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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
猿は木から何処へ落ちる
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第63話

 前線が小康状態に入った時、ヤミンは自身の勝利を疑わなかった。

 彼は如何なる時でも勝利を重ね、ただ一度の屈辱を除いて敗北する事などなかったからだ。

 クレオールを捨石に小惑星帯に身を潜め、収奪を終えた資本を元手に再起を図る。

 海賊船に同乗して身を隠せば自分が安全を確保するまでの時間稼ぎ程度にはなると考えていた。


「む? ヨハン、何故反転する」


 先行していたクレオールが反転運動を行うとサイレンスへの距離を詰めていく。

 戦域の情報を読み取ってもコスモポリタンの戦力が殲滅された様子も見えない。

 ヤミンの言葉にヨハンは応答する事無く距離を詰める。

 状況を察したヤミンは音声入力装置に対して口頭での起爆コードを口にした。


「HS-1079――死ね」


 ヤミンは起動コードを口にした後に口角を上げて笑った。

 今頃はヨハンの頭蓋に仕掛けた頭蓋骨爆弾が起爆して脳漿を艦艇の床板にぶち撒けている頃だろう。

 自らに逆らう者の絶望の表情を幻視するようでヤミンは実に胸のすく思いで気勢を吐いた。

 右腕を掲げ腕を倒すとサイレンスの航路が変更されクレオールを迂回する。


 しかしクレオールはその動きに反応するように更にサイレンスとの距離を縮め、推進モジュールの出力を上げた。


「HS-1079――死ね、死ね!」


『滑稽ですね、ヤミン閣下。

 貴方にお仕えする者として少々気苦しいのですが……』


「ヨハン、貴様何をやっているのか分かっているのか?

 HS-1080――」


『残念ながら貴方のお言葉は最早意味を持ちません』


 ヤミンは遂にその表情に焦りの表情を浮かべ、フィルムスクリーンに映るヨハンを睨みつける。

 男は皇帝を名乗るには余りにも卑屈で、力による優位がなければ相手を信頼する事も出来ぬような男であった。

 自らの命令に無条件に従えるように幹部級の人間達には大脳新皮質と結びついたコーテックス ボムと呼ばれる爆弾を埋め込んでいた。

 その機能には当然パトリア.IndのCPUチップが使われている。


「ヨハン貴様の妹の命は……!」


『ヤミン、よくも妹の命を弄んでくれた』


「貴様、貴様――ァ!

 人類の盟主たる。この……この我に向かって!」


『デクスターからも伝言です。“くたばれサイコ野郎”』


 ヨハンの言葉と同時にクレオールからの一斉射撃がヤミンの搭乗するサイレンスへと降り注ぐ。

 サイレンスのD・Eが稼働するとクレオールに向けて照射、艦載システムの全機能が停止したクレオールはなおも直進する。

 ヤミンはシルヴェンテスの指揮権限を掌握するとクレオールへと攻撃を開始した。


『ヤミン、運命が貴様を殺しにやってきたぞ!』


「黙れ……黙れ黙れ黙れ! 死ぬのは貴様だ、ヨハン!」


 クレオールに向かって放たれたサイレンスのモーメンタルランチャーが被弾すると、宙域に破砕片を撒き散らしながら大破した。

 前方から降り注ぐヨハンの執念に対して、ヤミンは回避運動を行うところ急な衝撃に襲われる。

 サリンジャーのマーチングSSの放ったシールドがサイレンスの外部装甲を破断したのだ。


「こんな……こんな筈は……こ、こんな」


 攻撃を受けたサイレンスはAIによる自己判断で防御を優先、機体をプラズマフィールドで包み込むと弾体を逸らす。

 オッツォの七声の牽制射によってヤミンは集中力を乱され、前方から突進するデクスターのミンネザングにD・Eを照射する。

 停止したミンネザングにレールガンを打ち込み仕留めると、脱落したアスカロンをコウキのミンネザングが拾い上げた。


(何だこれは? 何かが……奇妙だ)


 3つのアスカロンを携え急加速したミンネザングが旋回運動を行うと、コスモポリタンから電磁誘導加速を用いたモーメンタルランチャーが発射。

 RS・30㎞/sという高い加速度を得たモーメンタルランチャーに対してサイレンスは回避運動を取る。

 しかしその動きもステラのセクエンツィアが交差時にモーメンタルランチャーの弾芯にインパクトライフルを加え回転運動させるとサイレンスは対応できず半身を削いだ。




 ヤミンは恐怖に震えた、この場に存在するあらゆる可能性が自らを排除する方向へと働きかけている。


 そういった幻想を抱かずには居れない。


 そしてヤミンの脳裏に過去の屈辱的な記憶が蘇ってきた。

 理想に燃え科学の可能性を信じて“宵の会議”の扉を叩いた時、老人達は彼を一顧だにしなかった。

 若かった男はそれが老人達の嫉妬だと考えた、老い先短い老人達が若くして才能溢れる自分を妬んでいるのだ。

 何処の馬の骨とも分からない子供を迎えたと聞いた時には、その推測が正しい物だと確信出来た。


 知者を名乗る愚か者の集団が馬鹿を囲い込んで、自らの抽象的な言葉遊びの正当性を誤魔化しているだけだと信じた。


(運命が我を……否。

 運命に選ばれているのは我だ。

 我こそが天賜された才能によって神から勝利を約束された。

 最後の救世主なのだ)


「我を……このような……豚如きがァ――ッ!!」


 サイレンスがプラズマフィールドを解くと無反動砲から特殊弾頭を発射、弾頭は放射線状に拡散するとコスモポリタンへと降り注ぐ。

 ヴェーダの展開したゾルコロイドブレーンによって弾頭の多くは軌道を逸らされ、ゴスペルのミストシェードの隠蔽を利用して接近したロマンスのインパクトアサルトがサイレンスを直撃した。

 堪らず回避運動を取るサイレンスは何時の間にか宙域に張り巡らされたシェイブストリングスの結界によって進行を阻害される。


(逃げるべきだ。逃げるしかない。

 逃げ切れば、一旦距離を取ればまだ勝機はある!)


 サイレンスが再びプラズマフィールドを展開するとシェイブストリングスを切断しながら全速で撤退を始めた。

 機体を損傷したとは言え今ではそれが優位に働く、質量の減少したサイレンスの比推力はこの場に存在するどのEVCであろうと追随を許さない。


 ただ1機のミンネザング除いて。


 3機ものアスカロンを保持しているミンネザングの加速力はサイレンスに対して若干優速であり、次第にその距離を詰めていく。


『ミンネザングのパイロット。

 取引をしよう、私はこれ以上の地球への攻勢は考えていない。

 彼等は既に降伏して……』


「嘘発見器って知ってるか?」


『今なんと?』


「嘘発見器ってあるだろ? 何か胡散臭いヤツ。

 あれってさ、声の周波数や発汗量を調べて正誤判断するんだとよ」


 ヤミンはコウキの話を聞いて先程は声の抑揚を高めて会話していた事に気付いて声量を下げた。

 

『私が嘘を吐いているとでも?』


「機械がなくたって、わかるヤツにはわかるんだって話さ」


『――先程の話は嘘では……』


「次に出す言葉を頭で考えて選んだな?

 そいつも嘘吐きの特長だぜ――ヤミン」


 ヤミンは操舵室内の計器を横目でチェックすると、供給電力の80%近くをレールガンへと回す。

 サイレンスは大型故に慣性制御機構の許容値も高く、その上機体剛性さえ持つのであれば無反動砲のように電磁誘導加速した弾体を投射可能だ。

 戦術的に考えた場合、現状の脅威はサイレンスの比推力に追随可能なミンネザングだけであり、コウキは追走状態にある。

 互いの相対速度が接近するにつれてレールガンを装備しているサイレンスが優位となるのだ。


『ならば死ね! ミンネザングッ!!』


 サイレンスから発射されたレールガンの弾頭がミンネザングの肩口を弾き飛ばし粉砕する。

 衝撃によってアスカロンを手放したコウキのミンネザングはたちまち失速を始め、勝利を確信したヤミンは吠え立てた。


「これが選ばれた者とそうでない者との差だ!

 フハッ! ハッハハハハハ!」


「――」


「ハ?」


 ヤミンはその時フィルムスクリーン上に信じられない光景を見た。

 白いワンピースに身を包み花冠を被った少女が一人、パイロットスーツもなしに宇宙空間を慣性によって飛行していたのだ。

 男はしばしの放心状態の後に少女がロボットである事を見抜き、ハルが手に持った銃の銃口をサイレンスに向けるのを確認して呆れた様子で呟いた。


「フン! 凡愚の最後の悪足掻き。

 だが、貴様等のAIに人が殺せるのかね?

 フハッ!――そんなことが出来る筈がない」


「見よ、人は我々の一人のようになり、善悪を知る者となった」


 何処からともなく響いてくる声にヤミンは周囲を見渡すが周囲には誰も居ない。


「戯言を抜かす」


 宇宙の公転運動から齎された真空の密度変化がハルに搭載された量子脳クァンタム・ブレインの閾値を超えた。

 本来であればけして攻撃は出来ないであろう人間に向かって攻撃を止める事を“失敗”。

 ハルの発射した銃から信号弾が発射されるとヤミンの機体へと取り付いた。


「おぉ、怖い怖い。

 どうやらこのポンコツには修理が必要な様だぞミンネザングのパイロット。

 気が変わった、貴様ら火星豚の命も全て金に換金してやる!

 大儲けだッ! ハハハハハッ! ハハハハハ――」


 次の瞬間、転移した質量がヤミンの搭乗するサイレンスに衝突すると、EVCは粉々に砕け散り光に照らし出されながら破砕片が煌めいた。 

 サイレンスのRRF装甲は従来のレーダー波で捕捉することは出来ない。

 だが、信号弾から発せられる場合は別である。


 火星軍の艦艇マリネリスからの電力供給を受けたレクイエムがルクス・エテルナの構えを解いた。


「Big Game Getting!」


「気を抜かないでよ。BAD」


「心配性だなタケル。それにしても素晴らしい機体だ。

 私の新しいボディにしよう」


 借り物の機体に対して相棒BADの図々しい一言にタケルは眉を下げた。

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