流にあって逆らい続ける国家も幾つか存在した。

 ここメガフロートでもEVC等の戦闘用ロボットが世界中で厳しい規制をかけられる中で唯一その影響を逃れていた。

 青く澄み渡る太陽の下でハレルヤが人工の地面を歩く度に遠巻きに眺めている幼児からは感嘆の声があがった。


「Boo……全く、私は子守ロボットではない」


「そう言わないでよ。BAD。

 ほら、イメージって大切でしょ」


「それならば塗料の塗り直しを要求する。

 今度はゴールドでゴージャスに頼む」


「それはちょっと、どうかな?」


 脱走兵として処分されたサリンジャーは火星に居住を移して、ただ一人地球に残る事を選んだタケル。

 競技用EVUとして書類を誤魔化してBADを持ち込み、メガフロートで行われるロボットプロレスのパイロットとして働いている。

 タケルはコクピットのシャッターを開き空を見上げながら、恐らくもう会うことはないであろう人々の無事を願った。


 月面のダイダロス基地、静寂の支配する月面に月の女王作戦で亡くなった人々のモニュメントが建造され。

 多くの月面企業が戦争特需によって収益を上げる中で、ローンの残ったキュニコス号を失ったバズに破産が迫っていた。

 その上唯一のEVUパイロットであったチャンドニーがコスモポリタンの整備主任であったバートンと結婚して転職。


 途方に暮れていたバズはコスモポリタン支社からの呼び出しを受け、戦々恐々の面持ちで出張所へ赴いた。


「あれ、モーリー?」


「今回の件であなたに商才がないって事はよくわかったわ。

 今度からは私がキュニコスの経理を担当します」


「君の申し出は嬉しいけど、EVU乗りが居なくてね……」


 バズは頬を掻きながら情けなく言い放つと、モーリーは深い溜息を吐いて傍らのライカを掌で指した。

 ライカは得意げな表情で一声吠えると、バズは少し考え込んだ様子をみせたが1人と1匹を手招きする。

 以前のバズの心にわだかまっていたロボットへの不信感は溶け出して、何処かへと流れ過ぎた過去の物となった。


 地球から遠く離れた火星でも度重なる戦乱からようやく立ち直り、復興の道へと歩み始めた。

 各企業が復興資金を分担して拠出する事業やアレス.Indやパトリア.Indの破綻によって市場競争力が高まり、新興企業が雨後の筍のように乱立している。

 会長の死から立ち直ったコスモポリタン社内でチャンドニー夫妻が整備を取り仕切る中、イーリアは溜息を吐く。


「どしたの、イーリア」


「そろそろ子供が欲しくないメルセデス?」


「Qué guay! 人工子宮、自然分娩?」


「私はその辺りの拘りはないわ。

 問題は誰の“種”かよね」


 火星では同姓の結婚も認められている為に既にイーリアとメルセデスの両者は婚姻関係にある。

 2人はほぼ同時に同じ人物の顔を思い当たり、顔を合わせて不敵な笑みを浮かべるとレールカーを手配。

 コウキの居住するイニティウム中央地区へとレールカーを走らせた。


 火星ではハイドロゲンブレットによって発生したドームの修復も完了、ここもまた元の日常へと戻っている。

 地球からの窒素の供給が断たれた事で資源市場では若干の混乱が見られたが、ガリレオ衛星の探査が進む内に解決。

 火星軍内部では外敵を失った結果として各企業の分担金の額も減少、軍縮の道へと歩み始めた。


 新たな軍組織の抜本的な改革に伴う軍縮に対する反対派との争議にヴィオラも参加、未だ論戦は続いている。


「企業による暴走がまた何時か発生するやも知れません。

 我々は火星を防衛する為の軍縮には反対です」


「軍拡を行う為に敢えて敵を作る者も現れるのでは?」


「何を馬鹿な、ヴィオラ准将……」


「軍の機能に“利益”を求めれば、必ずや破綻するでしょう。

 それは全て歴史が証明している」


 ヴィオラがダンドネルに目配せすると各将校の眼前に、データではなく書類のファイルが置かれた。

 名前は黒塗り状態だがパトリア.Indから多額の献金を受けていた者達が、火星軍内部に幾人も存在する事を証明するリストである。

 これらはゴールドマインから入手した記録から割り出されたもので身に覚えのあるものにとってはまさに最後通牒であった。


 ある者は驚愕の表情を浮かべ、またある者は目を反らし頭を垂れる。そこへダンドネルが畳み掛けるように提案を口にした。


「さて我々は当初の目的に立ち返り、組織再編を行いたいと考える。

 まず呼称から変更するのは如何かな?

 誰か提案のある者は?」


 押し黙る将校達を余所にヴィオラは何時ぞやの少年が日本人である事を思い起こすとおもむろに提案した。


「“自衛隊”という呼称は如何でしょう」


 こうして火星に於いては火星自衛隊への組織再編に伴って、海賊船の拿捕や組織犯罪の壊滅を中心とした組織へと生まれ変わったのである。


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